挑発
「剣術大会」への出場手続きを終えたカレヴィとティボーは、出場者の待機所から予選の様子を眺めていた。
ざっと見回してみても、待機所にいる女性はカレヴィのみだ。出場資格には年齢以外の制限がないものの、それだけに女性の出場は厳しいと思われているのだろう。
闘技場は、まだ予選だというのに大勢の観客からの熱狂的な歓声で沸き立っている。
楕円形をした競技場の中心には、正方形に区切られた舞台が設けられており、試合は、そこで行われていた。
「試合は一対一で行われる、武器は全員が同じ模擬戦用の刃がない剣を使用、相手の殺害は禁止で、事故によるものでも失格になる、なお魔法や魔導具の使用も禁止……割と温い規則だね」
用意された椅子に、のんびりと座っているティボーが言った。
「所詮は競技だ。本物の戦場とは比べ物にならんだろう。ただ、場外に出てしまっても敗北扱いだから、勢い余ってという事故には気を付けなければな」
カレヴィが言った傍から、試合中だった剣士が相手に弾き飛ばされて舞台から落下した。
まだ余力を残しながらも失格になった剣士は、悔しげな様子で試合場から出て行った。
「とりあえず、予選の勝ち抜き戦で二回勝てば明日の本戦に出られるという訳だ。くじ引きの結果によっては、僕とカレヴィが決勝で戦うことになるかもしれないね」
「それも面白い。君が相手なら、手加減は無用だな」
「ほう、見かけない奴らだが、余所者か。今から決勝に出る話をしているとは余裕だな。仕留める前に熊の皮を売るようなもんだ」
突然、背後から聞こえた濁声に、カレヴィとティボーは振り向いた。
そこに立っていたのは、見るからに筋骨隆々な、厳つい顔つきの男だった。周りには、数人の取り巻きらしい若い男を侍らせている。
男の表情から滲み出る尊大さに、カレヴィは、どこか鼻持ちならないものを感じた。
「三年連続優勝のダリオさんを差し置いて、生意気な奴らですね」
取り巻きの一人が揉み手をしつつ、男――ダリオに媚びるような調子で言った。
「女のくせに出場するとはな。泣き落としや色仕掛けが通用するような甘い大会じゃあないぜ」
ダリオが嘲るように笑い声をあげると、取り巻きたちも、げらげらと笑った。
――多少はやるようだが、大したことはないな。こんな男が三年連続優勝者とは、この大会、思った程ではないかもしれん。
カレヴィは、そう思いつつも、ダリオの無礼な言葉を受け流した。
「気遣い、痛み入る」
「はは、殊勝じゃないか。嬢ちゃんの態度次第では、手加減してやらなくもないぜ」
ダリオが、舌舐めずりしながら言った。
彼の舐め回すような視線に、カレヴィの中には何とも言えない不快感が沸き上がった。
「おっと、僕の想い人を下品な目で見るのは止めてもらいたいね」
珍しく真顔になったティボーが椅子から立ち上がり、ダリオを見据えた。
「女ってのは、強い男のものになるのが幸せってやつだぜ。まぁ、せいぜい頑張って予選突破するんだな。明日の本戦まで来られたら相手してやるよ、色男」
にやにやと笑いながら言い残すと、ダリオは取り巻きたちを引き連れて、足音も荒く立ち去った。
「何だか腹の立つ輩だったね……正々堂々と叩きのめしてやりたくなってきたよ」
珍しく苛立ちの表情を見せながら、どすんと椅子に腰を下ろしてティボーが言った。
「なるほど、奴は連続優勝しているから、予選には参加しないのだな。勝ち進めば、いずれ対戦することになるだろう。正直、私も腹に据えかねるところがあったが、それは試合でぶつけさせてもらおう」
カレヴィは片方の口角を上げ、皮肉な笑いを浮かべた。
「君も、そんな顔するんだね。不敵な感じが、また違った魅力だ」
微笑むティボーを見て、カレヴィは些か申し訳ない気持ちになった。
――ティボーは、いい奴だが、私を女だと思っているから守ろうとしてくれているのだろう。やはり、一刻も早く呪いを解きたいものだ……
「ええと、次は二十一番と二十二番の人~! そろそろ試合の準備をしてくださ~い」
大会の係員の声を聞いて、ティボーが立ち上がった。
「僕の出番のようだ。それじゃあ、行ってくるよ」
「健闘を祈る。心配は無用だろうが」
カレヴィに見送られ、ティボーは軽く手を振ってから試合場へ向かった。
試合の行われる舞台に立ったティボーの前に、対戦相手が現れた。
ティボーも大柄な方ではあるが、対戦相手は更に一回り大きい感のある男だった。
向き合って剣を構えた二人が、審判の試合開始の声と共に動いた。
対戦相手も場数を踏んでいるのか、戦い慣れた様子だ。
一方、ティボーも相手の強烈な打ち込みを華麗な足捌きで躱し、また剣で受け流す。
――剣術は嗜み程度と言っていたが、なかなかどうして、熟練度は槍術と変わらないではないか。
カレヴィは感心しながら、ふと気づいた。
――一見、互角に打ち合っているように見えるが、ティボーは相手を舞台の隅に追い込んでいる……
やがて鍔迫り合いの状態から、ティボーが身体ごと相手を押し返し、舞台の外へと弾き飛ばすと、観客席から大きな歓声が上がった。カレヴィには、女性の黄色い声が若干勝っているように感じられた。
まず一勝をもぎ取ったティボーが、待機所へ戻ってきた。
「やるじゃないか。まだまだ余裕がありそうだったが」
カレヴィが声をかけると、ティボーは嬉しそうに笑った。
「僕の雄姿、見ててくれたんだね。まぁ、競技だし、できるだけ相手に怪我をさせまいと考えたのさ」
腰に手を当て気取った様子のティボーを見て、カレヴィは、くすりと笑った。
「二十九番と三十番の人~! 試合の準備をしてくださ~い」
係員の声に、カレヴィは振り向いた。
「では、私も行ってくる」
「心配はしてないけど、頑張ってくれたまえ。君の華麗な姿は、僕の心に全て焼き付けておくからね」
ティボーが大袈裟に手を振る中、カレヴィは試合場へ向かった。