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揺れる心

 ルミナス行きの客船は魔導具の一種である推進装置が装備され、また荒れた海でも転覆しにくい工夫がされているらしい。

 クレマンとアメリに見送られながら、カレヴィたちを乗せた船は港を離れた。


「クレマンさんの屋敷で過ごした部屋も豪勢だったが、この船室も、高級な宿屋の部屋みたいだぜ」


 船室を見たイリヤが、ため息をついた。

 一行に与えられたのは二人部屋が二つで、大部屋で雑魚寝を想定していたカレヴィから見ても贅沢に感じられた。

 リーゼルも、清潔で豪華な船室を見て目を輝かせている。


「船に乗ってる間は食事の心配も要らないのか。人間は贅沢に慣れると戻れなくなるって言うからな……」

「まぁ、たまにはいいじゃないか。ルミナスまでの船旅、楽しもうよ」


 恐縮しているイリヤの肩を軽く叩いて、ティボーが朗らかに言った。


「ちょっと、船の中を探検してくるね。この中、お店や娯楽施設もあるんだって」

「迷子になるなよ」

 

 弾んだ足取りで歩いていくリーゼルを見送り、カレヴィは甲板に出た。

 晴れた空の下、穏やかな海の上を船は滑るように進んでいく。

 甲板の上には長椅子やテーブルが設置されており、他の客たちが軽食を摘まんだり酒などを飲みながら語らっている。

 別の場所では、親子連れが食べ物を求めて寄ってくる海鳥たちに餌を与えて楽しんでいた。

 その様子に、カレヴィは(なご)やかな気持ちを覚えた。

 

――いよいよ、ルミナスに着くのか。呪いを解く方法が見付かれば良いが……


 手摺(てすり)に寄りかかって水平線を眺めていたカレヴィは、背後から誰かが近付く気配を感じて振り向いた。


「おっと、見つかったか。君は、相変わらず鋭いなぁ」


 そう言って笑ったのは、ティボーだった。


「戦場では、背後を取られるのは死と同義だからな」


 カレヴィも、くすりと笑った。


「今更だけど、君たちがルミナスへ向かう目的を聞いていなかったと思って」


 ティボーの言葉に、カレヴィは心臓を掴まれたような感覚を覚えた。


「……そうだな。リーゼルは魔法使いとして学ぶため、私は……今は、果たさなければならない目的があるとだけ言っておく」

「何か事情があるんだね。……『目的』を果たしたら、その先どうするかは考えているのかい?」


――もしルミナスで呪いを解くことができたら……私は故郷へ戻ろうと考えていた。しかし、今は、皆と旅をしながらの生活が心から楽しいと思っているのも事実だ……


 自身の心が揺らいでいるのを、カレヴィは強く自覚した。


「……その先も、僕が君と一緒にいたいと言ったら、許してもらえるかな」


 言って、ティボーがカレヴィの右手を自身の両手で握った。

 全く想定すらしていなかった事態であり、カレヴィは何ら反応できなかった。

 

「前にも言ったけど、僕は君に()かれている」


 ティボーに真剣な目で見つめられ、カレヴィは胸の中に困惑と申し訳なさに似た感情が湧き出るのを感じた。


――心まで女にされていたなら、あるいは、こんな場面で胸が高鳴ったりするのだろうか……


「私は……ティボーのことは人として尊敬できる部分も多いし、好意に値すると思っている」


 カレヴィは、懸命に言葉を絞り出した。それは、紛れもない本心ではあるが、同時にティボーを傷つけてしまうかもしれないと、彼は思った。


「……ありがとう。今すぐに、どうこうしようとは言わない。でも、いつかは君に目を向けてもらえるよう頑張るよ」


 ティボーはカレヴィの手を離すと、少し寂しげに微笑んで、背を向けた。

 カレヴィは動くこともできず、船室に向かうティボーの後姿を見つめていた。



 カレヴィは、自分の船室に戻った。

 まだリーゼルは船内を歩いているのか、部屋は無人だ。

 柔らかな寝台に腰掛け、カレヴィは先刻のティボーとの会話を反芻(はんすう)していた。


――本当のこと……私が男だったと知れば、ティボーだけではなく、リーゼルもイリヤも驚くだろうし、騙されたと感じるだろう。その為に彼らから嫌悪されることを、私は恐れているのだ……


 悶々としていたカレヴィは、誰かが部屋の扉を叩く音で我に返った。


「あ、カレヴィ、戻ってきたのね」


 船室に入ってきたリーゼルが、強張った微笑みを浮かべた。


「どうかしたのか?」


 彼女の様子に、カレヴィは、どことなく違和感を覚えて首を捻った。


「あ、あのね……さっき、カレヴィとティボーが手を握って見つめ合っているところを見たわ」


 リーゼルの言葉に、カレヴィは小さく息を呑んだ。


――もしかして、リーゼルはティボーに異性として関心があるのか?


「わ、私は……ティボーのことは人として好きだが、恋人のように付き合いたいという気持ちはない。だから、安心して欲しい」


 半ば混乱しながらカレヴィが言うと、今度はリーゼルが首を傾げた。


「私も、ティボーやイリヤのことは、お友達として好きよ。ただ……」


 一瞬、言い淀んだ後、リーゼルは再び口を開いた。


「ティボーにカレヴィを取られちゃうって思ったら……凄く嫌な気持ちになってしまって」


 そう言うと、リーゼルは俯いた。


「……前にイリヤが『同性同士の恋人関係もある』って言っていたけど、そういうのとは違うの。私、カレヴィが男の人だったらいいなって、ずっと思ってた。……へ、変なこと言って、ごめんなさい……こんなこと言ったら、嫌われるかもしれないって分かっていたのに……」


 いつしか、ぽろぽろと涙をこぼしているリーゼルの姿に、カレヴィは愛おしさがこみあげた。

 彼は寝台から立ち上がり、リーゼルの肩に両手を置いた。


「君の言ったことが変だなどとは思わないし、私が君を嫌うことなど、ある筈がない」


 カレヴィの言葉に、リーゼルは驚いた表情で彼の顔を見上げた。


「ルミナスに着いたら、話したいことがある。もう少しだけ、待って欲しい」


 リーゼルは少し不思議そうな顔でカレヴィを見上げていたが、やがて、安心したように微笑みながら頷いた。

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