第1話 クレーマー来たる!
「おい! どういう事だよ!? なんで俺の携帯食料に髪の毛が入ってるんだよ!? あぁあ!?」
店内に大きな怒号が響いた。
店内にいた客の数名が何ごとかとその怒鳴り声をあげる男の方を見た。
エルトは事務室にいたのだが、店内から聞こえてきた大声に反応し、『魔法映像機』の『映像表示器』に目を向けた。
(やっぱりきたか――。まあ、そのうち来るとは思っていたけどね……。さて、リーリャさん、どうするかな)
見ると、大柄な冒険者風の男が「精算所」の前に立って、「精算機」の前に立っているミミに向かって体を乗り出している状態だ。
「え? どういうことですか? 詳しく教えてください――」
「ミミちゃん、どうしたの?」
「あ、リーリャさん、こちらの方が、携帯食料に髪の毛が入っていたとか――」
その状況を店内で聞きつけたリーリャが素早くミミのもとに駆け付けた。
「お客様申し訳ございませんが、事情を詳しくお話しくださいませんか?」
「お前がこの店の店長か? どうもこうもねぇんだよ! なんで髪の毛なんかが入っているんだって言ってんだよぉ!」
そう言うなり、男は携帯食料の包みをカウンターに突き出した。
「確認してもよろしいですか?」
と落ち着いた声でリーリャが応える。
「おう、見てみろよ! 確かに入ってるだろうが!」
と、相変わらずの怒声で喚く。
「これでございますか?」
「ああ、それだよ! ちゃんと入ってるだろう!」
「ええ、確かに入ってますね。ですが、当店の携帯食料は工場から直送で来ております。そして当店の工場は魔法によって埃一つも侵入を許さない環境でございます。お客様、もう一度よくお考え下さい。本当にこの髪の毛は、あなたのものではないのですか?」
「な、なんだと!? 俺がわざと入れたとでもいうのか!」
(はいはい、確定――。まあ、よくある手法と言えばそうだけど、やっぱりどの世界でも一定数こういう人がいるものなんだな……)
と、エルトはモニターを見ながら呆れている。
「いえ、誰も「わざと」などとは言っていませんよ。こういうことはよくあることです。ですので、もう一度よくお考え下さい。これは、誤ってあなたが落とした髪の毛ではありませんか?」
と、リーリャが詰める。
「う、うぅ……」
「どうしてもというなら、私は鑑定魔法を習得しておりますので、この場でお調べいたしてもいいのですが?」
「あ、いや、それは――。いや、いい。たぶん、お前の言う通りだ、そう言われて俺もそんな気がしてきた――。うん、そうだ、何かの拍子に俺の髪が落ちたんだな、悪い、忘れてくれ――」
と言い残して、その男は店外へ逃亡していった。これでこの話が広まれば、ああいう言いがかりをつけるものは減るだろう。
エルトが「この世界なら」と思った理由の一つがこれだった。
この世界には「魔法」と言うものが存在する。エルト自身がその体現者、漆黒の魔術師エルトシャン・ウェル・ハイレンドでもあるわけだが、実はエルトが使える魔法以外にも無数にこの世界には「魔法が存在している」のだ。
リーリャが使えると言った『鑑定魔法』もその一つだ。彼女を採用した理由の一つがそれだった。
彼女の扱う『鑑定魔法』というのは使いようによっては非常に強力な効果を持っている。「鑑定」の度合いは様々だが、簡単に言えば、何と何が同じか違うかぐらいはすぐに分かる。リーリャはこのやり取りの中で、すでに鑑定魔法を発動していたのだ。
そして、その携帯食料の中に入っている髪の毛と、男の髪の毛が同じだと見抜いていたというわけだ。
(さすがリーリャさん、年の功とはこういうものを言うのだろうな――。僕だったらその場で即座に鑑定結果を明らかにして取り押さえているか、衛兵隊に通報しているところだよ)
と、エルトは自戒する。
冒険者だった頃であればそれでよかった。あの世界は結局は「力こそが正義」の世界だ。どういう理屈であろうが、最終最後は「強いものが正しい」。
だが本来、「商売」は違う。「道理こそが正義」だ。
相手を打ち負かすことでは「儲からない」のだ。そこには「モノの道理」があって、その中で「利益」が発生する。
この「道理」を突き詰めることで結果、携わる者すべてに「還元」されるのが商売である。と、エルトは考えている。
(あっちの世界ではその「道理」が通らないことも多かったけど、この世界なら――)
――だから、僕はここで「コンビニ」をやると決めたんだ。
この世界には魔法が存在している。冒険者の世界は結局は「力が正義」の世界だったが、民衆の生活には深くこの「道理」が息づいている。これはまさしく「魔法」の存在が広く認知されているが故でもある。
そしてこの国の国王は各国の王の中でも特にその「道理」を重んずる性質の人格者でもある。
魔王を打ち倒す勇者パーティを国費ではなく私財を投げうってバックアップし、世のため民の為に安寧をもたらそうとし、それが適った暁には、僕たち4人をそのしがらみから解放もしてくれた。
まさしく、「道理」が服を着て歩いている御仁といえる。
(まあ、取り敢えず、一つ目の関門は越えたってところかな――)
僕は映像表示器から視線を外した。
店内からはミミとリーリャの明るい声が聞こえてきた。