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再会と疑心暗鬼と

「アメリ、どうしたんだ? 急に……」


 アメリの後ろから、新たに貴族風の格好をした人物が現れた。

 二十代前半と思われるアメリよりは少し年上の――ティボーと同年代に見える、栗色の髪の男だ。整ってはいるが神経質そうな面立ちで、細身の体が、その印象に拍車をかけている。

 

「ティボー? 戻ってきたのか……」


 男は、やはり驚いた様子でティボーを見つめた。


「戻ってきたというか……旅の途中さ。久しぶりだね、クレマンにアメリ」


 ティボーは、少し寂しげに微笑んだ。

 

――クレマンというのは、「愛と美の女神」の作者と同じ名だ。つまり、この男は、あの絵の作者にして、ティボーの知り合いということか。そして、女神の姿はアメリを元に描かれたのだろう。

 

 そんなことを思いつつ、カレヴィは三人を見比べていた。


「でも、凄いじゃないか、クレマン。王立美術館に作品を展示してもらえるなんて。筆致や色遣いを見て、一目で君の作品と分かったよ」


 ティボーが言うと、クレマンと呼ばれた男は僅かに顔を赤らめた。


「ああ……君と違って、私には、これくらいしか取り柄がないからね」


「クレマンはね、この前、詩集も出版して、結構な話題になったのよ。……それにしても、ティボーが元気そうで安心したわ」


 アメリが、そう言ってティボーを見つめた。


「お(うち)が、あんなことになって、貴方まで姿を消してしまって……私、最悪の事態まで考えて、生きた心地がしなかったのよ」

「そんなに心配をかけていたとは思わなかったよ。すまなかったね。今は冒険者をやっているんだ」


 そこまで言って、ティボーはカレヴィたち仲間のことを思い出した様子だった。


「紹介するよ、彼はクレマン・ドービニエといって、僕の学生時代からの友人だ。こっちの彼女はアメリ、僕の幼馴染みだ」

「今は、アメリは私の妻でもあるんだ。私の作品の源泉でもあるけどね」


 クレマンが、口を挟んだ。


「そうか、僕が国を出る前に婚約していたものね。遅くなったけど、結婚おめでとうと言わせてもらうよ」


 ティボーに言われて、アメリは頬を染めた。


「もしかして、ティボーって貴族の出身だったのか?」


 驚きの表情を浮かべたイリヤが、ティボーに問いかけた。


「隠してたつもりはないけど、特に言う必要もないと思ってね。僕の父は人が()くて、困っている人を見ると惜しみなく助けようとする人だった。でも、それが災いして、我が家は破産したんだ。父は心労で亡くなって、無一文になった僕は食い扶持を稼ぐのに傭兵団に入って国を出たという訳さ」


 辛かったであろう過去を淡々と語るティボーに、カレヴィは何と言葉をかけるべきか悩んだ。

 同時に、彼の鷹揚(おうよう)さや、苦境にあっても尚、どこか余裕のある態度を崩さない理由が分かったような気がした。


「ティボー、久々に会えたことだし、ゆっくりお話ししたいわ」


 アメリが、そう言ってティボーに微笑みかけた。


「いや、そんな時間はないだろう。今日だって、これから人に会う約束があるのに。それではティボー、そろそろ失礼させてもらうよ」


 クレマンが、僅かにではあるが眉根を寄せながら言った。


「そうだったわね……でも、ティボーたちは、少しくらいクーロンヌに滞在するのでしょう?」

「うん、今日着いたばかりだし、ルミナスへ行く船便を調べなければならないから、すぐに移動することはないよ」

「それなら、どこかで改めて時間を作るわ」


 アメリの言葉に、ティボーが少し戸惑った様子でカレヴィたちの顔を見回した。


「そこまで急ぐ訳ではないし、ティボーがそうしたいなら、ゆっくり話すといい。リーゼルも、イリヤも、構わないだろう?」


 カレヴィが言うと、リーゼルとイリヤも頷いた。


「ほら、時間が来てしまうよ」


 クレマンが、アメリの肩を抱くようにして、足早に歩き始めた。

 

「また後でね、ティボー」


 名残惜しそうに振り返りながら、アメリは連れられて行った。

 カレヴィの目には、クレマンが、ティボーに対し何とはなしに警戒しているように見えた。


 美術館を一周した後、再び外に出たカレヴィたちは、港の近くにある宿に部屋を取ることができた。

 価格帯は高い方でもないが、観光地でもある為か、カレヴィにとっては十二分に清潔で快適な宿である。


「ルミナス行きの船が出るのは一週間後だそうだから、ティボーも友人たちと話す時間が取れるな」

「……そうだねぇ」


 カレヴィの言葉に、ティボーは曖昧に答えた。


「ティボーには悪いが、あのクレマンって奴、どうも、いけ好かないな」


 一人一つずつ割り当てられた寝台に寝転んで、ぼそりとイリヤが呟いた。


「そうね、アメリさんは感じのいい人だったと思うけど」


 リーゼルも頷いた。


「クレマンは、昔から絵と詩の才能があってね。僕は憧れていたんだ。その分、繊細で傷つきやすいところがあって……もしかしたら、僕が無自覚に、何か気に障るようなことをしたのかもしれない」


 言って、ティボーは眉尻を下げた。


「ティボーの態度には関係ないとは思うが、クレマンは、君を警戒していた気がする」

「あ、もしかして、ティボーにアメリさんを取られると思ったのかしら」


 カレヴィの言葉を受けて、リーゼルが、はっとしたように目を見開いた。


「……だとすれば、色々と腑に落ちるな。たしかに、ティボーと会った時のアメリさんの反応は、旦那であるクレマンから見れば面白くなかったかもしれないよな」


 ふむふむと頷くイリヤを見て、ティボーは、まさかとでも言いたげに笑った。


「いや、たしかにアメリと僕は子供の頃から親しくしていたけど、僕にとって彼女は妹みたいなものだよ。それに今は……」


 そう言いつつ、ティボーはカレヴィを見やった。

 ティボーが何を言わんとするかは察しがついたものの、カレヴィは自分が何を言っても困ったことになりそうだと、黙っていた。



 一夜が明け、遅い朝食を済ませたカレヴィたちは、街を見て回ろうと宿から出た。


「いた! あいつらです!」


 突然響いた男の怒号と共に、複数の人間の走る足音がカレヴィたちに近付いてくる。

 足音の方向を見たカレヴィは、警備兵らしき制服に身を包んだ男たちが向かってくるのを認めた。

 彼らは瞬く間に、宿の前に立っていたカレヴィたちを取り囲んだ。


「何か用か?」


 カレヴィは自分の後ろにリーゼルを(かば)いながら、警備兵たちを(にら)んだ。


「言った通りでしょう、赤毛の()()()の男と眼鏡野郎に黒髪と白っぽい髪の女二人が、この宿に入るところを見たって!」


 一般人らしき男が、ティボーを指差して得意げに言った。


「これは、どういうことだい? 僕たちが何かしたとでも?」

「クレマン・ドービニエ様の奥方のお姿が見えなくなった件について、ドービニエ様自らが、貴様らが事情を知っているかもしれないと仰っている。我々に同行してもらおう」


 ティボーの問いかけに対し、警備兵の一人が事務的に答えた。

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