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逃亡と渇きと

 陽が暮れようとしている橙色(だいだいいろ)の空を、幾つかの黒い影が飛び交っている。

 頭から大きな黒い襤褸布(ぼろぬの)を被った人間のような輪郭を持つ、半透明のそれらは、魔女モルティスの使い魔たちだ。本体から突き出た木の枝のような腕には、鋭い鉤爪が生えている。

 街外れの廃屋で物陰に隠れながら、カレヴィは使い魔たちの飛び回る様を見上げていた。

 モルティスにより呪いで肉体を女に変えられたカレヴィは、それでも常人を遥かに上回る身体能力を駆使して、何とか王宮から抜け出した。

 しかし、それで終わる筈もなく、彼は使い魔たちから執拗な追跡を受けている。

 

――奴らは実体を持たず、素手では勿論、たとえ剣で斬りつけても傷つけることはできない。魔術師の魔法であれば撃破することもできようが、私自身は魔法の素質など持たないからな……


 カレヴィは、ため息をついて、肩口に受けた傷に手をやった。

 実体を持たぬ使い魔たちではあるが、彼らのほうは人間のように実体を持つ相手を傷つけることが可能なのだ。

 幸い、傷は動くのに支障が出るほど深くはない。並の人間であれば、使い魔の鉤爪で身体ごと引き裂かれていただろう。

 だが、モルティスが本気でカレヴィを殺そうとしているなら、追跡は、もっと苛烈なものになるのではないかとも、彼は思った。


――寝所でも、その気になれば私を即座に殺せただろうに、わざわざ呪いをかけてきた……どちらかといえば、あの魔女は私をいたぶろうとしているような気もする。それだけ、私が歯向かったことに対して激昂したのかもしれないが……

 

 今のカレヴィにとっては、モルティスの意図よりも、これから先どうすべきかが重要な課題だった。

 自宅に戻るのは、当然不可能だ。そして、モルティスの不興を買って呪いをかけられた自分に手を貸す者など、少なくとも国内には存在しないだろう――カレヴィは疲労し鈍った思考の中に沈んだものの、妙案など浮かぶ筈もなかった。

 不意に、使い魔たちがカレヴィの隠れている廃屋へと接近してきた。

 彼らが、どのように外界を認識しているのか定かではないが、カレヴィの気配を感じ取ったのかもしれない。

 カレヴィは、落ちていた窓掛け(カーテン)らしき古い布を被ると、新たに隠れられる場所を求めて廃屋を出た。

 使い魔たちを避けながら移動していたカレヴィは、いつしか浜辺へと辿り着いていた。

 生き延びる為に、海を渡って他国へ向かうという選択肢もある――間もなく陽が落ちるであろう水平線を見たカレヴィの中に、一つの考えが浮かんだ。


――この海を渡った向こう側の大陸には、優れた魔法技術を持つ自治都市「ルミナス」があるという。魔法と勉学の都と呼ばれ、高位の魔術師がひしめくというルミナスに行けば、あるいは呪いを解き、男に戻る方法が見つかるかもしれない……


 だが、魔法都市ルミナスに向かうとすれば、資金も必要になる。着の身着のままで彷徨(さまよ)う今のカレヴィにとって、それもまた現実的とは言えない話だった。

 そうしているうちに、使い魔たちが風を切る飛行音が近付いてきた。

 カレヴィは波打ち際に放置されていた小舟に潜り込み、持っていた古い布を頭から被った。

 武芸の師匠でもあった養父から習ったように気配を消し、彼は布の下で息を潜めた。



 身体に感じる不規則な揺れと水音で、カレヴィは目を覚ました。

 跳ね起きた彼は、自分が小舟に乗って海に浮かんでいるのに気付いた。

 使い魔から隠れているうちに、疲労で半ば気を失っていたらしい。その間に潮が満ちて、小舟ごと沖へ流されてしまったのだろう。

 周囲を見回すも、灯りもない状態では夜の海で視界が利く訳もない。

 陸地らしきものは見えず、カレヴィは海の真ん中に漂っている状態と言えた。


――迂闊(うかつ)だった……水も食料もない状態で、他の船に出会うか、どこかの陸地に辿り着くかするまで持つのか……武芸しか取り柄のない私には、もはや、どうすることもできないのではないか。


 やがて日が昇ると、海面の照り返しを受けたカレヴィは暑さに苦しめられた。

 一片の雲すら浮かんでいない晴れ渡った空を見上げて、彼は雨水さえ手に入らない状況に恨めしさを感じた。


――このような終わりなど、冗談ではない……だが、打つ手はない……私は、何もかもを間違っていたのか……?


 カレヴィは時間の経過と共に衰弱していき、その心も折れつつあった。

 疲労と飢えと渇きに苛まれ、身を起こしていることもできなくなった彼は、船底へ身を横たえた。

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