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輝く魔法都市へ

 一週間ほどの航海を終え、カレヴィたちを乗せた船は魔法都市ルミナスへ到着した。


「これが、ルミナス……」


 船を降りたリーゼルが、大きな目を更に見開いて、賑わう港を眺めている。

 ルミナスは、カレヴィたちのいたエテルナ大陸の西に位置する、ルーメン大陸の玄関口でもある。当然、物流も人の流れも盛んな様子だ。

 更に、魔法文明の発展した学術都市の側面も持ち、あらゆる土地から留学生や研究者が集まっている。それゆえ様々な国や民族の文化が入り混じり、港は独特な雰囲気を醸し出していた。


「なぁ、あれを見てみろよ。凄いぜ」


 イリヤが指差した先では、不思議な箱状の乗り物が船から降ろされた貨物を次々に運んでいた。

 よく見れば荷台には車輪が存在せず、乗り物全体が僅かに地面から浮揚し、滑るように移動している。


「あれも、魔法で動いているのかい。僕たちのいた大陸では見たことがないよね」


 ティボーも、魔法都市の高い技術力に驚きを隠せないようだった。

 ルミナスの発展度合いに驚いているのはカレヴィ一行だけではなく、留学生や旅行者と思しき者たちもまた、周囲の様子に圧倒されている。


「魔法の源である『魔素』は、どこにでも無尽蔵に存在すると言われている。馬などの動物も使わず、あらゆる仕事を魔導具で行うようになれば、最終的には費用や資源の節約になるな」


 カレヴィが言うと、リーゼルが少し考えてから答えた。 


「そうね。ただ、魔導具を作るには高い技術と、魔結晶のような特殊な素材が必要だし、どこでも誰でも使えるようにするというのは、まだまだ難しいかもしれないわね」

「なるほど、そう簡単なものではないか」


「ところで、カレヴィたちは、これからどうするんだい?」


 そう言って、ティボーがカレヴィを見た。


「まず、魔術師議会代表のイグニスという人物に会う必要がある」

「魔術師議会代表? つまり、ルミナスの頂点にいる人ってことだ。そんな簡単に会えないんじゃないか?」


 イリヤが、心配そうに眉根を寄せた。


「それについては、リーゼルの母上から紹介状を書いてもらっているから、何とかなる筈だ」


 (ふところ)に入れてある紹介状を確かめながら、カレヴィは言った。


「私の母は、昔、このルミナスに留学していたの。イグニスという方には、その時にお世話になって親しくさせてもらったと聞いているわ」

「へぇ、リーゼルの母上は、凄い人なんだね」


 リーゼルの言葉に、ティボーが、なるほどと頷いた。

 港の中に「観光案内所」の看板を掲げた建物を見付けたカレヴィたちは、街の案内を受けがてら、イグニスに会う方法を聞いてみることにした。

 (ちり)一つない案内所の中は、観光客たちで賑わっている。


「イグニス代表は、現在、魔術師議会堂にいらっしゃると思われます」


 光沢のある生地のローブをまとった受付嬢の応対は、丁寧なものだった。そこからも、魔法都市ルミナスの余裕が見て取れる。

 受付嬢がカウンターの天板に触れると、そこにルミナス中心部の簡易な地図が表示された。


「現在地がこちらになります。魔術師議会堂には、この公共乗り合い飛行船で行けます。なお料金はかかりません。紹介状をお持ちということなので、議会堂に着いたら、受付に尋ねられればよろしいかと」


 交通機関などの説明を終えると、受付嬢はカレヴィたちに薄い冊子を渡した。街の地図と、簡単な案内が書かれている。

 受付嬢に礼を言って、カレヴィたちは乗合飛行船の停泊所へ向かった。


「この冊子、無料なのに上質な紙を使っているし、印刷も鮮明で技術の高さが分かるね」


 先刻渡された冊子を(めく)って、ティボーが感心したように小さく息をついた。

 他の客たちと飛行船乗り場で待っていたカレヴィたちの前に、流線型をした小さな「飛行船」が滑り込んできた。

 二十ほどあった席が埋まると、飛行船は魔導具特有の奇妙な駆動音と共に、人の背丈の二倍ほどの高さへ浮上した。


「ほんとに浮いてる……」


 窓の外を見ながら、イリヤが呟いた。

 カレヴィも、モルティスが住む「月の塔」の昇降機に乗ったことはあるものの、単体で浮揚する乗り物を利用するのは初めてだった。

 周囲を見渡すと、同じような飛行船が幾つも空中を行き来している。ルミナスの住人たちにとっては当たり前の光景なのだろう。

 窓から見下ろすルミナスの街には曲線的な様式の建物が立ち並んでおり、カレヴィの目には御伽話(おとぎばなし)の国のようにも思えた。街の中央から放射状に整理された道路は、街が計画的に作られている証左(しょうさ)だろう。


「よく、他の飛行船や建物に衝突したりしないものだな」

「たぶん、予め『魔素』で道を作ってあるんじゃないかしら。運転士の人も、乗り場で停止する時と扉の開閉の時は何か操作してるけど、船の舵輪のような方向を決めるものは無さそうだもの」


 カレヴィとリーゼルが話していると、隣にいたローブ姿の男が声をかけてきた。

 

「お嬢ちゃんたち、学生さんかな?」


 六十代半ばと見られる白髪頭の男を見て、カレヴィはリーゼルの養父オットーを思い出した。


「いえ、観光みたいなものです」

「そうかい。さっきの話だが、概ね、お嬢ちゃんが言っていた通りだ。この飛行船は『魔素』で作った、不可視の道を辿って飛行しているんだ。互いにぶつかることのないように経路を作ってあるから心配ないのさ」

「さすが、地元の方は詳しいんですね」


 老人の話に、リーゼルは目を輝かせている。


(わし)も、昔に道を作る作業をしていたことがあってな。余所から来た人たちが驚くのを見るのが楽しみなんだ」


 言って、老人は人懐(ひとなつ)こい笑みを浮かべた。


「ということは、貴方も魔術師ということですか。この街の住人は、誰もが魔法を使えるのでしょうか?」

(わし)は魔術師の端くれだが、住人全員が魔術師という訳でもないよ」


 カレヴィの問いかけに、老人は首を振った。


「魔法が使えなくてもできる仕事はある……そういうことですか」


 ティボーも、興味深そうな様子で口を挟んだ。


「住民たちの為の施設や店、物資の流通に、街の外周部にある農作物や家畜を育てる区域、そして魔結晶の鉱山などで働く人たちがいなければ、ここの生活は成り立たないからね。そして、魔導具があれば、本人に魔法を使う力がなくても魔法の恩恵に与れる。我々は、その為に研究開発をしているとも言えるな」


――そうか、魔法は本来、人々の生活を豊かにするためのものなのだ。モルティスの所為で、心のどこかで恐ろしいものと思い込んでいる面があったな……


 カレヴィは老人の話を聞いて、魔法に対する認識を少し改めた。


「次は研究区……お降りの方は準備をお願いします」


 運転士の声で、老人が座席から立ち上がった。


「それじゃあな。ルミナスを楽しんでいってくれ」


 彼はカレヴィたちに手を振ると、飛行船を降りていった。


 やがて、乗合飛行船は魔術師議会区と呼ばれる区域に差し掛かった。


「あれが、魔術師議会堂か」


 カレヴィたちは運転士に礼を言ってから飛行船を降りた。


 ルミナスの中心にして、政を司る議員たちの集う魔術師議会堂は、巨大な半球が三つ並んだように見える建物だ。

 正面の門をくぐると遊歩道から続く広場があり、周囲には美しく剪定された木々が並んでいる。

 政治の中枢ではあるが観光地でもあるらしく、見学が可能とされている区域では観光客たちが散策を楽しんでいた。


「随分と開放的なのだな……警備などは大丈夫なのだろうか」


 厳しい警備が敷かれており、部外者の来訪など許されないタイヴァスの王城を思い出し、カレヴィは少し戸惑った。


「微弱な『魔素』の動きを感じるわ。あちこちに置かれてる彫刻とかに、魔導具が設置されているのかも……監視する為の」


 周囲を見回しながら、リーゼルが言った。


「そこまで分かるのか? そもそも『魔素』ってのは人間の感覚では感知できない物質なんだぜ。ま、ごく稀に例外はいるらしいけど」


 イリヤが、驚いた顔で言った。


「つまり、リーゼルは、ごく稀な例外ってことだね」


 ティボーが、やや混ぜ返すように言って、皆の笑いを誘った。


 一般人用の出入り口から議会堂へ入ると、見学者などの受付をするカウンターが設けられていた。

 

「魔術師議会代表のイグニス殿に面会をお願いしたい。ここに、紹介状があります」


 エリナから預かっていた紹介状をカレヴィが見せると、受付嬢は一瞬驚いた様子を見せた。


「只今、確認いたしますので、そちらで少々お待ちください」


 カレヴィたちは指し示された長椅子に腰掛け、受付嬢が遠隔通信用の魔導具で、どこかに連絡を取っている様子を眺めた。


「もしかして、俺たち胡散臭いって思われてるのかな」


 イリヤが、腕組みをしながら呟いた。


「どう見ても、留学生や研究者ではないからね。ここまで来たんだ、焦っても仕方ない。のんびり待とうじゃないか」


 そう言って、ティボーはカレヴィに微笑みかけた。


「ああ。君にそう言われると、心が落ち着く気がする」


 カレヴィの言葉に、ティボーは嬉しそうな顔を見せた。

 やがて小半時ほど経った頃、丈の長い上着を羽織った一人の青年が近付いてきた。


「お待たせしました。イグニス様がお会いになるそうです。私はイグニス様の秘書をしておりますセバスチャンと申します。では、付いてきてください」


 見るからに生真面目そうなセバスチャンに声をかけられ、カレヴィたちは長椅子から立ち上がった。

 いよいよ、呪いを解くことができるかもしれない、そして同時に、リーゼルたちに真実を話さなければならない――カレヴィは戦場にいる時よりも緊張しつつ、セバスチャンの背中を追った。

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