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約束

 一夜が明け、起床したカレヴィが食堂へ向かうと、リーゼルとオットー、エリナたち一家も揃っていた。

 三人とも、遅くまで話し合っていたのか、やや疲れが残っている様子だ。


「おはよう、カレヴィ。あまり眠れなかったの? 顔色が今一つみたいよ」

「そうか? リーゼルたちが遅くまで話していた様子だったから、少し気になっていたのかもしれない」


 リーゼルの言葉に、カレヴィは苦笑いした。

 テーブルの上では、温めたパンや、塩漬け肉の燻製(ベーコン)と目玉焼きの載った皿、淹れたての茶などが湯気を立てている。皮を剝いて食べやすい大きさに切った果物が添えられているところに、エリナの細やかな気遣いが現れていた。


「あのね、カレヴィ……お父様たちがルミナス行きを許してくれたの。だから、私も一緒に行くからね」


 皿の上で行儀よくパンを千切りながら、リーゼルが言った。


「そうか……分かった」


 カレヴィは嬉しく思いつつも、意外に感じた。

 

「カレヴィ、本当にいいの? 迷惑だったら、そう言ってくれていいのよ」


 エリナが、心配そうな顔で言った。


「いえ……リーゼルが望むなら、私は彼女と共に行きます。何があっても、リーゼルのことは守ります」


 力強く頷くカレヴィを見て、リーゼルが安堵したように微笑んだ。

 

 朝食を済ませ、いつものように戸外での鍛錬(たんれん)へ出ようとしたカレヴィは、オットーに呼び止められた。


「少し話したいことがあるんだ。書斎まで一緒に来てくれるかな」


 拒む理由などある筈もなく、カレヴィはオットーに付いて彼の書斎へ入った。

 本棚や机が置かれた部屋は、きちんと整頓されており、彼の人柄を思わせる。

 勧められた椅子に腰掛け、カレヴィはオットーが口を開くのを待った。


「君も気付いていただろうけど、昨夜は遅くまでリーゼルと話していたんだ……あの子の生い立ちは聞いているかな?」

「……はい」


 何を言われるのかと、カレヴィは(わず)かだが緊張した。


「我々夫婦は結婚後も子供ができなくてね。諦めてしばらく経った頃、リーゼルと出会ったんだ。弱っていたあの子を必死で看病しているうちに、いつしか、血の繋がりなど関係なく大切に思うようになっていた」


 オットーは当時を懐かしんでいるのか、柔らかな表情を見せた。


「見ての通り、リーゼルは素直で可愛い子だからね。我々も、つい甘やかして過保護に育ててしまった自覚はある。しかし、あの子が自分の意思で島から出たいと言うのを聞いて、それではいけないと、今更ながら気付いたんだ」


 ぽつぽつとオットーが語るのを聞きながら、カレヴィは養父のユハンを思い出した。


――養父は、死の間際まで、あえて私を身元不明の孤児として育てていた。私が真実を知り悲しい思いをしないように、そしてモルティスへの復讐など考えないようにと。それが正しいことなのかは分からないが、養父が私を思ってのことだった……血の繋がりなどなくとも、互いを思う絆は生まれるのだ……


「甘えん坊の、ふわふわした娘に、あんな頑固なところがあるとは思わなかったよ。私と妻を根負けさせるなんて、あの子も成長したのだと悟ったんだ」


 オットーは、少し寂しげな笑みを浮かべた。


「年寄りの我々に育てられた為に、リーゼルの周りにいるのは大人ばかりだった。だから、歳の近い君のような友人ができて、娘は嬉しいんだと思う。迷惑かもしれないが、彼女をルミナスまで連れて行ってやって欲しい……こんなことを頼んでしまうなんて、やはり私たちは甘いのだろうね」


「迷惑だなんて、とんでもないです。私も、リーゼルが同行してくれるのを嬉しく思います。目的を果たした後は、彼女を必ず、ここまで送り届けることを約束します」


 もう一つの目的が生まれ、カレヴィは決意を新たにした。


 その日の午後、カレヴィはリーゼルと共にキュステの商店街へ出かけた。

 ルミナスへの旅に必要なものを揃える為だ。

 まず、カレヴィは護身用の剣を購入しようと、刀剣などの武器を扱う店へ向かった。


「お姉さん、リーゼルちゃんの友達かい? それなら勉強させてもらうよ」


 店の主人である(いか)つい男が、にこにこしながらカレヴィたちを迎えた。


「この商店街の人たちは、皆リーゼルを知っているのだな」

「ああ、俺も含めて、若い頃にオットーさんのところで修行させてもらってた奴も多いからね」


 カレヴィの言葉に、主人は豪快に笑って答えた。


「服や魔導具のことは分かるけど、武器は専門外ね……」


 陳列されている剣や戦斧などを眺めながら、リーゼルが呟いた。

 店内を見回していたカレヴィは、壁に掛けられている一振りの大剣に吸い寄せられた。

 大振りで頑丈そうな造りが、彼の好み通りだった。


「これ、触っても構わないか?」

「構わないが、姉さんには重くて扱いきれないんじゃないか?」


 店の主人が壁から外して渡してきた剣を、カレヴィは受け取った。


「これは……!」


 剣を両手で持って構えたカレヴィは、思わず声を漏らした。


――男の肉体であれば片手で扱えたと思われる剣が、女になった今では両手で持つのが精一杯とは……どうやら、戦い方を考え直す必要がありそうだな。


「そいつを構えられるとは、大したもんだな。だが、姉さんには、もう少し華奢な剣が合うと思うぜ」

「……そのようだな」


 店の主人の言葉に、カレヴィは素直に頷いた。

 主人が勧めてきた幾つかの長剣の中から、カレヴィは片手で扱える一振りを選んだ。


「それは軽く切れ味の鋭い剣だから、さっきの大剣みたいに『叩き切る』ような使い方はしないほうがいいな」

「なるほど、承知した」


 購入した剣を早速腰から下げたカレヴィを、リーゼルが頬を染めて見つめた。


「わぁ、女剣士って感じで素敵よ。私も、剣術を習えばよかったかしら」

「まぁ、荒事は私に任せておいてくれ」


 そう言いながら、カレヴィはリーゼルの様子が可愛く思えて、くすりと笑った。

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