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美しい故郷へ

「なぁ、今後の予定なんだけど」


 翌日にはヴィータの街を出るという夜、宿の部屋で(くつろ)いでいたカレヴィたちに、イリヤが声をかけてきた。


「これまでは、陸路で大陸の西の端に行ってから、船で隣の大陸にあるルミナスに向かうことになってたよな。でも、剣術大会の賞金が入ったし、この近くの港から船で一気にルミナスへ向かう手もあるんじゃないかと思ったんだが、どうだ?」


イリヤが広げてみせた地図を眺めて、カレヴィは、なるほどと頷いた。


「この先、陸路では山脈を迂回したりと遠回りになるからな。イリヤの案なら、かなり移動時間を短縮できそうだ」


「ここから一番近くて、港のあるところというと……このエクラ王国の王都かしら」


 リーゼルが、地図の一点を指差した。

 エクラ王国の王都クーロンヌは、現在カレヴィたちが滞在しているヴィータの北西にある。乗合馬車を乗り継げば、最短なら一週間ほどで着ける距離らしい。


「ああ……たしかにクーロンヌまで行けば大きな港があるし、ルミナスへの直行便が出ているね。エクラ王国はルミナスとの行き来が盛んだから」


 口を挟んだティボーの表情が、カレヴィには、どこか覇気のないものに感じられた気がした。


「そういや、エクラ王国はティボーの故郷だったよな。……いいのか?」


 イリヤが、ティボーの顔を探るような目で見た。


「いいのか、って、どうして?」

「少なくとも、俺と組むようになってから、エクラの近くを通ることがあっても行こうとはしなかっただろ? 帰りづらい事情があるのかと思ってたんだが……」

「別に、そこまでじゃあないよ。単に、用事がなかっただけさ」


 ティボーは、そう言って曖昧に微笑んだ。


 

 カレヴィたちは、乗合馬車を乗り継いでエクラ王国の王都クーロンヌへ向かうことにした。

 エクラ王国に入ると、整備された街道や車窓を流れる美しい街並みが彼らを迎えた。


「剣術大会の賞金のお陰で、やりくりに悩まなくて済むのは助かる」


 馬車に揺られながら、イリヤが呟いた。


「イリヤは気が回るから、つい、あれこれ任せてしまって、すまないな」


 カレヴィが言うと、イリヤは照れ臭そうに笑った。


「もう慣れたよ。それに俺は、戦闘じゃ前に出られないからな。これくらいはしないと」


「いや、怪我をしてもイリヤが治してくれると思うから、僕らも安心して戦えるのさ」

「そうよ、この前のティボーの怪我だって、私の治癒魔法では、治すのに時間がかかったと思うわ」

 

 ティボーとリーゼルにも褒めそやされ、イリヤは赤くなった。


「そ、そんなに褒めたって何も出ないぜ……ほら、もうすぐ着くんじゃないか?」


 イリヤが窓の外を指差した。

 行く手には、王都クーロンヌを守る城壁が見えている。

 近付くにつれ、城壁には精緻(せいち)な装飾が施されているのが分かった。


「外敵を防ぐ為の城壁にまで、こんな装飾がされているとは……」


 カレヴィは、タイヴァス帝国の堅牢で実用的ではあるが無骨な城壁や要塞を思い出した。


「エクラ王国は、昔から芸術や文学といった『美しさ』を重んじる国柄なんだ」


 そう言って、ティボーは小さく息をついた。


「僕も、絵画や文学などで身を立てたかったんだけど、そっち方面の才能には恵まれなかったみたいでね」

「ティボーの言葉って詩的な表現が多いと思っていたけど、エクラの人だったからなのね」


 リーゼルが、納得したとでもいう顔をしてティボーを見た。


 停車場で乗合馬車から降りたカレヴィたちは、王都の華やかさに目を奪われた。

 煌びやかに装飾された建物が立ち並び、行き交う人々の服装も色鮮やかなものが多い。

 よく見れば、大通りの石畳も色違いの石で模様が作られているという凝りようである。


「見て、あの彫刻、動いてるわ!」


 通りの一角に設置された彫刻を指差して、リーゼルが声を上げた。

 可憐な少女を象った彫像が、台座の上で、ゆっくりと回転しながら舞うように両腕を動かしている。


「あれは、魔法で動く彫刻だよ。決まった時間が来ると動き出すんだ」

「魔導具の一種か。何の為に設置されているんだ?」


 ティボーの説明に、カレヴィは首を捻った。


「あはは、単に道行く人の目を楽しませる為のものだよ。この国は、魔法の技術も美しさや芸術の為に利用しているんだ」


 言って、ティボーが朗らかに笑った。


「想像以上に派手なところだ。目がチカチカするぜ。まぁ、ティボーの故郷と思えば納得だな」


 イリヤが、肩を竦めて言った。

 一行は、とりあえず休む為の宿を探そうと街を歩いていた。

 大通りを進んでいたカレヴィたちは、劇場や美術館、大きな硝子張りの温室といった、更に華やかな建物が目立つ区域へと入った。

 また、所々で楽器を路上演奏する者たちがおり、彼らを囲む人だかりが幾つもできている。


「この辺りは、特に芸術家や作家、評論家が集まるところでね。観光名所にもなってるよ」


 懐かしそうに街を見回しながら、ティボーが説明した。


――タイヴァスの沈んだ雰囲気とは大違いだ。本当に豊かな国というのは、こういうものなのだな。


 モルティスが周辺諸国から奪った魔結晶その他の資源を産出する領土のお陰で、タイヴァスは表向き豊かな国に数えられている。しかし、その恩恵を受けられるのは、モルティスと彼女にとって利用価値があるとされる者たちのみで、多くの民は打ち捨てられているのだ――エクラの豊かさを目にして、カレヴィは退廃しつつある故郷を思い出した。


「ねぇ、折角だから、どこかの美術館を見てみましょうよ。みんな、楽しそうよ」


 リーゼルの声で、カレヴィは思考の世界から引き戻された。


「私には、芸術を理解する素養はないが……リーゼルが行きたいのなら付き合うぞ」

「こういうのは、頭で理解しなくても、自分がどう感じるかが大事なんだ。難しく考える必要はないよ」


 カレヴィの言葉に、ティボーが微笑んだ。


「まぁ、懐に余裕はあるし、たまには芸術鑑賞もいいか。ティボーのお勧めは?」

「イリヤは無駄なことするなって言うかと思ったよ。行くなら、やはり王立美術館かな」


 ティボーの案内で、カレヴィたち一行は王立美術館へ入った。

 建物自体が芸術品とも言える美術館の中には、絵画や彫刻など、あらゆる作品が展示されている。


「みんな綺麗……これが、全部人の手で作られたなんて、凄いね」


 神話の一場面や美しい風景、人々の生活の様子を描いた絵画に、リーゼルは見入っている。

 彼女の楽しそうな様子に、カレヴィは胸の中が暖かくなった。


「ここにある美術品は、凄い値段なんだろうな」


 イリヤが、あちこちに立っている警備員の姿を見て呟いた。


「作品の出来の他に、歴史的な価値が付加されるものもあるからね」


 そう言いながら、ティボーが一幅の絵の前で立ち止まった。


「その絵が気になるのか?」


 カレヴィも、ティボーが見つめている絵に目を向けた。


 大きな画布に、ほぼ等身大の女性が描かれている。

 黄金色の豊かな髪をなびかせ、古代風の衣装をまとった、美しい女の姿だ。

 女が手にしている花束や背景の花園も手で触れてみたくなるほどに生き生きと描かれており、カレヴィにも、それが素晴らしい作品なのだと分かった。

 額縁の下には「愛と美の女神」という題名の書かれた札が貼られている。

 作者名の欄には「クレマン・ドービニエ」とあった。


「まるで生きているような絵だな」

「……そうだね」


 カレヴィが声をかけると、ティボーは嬉しそうに微笑んだ。


「……ティボー? ティボーでしょ?」


 突然響いた女の声に、カレヴィとティボーが振り向くと、そこには一人の女が立っていた。

 貴族風の服装をしている点を除けば、女はカレヴィたちが先刻まで見ていた絵の女神と瓜二つだった。


「アメリ……」


 女の顔を見たティボーが、ぽつりと呟いた。


「突然いなくなって……ずっと心配していたのよ! 今まで、どこにいたの?」


 アメリと呼ばれた女が、泣きそうな顔で言った。

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