手掛かりを君に
カレヴィとティボーは本戦を順調に勝ち上がっていき、準決勝戦まで漕ぎつけた。
「カレヴィもティボーも頑張って!」
舞台に上がったカレヴィに、観客席でリーゼルとイリヤが手を振っている。
彼らの姿を目にして、カレヴィは口元を綻ばせた。
準決勝戦の相手として現れた男に、カレヴィは見覚えがあった。
――ダリオが連れていた取り巻きの一人か。ここまで残っているとは、それなりの腕なのか?
カレヴィは、対戦相手から凄みのようなものが感じられないことに、却って戸惑っていた。
――しかし、ニコの兄のようなことが無いとも限らん……
「へぇ、まだ残っていたのか。そろそろ棄権したほうがいいんじゃあないか? 俺は、お淑やかな女のほうが好みだぜ」
「貴様に好かれたいとも思わん。無駄口は止めて、さっさと済ませようではないか」
にやにやと笑いながら下品な視線を送ってくる対戦者に、カレヴィは、ぴしゃりと言って剣を構えた。
「では……始め!」
審判の声と同時に、カレヴィは舞台を疾風の如く駆け抜けた。
彼は擦れ違いざまに、まだ一歩も動いていない対戦者の胴へ一太刀浴びせた。
真剣であれば、革鎧ごと両断されていたと思しき一撃だ。
一瞬遅れて、対戦者の身体が、ぐらりと傾ぐ。彼は、そのまま倒れ込んで動かなくなった。
それを目にした観客たちが、しん、と静まり返る。カレヴィの動きが速過ぎて、常人の目では何が起きていたのか捉えられなかったのだろう。
審判が、倒れている対戦者に慌てて駆け寄った。
「気絶している為、試合続行は不可能と判定します。よって、勝者、カレヴィ!」
対戦者の様子を確認し、審判が判定を下すと、観客たちの間から思い出したように声が上がった。
「凄い! まだ、こんな技を隠していたなんて」
待機所に戻ったカレヴィに、ティボーが驚いた様子で声をかけてきた。
「相手がダリオの一派だったから、おかしな手を使われる前に、速攻で決めようと思ったんだ。しかし、思ったより攻撃が深く入ってしまったようだな」
「なるほどねぇ」
カレヴィが小声で囁くと、ティボーは納得した様子で頷いた。
「ところで、君の次の対戦相手は……」
「ダリオだよ。組み合わせで奴とぶつかった取り巻きたちが棄権したお陰でね」
カレヴィは、ティボーの言葉を聞いて、胸の奥にざわつきを覚えた。
「規定では違反という訳でもないが……どうも引っかかるやり方だ。何か仕掛けてくるかもしれないから、気を付けてくれ」
「僕のこと、心配してくれるのかい? 賞金も欲しいし、君と対戦もしてみたいから、頑張るよ」
そう言うと、ティボーはカレヴィに向かって片目をつぶってみせた。
いよいよ、ティボーとダリオが準決勝戦の舞台へ上がった。
ティボーが観客席に手を振ると、女性たちの黄色い声が飛んでくる。彼も、なかなかの人気者になっているようだ。
ダリオも連続優勝を果たしているゆえか、大きな歓声を浴びている。
二人が向き合って剣を構えたところで、審判が試合開始を宣言した。
先に動いたのはダリオだった。
彼の、相変わらず大振りな力任せの剣を、ティボーは難なく躱すだろう――カレヴィは、そう思っていた。
しかし、ダリオの剣の切っ先が、ティボーの胴に掠った。
完全に躱したと思っていたのであろうティボーの表情に、僅かだが驚きが浮かぶ。
その後も、カレヴィの目にはティボーの動きが精彩を欠いて見えた。
確実に当たると思われた攻撃を何度も外し、躱せた筈の相手の攻撃が、軽くとはいえ何度も当たっている。
――これは……ニコの兄と同じ状態ではないのか?
そんなことを思っていたカレヴィは、ティボーが肩口にダリオの剣を受けたのを見て、小さく声を上げた。
「降参か?」
いやらしい笑いを浮かべて、ダリオが言った。
「いや、まだまだやれるよ」
ティボーが、不敵な笑みを浮かべた。
「無理をするな!」
思わず、カレヴィは叫んだ。
何かがおかしい――胸の奥でくすぶっていた違和感が、彼の中で膨れ上がっていく。
カレヴィの方を振り向いたティボーは、心配するなとでも言うように微笑んだ。
試合が再開され、ティボーとダリオの打ち合いが始まった。
しかし、やはりティボーの動きは鈍ったままであり、更に蓄積しつつある痛手の影響が大きくなっているのが見て取れる。
ダリオの強烈な一撃が、ティボーを襲った。
咄嗟に防御した剣ごと、衝撃で場外へ弾き飛ばされたティボーは、もんどりうって倒れた。
「勝負あり! 勝者、ダリオ!」
審判の声が無情に響くと、闘技場は大きな歓声に包まれた。
「ティボー!」
カレヴィは、倒れているティボーのもとへ駆け寄り、そっと彼の半身を抱き起こした。
「……はは、格好悪いなぁ」
掠れた声で呟くと、傷が痛むのかティボーは顔を顰めた。
「あいつ……いると思ったら、いないんだ。見えているものと、実物が……違う……みたいな……」
「分かった、無理に喋るな」
ティボーの言葉に、カレヴィは自身の感じていた違和感の正体が分かったような気がした。
――おそらくティボーは、私にダリオを倒す手掛かりを与えようと戦いを続行したのだ……
その時、観客席が騒めいた。
顔を上げたカレヴィの目に映ったのは、観客席から浮かび上がり、こちらへ、ふわふわと飛んでくるリーゼルとイリヤの姿だった。
「リーゼル……これは?」
「飛行魔法の応用よ。他の人を連れていると、早く飛べないのが難点だけど……イリヤに、ティボーの手当てをしてもらった方がいいと思って」
リーゼルがカレヴィに説明している間、イリヤがティボーの具合を確認している。
「命に別状ないと思うが、結構な怪我だぞ」
「君なら……何とかしてくれると思ってさ……」
「ああ、いいから黙ってろ」
「カレヴィ、ちょっといいかしら」
リーゼルが、カレヴィだけに聞こえるよう耳打ちした。
「あのダリオって人の周囲、ほんの少し……近付いてみなければ分からないくらいの『魔素』の動きがあるみたいなの。魔法探知の呪文を使えば、魔法や魔導具を使っているかどうか分かるわ。確かめてみる?」
カレヴィは、少し考えてから答えた。
「いや、今はいい。奴を倒した後に、お願いする」
「それはいいけど……大丈夫なの?」
リーゼルが、目を丸くした。
「ああ。ティボーやニコが手掛かりをくれた。小細工をしても無駄だと、奴に知らしめてやらねばならないからな」
言って、カレヴィは、得意げに笑っているダリオを見据えた。