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小さな魔術師と告白と

 カレヴィたちは、案内役であるセバスチャンの後に付いて、(ちり)一つない議会堂の廊下を歩いていた。


――この男、隙が無いな。代表の秘書を務めていると言ったが、護身の為の武術も修めているのだろう。

 

 きびきびと歩くセバスチャンの後姿を見ながら、カレヴィは思った。


 やがて、彼らは一つの大きな扉の前に着いた。


「ここから先は、この認識票が無ければ入れません。首から下げてください。それと、申し訳ありませんが、武器は係の者に預けてください。安全上の規則なので」


 セバスチャンは、そう言いつつ(ふところ)から人数分の首飾りのようなものを取り出し、カレヴィに手渡した。

 鎖の付いた、手の中に収まる大きさの金属板には、魔結晶らしき光る石が()め込まれている。


「これを着けていないと、扉が開かないという訳ですね?」


 認識票を興味深そうに眺めながら、リーゼルが言った。


「そういうことです」


 セバスチャンが、リーゼルの言葉に頷いた。


「衛兵も置かず、警備も魔導具で自動的に行っているのか。ルミナスは魔法文明が発達していると聞いていたが、ここまでとは」


 カレヴィは、どこからか現れた係の者に剣を預けながら、周囲を見回した。


「見えない場所に、不審者を監視する為の魔導具が設置してあります。画像などの情報が中央の警備室に送られ、異常があれば()ぐに対応できる態勢になっています」

「そうか……まるで別の世界のようだ」

「外から来られた方たちは、口を揃えて、そう(おっしゃ)いますよ」


 言って、セバスチャンが微笑んだ。


 扉をくぐり、更に進んだカレヴィたちは、両開きの扉が幾つか並んでいるホールに出た。

 カレヴィは、扉の形状から「月の塔」で見た昇降機を思い出した。


「これは、魔法で動く昇降機か?」


「よくご存知で。ルミナスは高層建築が増えてきているので、昇降機なしというのは考えられなくなっていますね」


 セバスチャンが壁に設置された突起を操作すると、扉の一つが音もなく開き、立った状態であれば五、六人は入れそうな小部屋が現れた。つるりと凹凸のない、石とも金属ともつかない素材でできた壁が、それそのものが魔導具であると語っていた。

 一同を乗せた昇降機が、魔導具特有の駆動音と共に上昇していく。


「な、なんか身体が押し付けられるみたいで気持ち悪いな」


 不安げな顔でイリヤが言った。


「結構な速度で上昇しているようだね。これだけの大きさのものを動かせるなんて、凄い技術だというのは分かるよ」


 ティボーは物珍しそうに室内を見回している。


 不意に昇降機が停止し、扉が開いた。


「この最上階にイグニス様の執務室があります」


 さすがに魔術師議会代表のいる階とあって、ところどころに揃いの制服をまとった警備兵と思しき者たちが立っている。

 セバスチャンの案内で長い通路を歩いていたカレヴィたちの前に、ひときわ重厚な作りの扉が現れた。

 扉の隣の壁には、手のひらほどの大きさをした、花の形の彫刻が取り付けられている。


「お客様をお連れしました」


 セバスチャンが手で彫刻に触れながら言ったかと思うと、扉は音もなく開いた。

 単なる装飾と思われた彫刻も、通信用の魔導具らしい。

 部屋に入ると、応接用の長椅子(ソファ)卓子(ローテーブル)が置かれており、その奥に執務用の大きな机が鎮座していた。

 机の上には書類の束や魔導具と思われる奇妙な形の装置、分厚い魔導書などが積み上げられている。

 硝子(ガラス)張りの大きな窓からは、ルミナスの街から、更に遠くの山々までが見渡せた。


「あら、誰もいないみたいね」


 リーゼルが首を傾げたのと同時に、様々なものが積み上げられた机の陰から、小さな人影が現れた。

 それは、せいぜい十歳程度にしか見えない、淡い金髪に水色の目をした華奢な少年だった。

 しかし、まとっている白いローブや金色の帯は重厚な布地で仕立てられており、高価なものだと分かる。


「ようこそ。僕がイグニスだ。魔術師議会代表をやっている。よろしくね」


 軽い足取りで歩いてきたイグニスが、応接用の長椅子に腰を下ろした。


「ああ、遠慮しないで座ってよ」


 イグニスに言われて、カレヴィたちは我に返った。

 

「いえ、てっきり、お年を召した方だと思っていたので驚いてしまって……」


 そう言いつつ長椅子(ソファ)に腰掛けるカレヴィを見て、仲間たちも彼に(なら)った。


「私も、お母様がお世話になった方だと聞いていたから、お爺ちゃんかと思っていたわ」

 

 カレヴィの隣に座ったリーゼルが、彼に(ささや)きかけた。


「お爺ちゃんには違いないね。ただ、十年ばかり前に行った魔導実験の副作用で、こんな姿になってしまっただけだから、気にしないで」


 リーゼルの言葉が聞こえたのか、イグニスは、からからと笑った。

 そのような中、いつの間にか姿を消していたと思われたセバスチャンが再び現れ、カレヴィたちの前に(かぐわ)しい湯気を立てる茶碗を置いていく。


「ところで」


 ふと、イグニスがリーゼルに目を向けた。


「君、どこかで会ったことがなかったかね?」

「いえ……初めてです」


 イグニスの言葉に、リーゼルは、きょとんとした。


「そうか。まぁ、気の所為かな。……ええと、紹介状は、さっき受付で複写したものを転送してもらったけど、実物を見せてもらえる?」


 カレヴィは、エリナからの紹介状をイグニスに手渡した。

 イグニスは、紹介状に手をかざし、短く呪文を詠唱した。

 すると、紹介状全体に、光る紋様が浮かび上がる。


「間違いない、エリナが使っていた紋章だ。彼女は僕の教え子の一人で、優秀な子だったよ。それで、カレヴィくんというのは……」


 イグニスが、一行の顔を見回した。


「私です」


 カレヴィは、自分の胸を指差した。


「そして、彼女……リーゼルは、エリナ殿の娘さんです」


 カレヴィは、隣にいるリーゼルを紹介した。


「娘? 孫じゃなくて?」

「はい……私は、両親とは血が繋がっていないので」

「なるほどね。了解した」


 リーゼルの言葉に、イグニスは頷いた。


「そちらのティボーとイリヤは、私たちを助けて共に旅をしてくれた仲間です」

「いいねぇ。僕も、色々と無茶した若い頃を思い出すよ」


 にこにこしているイグニスを見ながら、彼が思いの(ほか)気さくな人物であることに、カレヴィは少し安堵していた。


「それじゃあ、早速、君がかけられた『呪い』について詳しく聞かせてもらえるかな。他の子たちには、別室へ行ってもらったほうがいい?」


 そうイグニスに言われたカレヴィは、首を振った。


「いえ、このままでお願いします。皆にも聞いてもらわなければならないので」


「呪い……って? それを解除する為に、ルミナスへ来たってこと? いや、全然気づかなかったぜ」


 カレヴィの言葉に、イリヤが首を傾げた。

 ティボーは、真顔でカレヴィを見ているばかりだ。


「どこから話せばいいのか……私はタイヴァス帝国に仕える剣士でした。異民族の侵攻を退けたことに対する論功行賞の場で、私は女帝モルティスの不興を買い、この身に呪いを受けました」


 カレヴィは、一旦、言葉を切った。

 

――とうとう、この時が来た。


 数秒の躊躇(ためら)いの後、彼は再び口を開いた。


「私は、元は男でした。しかし、モルティスの呪いにより、肉体だけを女に変化させられてしまったのです」


 言ってから、カレヴィは仲間たちの顔を、そっと盗み見た。

 信じられないという様子で大きく目を見開いているリーゼルとイリヤ、そして呆然としているティボー――彼らが次に発する言葉、それを待つ時間が、カレヴィにとって永遠のように感じられた。

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ついにこの瞬間が! ドキドキです。 毎回楽しく読ませてもらってます! 4人の関係が素敵です。
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