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追跡

 リーゼルが呪文の詠唱を終えると、アメリが寝ていたと思われる寝台の周囲から窓の辺りまで、光の粒子が点々と浮かび上がった。


「へぇ、魔法探知の応用ってところか」


 イリヤが、感心した様子で呟いた。


「そうよ。魔法探知は現時点で効果を現わしているものを探知するけど、今のは、魔法や魔導具が使用された後の『魔素』が動いた痕跡を目に見えるようにするものなの。時間が経つと消えてしまうけど、間に合ったみたいね」


 リーゼルの言葉を聞きながら、カレヴィは光の痕跡を追って窓を開けた。


「何者かが魔導具を使用しながら移動した痕跡かもしれないということか。ここは二階だが、人一人を誰にも気付かれずに(さら)うとなると、やはり魔法や魔導具を使わなければ困難だろうな」


「たとえば、自分の気配や音を消す魔導具とか、これくらいの高さであれば空中に浮かんで移動できる魔導具とかも、ないことはないわ。ただ、そういうものは、とても高価で希少だから、簡単には手に入らないと思う」


「それって、アメリさんを(さら)った犯人は富裕層の可能性があるってことか?」


 リーゼルの言葉を聞いて、イリヤが首を捻った。


「クレマン、そういうことをしそうな相手に、心当たりはないのかい? 君たちが誰かに恨みを買うなんて、考えにくいけど」


 ティボーは言って、クレマンの顔を見た。 


「その……作品を発表したり本を出版する際、外部との交渉はアメリに任せていたんだ。私は、そういう話が苦手で……彼女のお陰で、他の人にどう思われているかなど気にせず、作品を制作することができていた……」

「そもそも、アメリが自分の意思で家を出た可能性は?」

「使用人たちによれば、彼女の衣服や持ち物は全て残っているそうだから、それはないと思う。私は、アメリがいなくなってしまった時点で動揺して、そんなことにも気付かずに、ティボーを疑ってしまった……恥ずかしいよ」


 自らの行動を思い出して、いたたまれなくなったのか、クレマンは身を縮めている。


「とりあえず、『魔素』の動いた痕跡が消えないうちに追跡したほうがいいと思うわ」

「では、私も同行しよう。こちらが探っていることを、相手に気付かれたら、リーゼルも危険な目に遭う可能性がある」


 リーゼルの提案にカレヴィは賛成すると共に、彼女との同行を申し出た。



 カレヴィとティボー、そしてイリヤは、「魔素」の痕跡を追うリーゼルの護衛として、彼女に同行することになった。

 「魔素」の痕跡に導かれたカレヴィたちは、いつしか王都を囲む城壁の外に出ていた。


「『魔素』の痕跡は、向こうに続いてるみたいね」


 リーゼルが指差す方向には、森が広がっている。


「身を隠すには、丁度よさそうだな」


 カレヴィは、森を見やった。


「あの辺りには、昔に富裕層が建てた別荘が幾つかあったけど、僕が子供の頃には、既に廃墟になっていて、近付くなと言われていたよ」


 連れ去られたのであろうアメリが心配なのか、ティボーの表情からも、普段の余裕が消えている。


「この通信用魔導具で、警備隊とクレマンさんに報告しておこう。応援が来るまで、ここで待つか?」


 イリヤが、掌に収まるくらいの大きさをした箱状の物体を、懐から取り出した。

 捜索に出る際、警備隊から借りた遠隔通信用の魔導具で、効果範囲内であれば、現在地を知らせることも可能らしい。


「いや、時間が経過すれば『魔素』の痕跡は消えてしまうのだろう?」


 カレヴィの言葉に、リーゼルが頷いた。


「うん、今のうちに、この『痕跡』を残した人がどこに行ったのか確かめたほうがいいわね」


「みんな、危険だと思ったら、すぐに退()いてくれ。僕の私情で巻き込んでしまった訳だし、君たちが命を張る理由なんてないんだからね」


 そう言うティボーの肩に、カレヴィは、そっと手を置いた。


「君だからこそ、手助けしたいと思った。今更、気にするな」


 カレヴィの言葉に、強張っていたティボーの表情が、ほんの少し和らいだようだった。


 

 森の中に続く「魔素」の痕跡を追って、カレヴィたちは進んでいった。

 聞こえてくるのは鳥の(さえず)る声や、木の枝や葉が風に揺れる音のみで、静かなものだ。


「相手の人数も分からない状態だ。周囲に警戒しなければ」


 カレヴィは、怪しい音や気配を逃すまいと、神経を研ぎ澄ませつつ歩いた。

 やがて、遠目にではあるが別荘の屋根らしきものが見えてきた。


「『魔素』の痕跡は、あの建物の方へ続いているわ」

 

 リーゼルの言う通り、「魔素」の動いた痕跡は、点々と別荘らしき建物に向かって続いている。


「なるほど、では、私が様子を見てこよう。気配を消して偵察する訓練も受けているからな」


 別荘へ向かおうとするカレヴィを、リーゼルが制止した。


「待って、ただ見に行くよりも安全にできる方法があるの。魔法で、私たちの姿を相手に認識させないようにするのよ」


「認識阻害の呪文か。そんなものまで使えるとはな」


 イリヤが、感心したように言った。

 それではと、リーゼルが呪文を詠唱した。

 カレヴィたちの周囲に、淡い光が一瞬現れ、ふわりと消える。


「これで、他の人には私たちの存在を認識することはできないわ。姿だけではなく、音も気配も、感知することはできない筈よ」

「そうなのかい? 特に何か変わった感じもしないけど……」


 不思議そうに首を傾げながら、ティボーが周囲を見回した。


「同じ呪文をかけられたから、私たちだけであれば互いの存在が認識できているということか。キュステにいた頃は、リーゼルが、ここまでの魔法の使い手とは思っていなかった」


 カレヴィに褒められて、リーゼルが頬を染めながら頷いた。


「普通に暮らしていると、こんな魔法を使う機会はないものね。でも、勉強しておいて良かったと思うわ」


 偵察の準備を終えた一行は、そろそろと別荘へと近付いていった。

 富裕層の別荘らしく、それなりに大きな建物だ。しかし、長い間放置されていたのは明らかで、窓の硝子は殆ど外れており、壁や屋根も所々欠けたり崩れたりしている。

 かつては手入れされていたのであろう庭には、崩れた彫刻が幾つか放置されていた。

 周囲に人の気配はなく、カレヴィは少し拍子抜けした気分だった。


「『魔素』の痕跡は、屋敷の中に続いてるわ。入ってみる?」

「そうだね。アメリが捕らえられているとするなら、安否も気がかりだ。時間の経過は少ないに越したことはない……では、カレヴィは僕と一緒に来てくれ。リーゼルとイリヤは、外で待機していてもらおう」


 ティボーが言うと、リーゼルは首を振った。


「私も行くわ。魔法の使い手がいるとしたら、私が一緒のほうが対処しやすいでしょ?」

「そうだな、私の目の届くところにいてくれた方が安心かもしれないな」


 カレヴィは言って、小さく息をついた。

 こういう時、リーゼルは一歩も引くことがないのだと、カレヴィも分かってきていた。


「俺も行くぜ。一人で待つのは、正直、心細いからな」


 イリヤの言葉に、カレヴィたちは、くすりと笑った。

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