第31話 「黒き頂」ブラック・ロード・ドラゴン
『ほう、我が見えるか――。そこそこの実力を持つものたちのようだな……』
と、ホール全体に声が響いた。
その声が眼前に臥せる黒い竜から発せられたものだと一同はすぐに理解した。
ブラック・ロード・ドラゴン――。
「黒き頂」という異名を冠せられたその竜は、この世界に住まう最強の魔獣と言われる竜族の一柱だ。
竜族と言うのは、魔物魔獣の分類の一つで、総じて、固い鱗と長い首と尾、2本の前脚と2本の後ろ脚、それぞれの爪は鋭利な刃物より切れ味は鋭く、その咢はどんな岩よりも頑強で力強い。
種族によっては翼を持つものもいるが、このブラック・ドラゴン種は地竜で、翼は持たない。が、地竜の特徴はその素早さだ。
体躯の大きさは、全長5メートルはくだらないだろうにもかかわらず、まるで、虎か鹿のように俊敏に動くと言われている。
そして、多数の種族の言語を操り、対話も可能である知能を有している。
「エル、こいつは、なかなか厳しいぜ……?」
と、ゲラルドが言った。
たしかに視認は出来ている。そこはさすがにギルマス、ゲラルド・オーディロイだ。後方に控えるヘルメさんも見えているようだ。
「ブラック・ドラゴンは擬態を操ることが出来る魔獣じゃからの。まあ、あんちゃんも嬢ちゃんも見えておるんなら問題ないじゃろ」
と言ったのはルーだ。
「――はあ、仕方ない。ゲラルドは、ヘルメさんを護衛して。ヘルメさんは全体管理をよろしく。おい、ルー、お前が前衛だ。僕は、術式を編むよ――」
となんなく言ってのけたのはエルトだった。
「へっ、すまねえな。貧乏くじ引かせちまってよ、ルーちゃん――」
「まあ、よいじゃろう。わしも久しく暴れておらんかったから丁度よい肩慣らしじゃ」
「ルーさん? 大丈夫なんですか?」
「嬢ちゃんは、エルを最優先で守護するんじゃな。エルの術式が編めたら、こんなやつなどものの数ではないわ――」
「じゃ、そうゆうことで……」
と打ち合わせが終わると、エルトは眼前のブラック・ドラゴンに問いかけた。
「えっと、「黒い頂」さんだったっけ? 一応聞いておくけど、この間ここに冒険者パーティが来たと思うんだけど、3人ほど行方不明になってるんだよね。知ってるかい?」
まるで、久しぶりに会った友人にでも問いかけるかのように自然に質問する。
『わしの塒にズカズカと踏み込んできよった哀れな冒険者たちのことか――。身の程を弁えないものの行く末など、言うまでもないだろう。一人は逃がしてやった。これで少しはおとなしくなると思っておったのだが、また現れようとは。今度は全員、食ってやる――』
と、ブラック・ロード・ドラゴンが答えた。
どうやら、そういう事のようだ。
残念だが、3人は死んでいる(食われてしまった)のだろう。
「――はあ、そうだよねぇ。身の程と言うのは弁えておかないとというところには、賛同するよ。もう一つ質問してもいいかな?」
『どうせ食われるんだ。聞きたいことを聞けばいい』
「ありがとう。じゃあ、聞くけど、今後一切人間たちには手を出さないという約束はできないかな? そうしてくれると、僕たちもこのまま帰れるんだけど?」
『ふん、それはあり得ない。人間というのはなかなかに美味でな。お前はおいしいデザートを目の前にして手を出さないと約束できるのか? わしにはそれは無理な話だ』
どうやら、交渉は決裂したようだ。
「――そうか。じゃあ、仕方がないね。身の程というものを知らないものの末路。自分が言ったこと忘れないでよね」
というなり、ルーに合図を送った。
ルーは待ってましたとばかりに飛び出すと、眼前の黒竜に向かって行く。
その速さはまるで迅雷のようだった。
瞬く間に黒竜の眼前に駆け寄ると、初撃の蹴りを見舞った。
ドウン――!
地鳴りが響くかのような鈍い音と共に、黒竜の胴がくの字に折れる。
『ぐばぁ! な、なんだと!? コイツ、いったい――』
黒竜は驚愕の声を上げる。
「かぁ! すっげぇなぁ! ルーちゃん、マジやべぇぞ!」
と、感嘆の声を上げたのはゲラルドだ。
『おのれぇええ! くらえぇぇ!』
黒竜は憤怒の声を上げるとその咢を大きく開いた。
ドラゴン・ブレス。
竜の口から火の玉が放たれ、詠唱を編んでいるエルトとヘルメにまっすぐ向かってゆく。
「あんちゃん、感心してる場合じゃないぞ? ちゃんとエルと嬢ちゃんを守れよ?」
とルーが返す。
「もっちろん、それは俺の役割だからなぁ!」
とゲラルドはヘルメの前に立ちふさがると、その手に持つ大剣をブンと一閃する。
なんという事か。
ゲラルドはその火の玉を自身の大剣で打ち払ってしまった。
『お、お前たちいったい――、ごおおあああ!!?』
今度は、ルーの拳が黒竜の腹に深く突き刺さる。
「余所見などしておる場合か? それだけ体が大きけりゃ、殴る場所はいくらでもあるんじゃぞ?」
『ごおおおあああ!! おのれぇえおのれぇええ! ならば、もはや容赦はせん! 皆消し炭となって消えるがよいわぁ!』
黒竜は渾身の魔力を込めて、呪文を発動した。
――究極・火炎地獄!!
ホールのすべてが灼熱の炎に包まれる。
どこに行っても逃げ場はない――。
『ぐはははは! 身の程を弁えないからだぁ! 自分の愚かさを悔やむんだなあ!』
と、黒竜は自身の勝利を確信した。
丸焦げになってしまった人間は多少味は落ちるが、焦げもスパイスになってなかなかに美味なものだ。
なにより、素材がいいものはどう調理しても旨いことに変わりはない。
「――君がね」
燃え盛る炎の中から声が聞こえた、その瞬間のことだった。
――滅・灼熱煉獄陣!
黒竜が最後に見たものは、自身の炎よりさらに白い炎。
『なんて、明るさ――こんなに白い炎は見たことが……ない……』
黒竜は跡形もなく消し炭となり、その痕跡すら残らなかった――。




