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まやかしを切り裂く者

 休憩時間を挟んで、いよいよカレヴィとダリオの決勝戦が行われる時が来た。

 負傷していたティボーは、イリヤの治癒呪文で椅子に座れる程度に回復していた。

 救護室で休むよう勧められたものの、彼は決勝戦を見届けたいと待機所に残った。

 イリヤとリーゼルは、係員に許可を得てティボーに付き添っている。

 更に、その傍らにはニコの姿もあった。

 舞台に上がったカレヴィは、彼らの真剣な眼差しを受け、勝利を約束するように頷いた。


「てっきり、棄権すると思ったがな。彼氏の敵討(かたきう)ちか?」


 やや遅れて舞台に上がったダリオが、腰に手を当てた尊大な格好で言った。

 二人が揃った姿を目にして、観客たちの声が一層大きくなる。

 三年連続優勝の強者と、彗星の如く現れた美しき女剣士の戦いに、観客たちの寄せる期待が高まっていくのが肌で感じられるようだ。


「安心しろ。貴様など目をつぶっていても倒せる。もちろん、仲間が世話になった礼はさせてもらう」


 カレヴィが一向に動じる様子を見せないことに、ダリオは苛立ちを露わにした。


「フン、生意気な女には(しつけ)が必要だな」


「では、両者とも、構えてください!」


 審判の声でカレヴィとダリオが剣を構えると、それまで騒がしかった闘技場が、水を打ったように静まり返った。

 

「始め!」


 審判の声と共に、カレヴィは目を閉じた。

 彼は精神を集中し、視覚以外の全ての感覚を研ぎ澄ませた。

 向かってくるダリオの足音、振り下ろされる剣が空気を切り裂く音、巻き起こる風の流れ……あらゆる情報を受け取りながら、カレヴィは繰り出される攻撃を紙一重で(かわ)した。


「なぁ、あのカレヴィって子、一歩も動いてないぜ」

「いや、必要最小限の動きで攻撃を(かわ)してるんだ」


 目を閉じたままのカレヴィは、観客たちの驚く声の中、ダリオの息遣いに焦りを読み取った。


――おそらく、奴は空気の壁に斬りつけている感覚を味わっているのだろう。私も子供の頃は、養父と手合わせして何度も同じ感覚を味わったものだ。


 カレヴィは攻勢に転じた。

 彼の剣が、ダリオの胴や肩へ容赦なく叩き込まれる。


「どうしたダリオ!」

「女相手だからって、手加減してるのか?!」


 観客たちから、落胆交じりの野次が飛び始めた。


「こ、このアマ……! 何で……?!」


 焦りと怒りの入り混じった呟きが、ダリオの口から漏れる。


「ほう、それだけ食らって立っていられるとは。耐久力だけは、そこそこというところか」


「こいつ……目を……!」


 カレヴィが目を閉じたまま戦っているのに、ダリオも気付いたらしい。


「何か不都合でもあるのか?」


 皮肉な笑みを浮かべながら、カレヴィはダリオが息を呑む音を聞いた。

 カレヴィは目にも留まらぬ踏み込みから、ダリオに袈裟懸(けさが)けの一撃を浴びせた。


「これはティボーの分だ」


「ぐう……ッ! クソがあああッ!」


 激痛に呻きつつも、怒りの方が勝ったのか、ダリオが渾身(こんしん)の打ち込みを放った。

 剣が巻き起こす空気の流れと音を頼りに、カレヴィはダリオの一撃を(かわ)しながら、相手の剣を持つ手に一太刀浴びせた。骨の砕ける感触が、剣を通してカレヴィの手に伝わってくる。


「今のは、ニコの兄の分だ」


 カレヴィの言葉を聞きながら、ダリオは剣を取り落とし、膝から地面に崩れ落ちた。

 打たれた手を押さえて転がるダリオの首元に、カレヴィは剣を突き付けた。


「い……嫌だ……俺が負けるなんて……認めねぇ……」


 (うめ)くように、ダリオが呟いた。


「そこまで! 試合続行不可能と判定します! 勝者、カレヴィ!」


 審判が高らかに宣言すると、闘技場は賞賛や落胆など様々な感情の入り混じった声で溢れた。 

 すかさず、カレヴィは待機所にいるリーゼルに手招きした。

 

「魔法探知とやらを頼む」

「分かったわ」


 駆け寄ってきたリーゼルが、早速ダリオに向かって呪文を詠唱し始める。


「な、何をしているんです」


 割って入ろうとする係員を、カレヴィは制止した。


「少し待ってくれ。不正の証拠が掴めるかもしれない」

「不正?!」


 リーゼルが呪文の詠唱を終えると、ダリオが手首に嵌めている腕輪から淡い光が立ち昇った。見た目には地味な、着けていることに気付きさえしないような意匠の腕輪だ。


「その腕輪、魔導具よ。魔法探知の呪文に反応があるわ」


「何と、そのような……」


 リーゼルの言葉に驚いた係員は大会関係者たちを集め、ダリオの腕から外された腕輪を見ながら協議を始めた。


「いずれにせよ、魔法や魔導具の使用が禁止されている、この大会においては重大な違反行為ということになりますね」 

「これは同じ魔導具を使用している者が複数いた可能性が……予選から遡って調査しなければ」


 もはや動くこともできないダリオは救護室へ搬送され、その間に大会関係者たちの話し合いが進んでいく。


「カレヴィ、凄かったね。一体、どういう対策をしたんだい?」


 ティボーが、イリヤに支えられながらカレヴィに歩み寄ってきた。


「どういう原理かは分からないが、奴の魔導具には、自分の位置を誤認させる効果があったのだろう。だとすれば、視覚に頼らずに戦えばいいと考えた」


「それで、俺の兄や他の人たちはダリオと上手く戦えなかったんですね。でも、だからといって目を閉じて戦うなんて……」


 いつの間にか傍に来ていたニコが、信じられないという様子で口を挟んだ。


「本当の達人相手であれば通用しないだろうな。奴は、そうではなかったというだけの話だ」


 カレヴィは、肩を(すく)めた。


 やがて大会関係者たちの協議が終わり、競技の結果が発表された。


「今回の優勝者は、初出場のカレヴィ嬢です。華麗な戦いの末に、文句なしの勝利を収めました。皆様、盛大な拍手を!」


 司会の声と共に、闘技場は歓声と拍手に包まれた。

 続いて、カレヴィの準決勝の相手とダリオは同じ魔導具を使用しており、不正が発覚した為に失格、繰り上がりでティボーが準優勝になると発表された。


「凄い、本当にカレヴィとティボーが優勝と準優勝だなんて」


 嬉しそうに目を輝かせているリーゼルの姿に、カレヴィは改めて勝利の喜びを嚙み締めた。


「大穴を当てちまったな……実は、カレヴィとティボーに金を賭けてあったんだ」


 イリヤが、頭を掻きながら言った。


博打(ばくち)は感心しないとか言ってたくせに……今夜は豪遊してもいいよね?」


 ティボーの言葉を聞いて、カレヴィたちは朗らかに笑った。



 剣術大会終了後も、ティボーの療養という名目で、カレヴィたちは数日の間ヴィータの街に留まった。

 大会関係者の調査により、ダリオと彼の取り巻きたちは腕輪型の魔導具を使用して、長い間不正行為を行っていたことが明らかになった。

 腕輪型魔導具には、ごく狭い範囲ではあるが装着した者の周囲の光の屈折率を変化させ、本人の位置や動きを誤認させる効果があったらしい。

 その為に、ニコの兄やティボー、その他の者たちは苦戦を強いられていたのだ。

 ダリオと取り巻きたちは今後の大会出場を禁止され、後援者であった富豪からも切り捨てられたと、カレヴィたちは小耳に挟んだ。



「カレヴィさんたち、明日()たれるそうですね」


 ニコが、寂しそうにカレヴィを見上げた。

 カレヴィたちは、剣術大会で知り合い、親しくなったニコの実家兼剣術道場を訪れていた。


「ああ、ティボーも、すっかり元気になったからな」


 カレヴィは微笑んだ。


「しかし、俺も見たかったですね、あなたたちの戦いぶりを」


 そう言ったのは、ニコの兄マッテオだった。昨年の大会でダリオに傷を負わされたという腕を、三角巾で吊るしている姿が痛々しいが、その表情は明るかった。


「カレヴィさんたちのお陰で、剣術大会も規則や出場者の検査などが見直されることになったそうです。元は祭りの催し物から始まったそうですが、今では街の名物になっている大会ですからね。つまらない不正などで廃れて欲しくはありません」


「カレヴィたち、実は凄いことをしたのね」


 リーゼルが微笑むのを見て、カレヴィは誇らしい気持ちになった。


「カレヴィさん、道場で、もう一度だけ、手合わせしてもらえませんか」

「いいとも。一度だけと言わず、君が倒れるまで付き合ってもいいぞ」


 ニコの言葉に、カレヴィは快く答えた。


「倒れるまでって、冗談きついねぇ」

「いや、あれは本気で言ってる気がするぜ」


 ティボーとイリヤが、そう言いながら笑った。

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