金策
バイーアの市街地は東西南北に走る大通りで区切られており、二つが交わる場所には広場が設けられている。
ここでは、市が立ったり何らかの催し物が行われたりすることもあるらしい。
今日は、所々に設けられた長椅子で寛ぐ人々や、鬼ごっこで走り回る子供たちの憩いの場になっているようだ。
空いていた長椅子にリーゼルを座らせ、カレヴィは周囲に出ている飲み物や軽食を売る露店を見回した。
「リーゼル、飲み物を買ってきた。温めた牛乳に蜂蜜を加えたものだ」
カレヴィは、露店で買ってきた飲み物をリーゼルに渡すと、自分も彼女の隣に腰掛けた。
「……ありがとう」
リーゼルは、受け取ったカップを、血の気のない顔で少しの間見つめた後、口を付けた。
「甘くて、美味しい」
彼女の口元が微かに綻んだのを目にして、カレヴィの波立っていた気持ちも、僅かだが鎮まっていくようだった。
「ほんの小さな子供の頃、養父が時々作ってくれていたのを思い出した。これを飲むと、身体が温まって落ち着くと思う」
カレヴィも、蜂蜜入りの牛乳を一口飲んだ。想像した通りの優しい味が、彼に昔のことを思い起こさせた。
「……大陸に着いて早々こんなことになるなんて。ごめんなさい」
財布を盗まれたことで落ち込んでいるのか、リーゼルが沈んだ表情で呟いた。
「君だけが悪い訳ではない。私も油断していた。……金は、君一人であればキュステに戻れるくらいは残っている。来た時のような贅沢な船旅はできないかもしれないが」
「私だけ戻れと言ってるの? それに、そんなことをしたら、カレヴィが一文無しになってしまうでしょ?」
カレヴィの言葉に、リーゼルが目を丸くした。
「元々、日雇いや短期の仕事を探しながら陸路で移動するつもりだったし、私の方は問題ない」
「それって、『冒険者』みたいなこと?」
「……そうなるな」
この世界には、定住せず流浪の生活を送る者たちも存在するが、彼らのうち何割かは「冒険者」と呼ばれている。
「冒険者」の中でも、武芸に秀でた者や魔法を得意とする者は、商人や旅行者などの護衛といった仕事を請け負う他には、一時的に傭兵として戦いに参加することもある。
一方で、単に定職に就けず簡単な依頼をこなして日銭を稼ぎ、「冒険者」と名乗っているだけの者も少なくない。
だが、ごく稀に前人未到の地を踏破したり強大な魔物を討伐し伝説になったり、あるいは国を興した者なども存在する為、子供や若者の中には「冒険者」に憧れる者もいる。
とはいえ一般市民からの評価の多くは、胡散臭い流れ者といったものであるのは否めない。
「ルミナス方面に向かう隊商や旅行者の護衛といった仕事が見付かれば、一石二鳥だろう」
「そうか、お金がないなら作ればいいのよね。私も、働けばいいのね」
はっとしたように、リーゼルが言った。
「いや、君は女の子だし、冒険者の真似なんて……」
「あら、カレヴィって冒険者に偏見があるほうなの? それに、あなただって女の子でしょ」
リーゼルに言われて、カレヴィは一瞬言葉に詰まった。
「……だが、君は実戦経験はあるのか? たとえば護衛なら、野盗などから依頼人を守る為に戦闘に参加しなければならないぞ」
「戦いに魔法を使ったことはないけど……お母様には、いつも才能があると褒められていたのよ」
リーゼルは、自分の右手をカレヴィに差し出した。その中指には、赤い宝石の嵌め込まれた指輪が光っている。
「これは、家を出る時に、お母様が昔使っていたものを渡してくれたの」
「綺麗な石だな」
「魔法を使う際に精神集中を助け、魔法の効果も底上げしてくれる力があるんだって。お守りにもなると聞いたから、きっと大丈夫よ」
働いて路銀を稼ごうと決意したことが、リーゼルに力を与えたのか、先刻まで青白かった彼女の顔には、赤みが差してきている。
「自分からカレヴィに付いていくって言いだしたんだから、私だって、面倒を見てもらうだけのつもりはないわ」
「リーゼルは、存外強い子だな」
カレヴィは、リーゼルの思いもかけなかった芯の強さに驚いていた。
二人は、冒険者として仕事を請けられそうな場所があるか尋ねようと、街の者たち数人に声をかけた。
分からない、と言いながら怪訝な顔をする者や、好奇の目を向けてくる者が多い中、一人の男が立ち止まってくれた。
「嬢ちゃんたち、『冒険者』をやるつもりなのかい?」
人の良さそうな中年男は、半ば呆れた様子で言った。
帯剣したカレヴィはともかく、リーゼルに至っては、どう見ても育ちの良い一般女性にしか見えず、とても「冒険者」とは結び付かないのだろう。
「この街だと、『茨通り』にある『狼の牙亭』って酒場が『冒険者』の溜まり場になってるから、情報がもらえるかもしれないけど……あまり治安が良いと言えない区域だから、正直、行くのはお勧めできないかなぁ」
「『茨通り』の『狼の牙亭』ですね、ありがとうございます!」
奥歯に物が挟まったかの如く話す男をよそに、リーゼルはカレヴィの腕を取った。
「早速行ってみましょう。すぐに分かって、よかったわね」
「……そうだな」
――やはり、冒険者が集まる場所というのは、そんなものか。財布を盗まれた時のような失態は、もう許されない……!
無邪気に自分の顔を見上げてくるリーゼルを見ながら、カレヴィは気を引き締めた。