第12話 書籍売り場のラインナップ
「う~ん……」
とエルトが本の棚を目の前にして腕組みをしている。
「どうしたんですか? オーナー」
リーリャはそんなエルトを見て不思議に思って尋ねた。
「うん、書籍の売れ行きがいまいち伸びてないように思ってね。なにが原因かなぁと――」
とエルトが応える。
「そうですか? 結構売れていると思いますけど?」
と、リーリャはエルトが満足していないのを不審に思った。
実際のところ、冒険者向けの書籍の売れ行きはかなり好調だ。
冒険者向け書籍というのは、いわゆる「地図」と「呪文書」なのだが、この二つはこの世界ではいわゆる「消耗品」の類になる。
すでに述べている通り、この世界には魔法が存在している。だが、詠唱を諳んじて魔法を発現できるものは実はそれほど多くない。というのも、詠唱句は実際、発音や取り回しが非常に難解で、高位の魔術師でもない限り呪文書なしに魔法を発動することは非常に困難なのだ。
当然のことだが、呪文書が無くてもしっかり習得していれば魔法は発現できる。エルトは「漆黒の魔術師」と呼ばれるほどの魔術師だが、扱える術式もかなりの数である。だが、彼が英雄となったことを前提として考えていただきたいのだが、もちろん彼ほど魔法に長けた人物は稀有な存在だと言える。
リーリャも魔法を扱えるのだが、呪文書なしで発現できる魔法はそれほど多くは無い。それでも、非常に優秀な魔術師の部類に入る。彼女が扱える「鑑定魔法」などはかなり高位の魔法だからだ。
つまり、冒険者ギルドに所属している魔術師たちの大半が初級から中級の魔術師たちで、習得している魔法はせいぜい三つ四つ程度なのだ。
そこで登場するのがこの「呪文書」というわけだ。
「呪文書」――それは高位の魔術師が書籍に魔力を込め、呪文の発動を補助する「魔法具」である。大きさ、形状については、魔法のクラスによって変わるが、初級魔法なら二つ折りの手のひらサイズのメモのようなものをイメージしてもらえばいい。
冒険者はこのメモを懐から取り出し、片手で拡げて、そこに書いてある「発動句」を唱える。すると、この「発動句」に反応したそのメモの魔力補助によって魔法が発現するという仕組みになっているわけだ。
もちろん、永久に使用できるわけではない。込められた魔力には限りがあるため、使用回数に制限がつく。そういう理由で、「消耗品」というわけだ。
「地図」の方は言うまでもない。
新たに探索する迷宮や遺跡などの探索ポイントの「地図」も、探索が終われば用済みになる。まあ、その頃にはさすがに書き込みや汚れなどで使い物にならなくなっているのが通常だ。それに、冒険者ギルドに所属する冒険者同士での地図の譲り合いは原則禁止となっている。なんでも、冒険者ギルド曰く、
「自身の足と目で確認し、危険に備え、準備を行い、あらゆる事情を考慮して臨むのが冒険者である」
などというもっともらしい理由を付けてはいるが、簡単な話、その「地図」の版権を握っているのが冒険者ギルドであるというのが実際的な理由だ。
エルトの店に並んでいる「地図」たちも冒険者ギルドとの交渉を経て販売を許可されたものだ(まあ、少しばかり『漆黒《過去の栄光》』をちらつかせて王国の権威も利用したのだが、その呪文書の製作にエルトも一役買っているのだから『ウィンウィン』というところだろう)。
もちろん冒険者間の「地図」そのものの譲渡や販売は禁止事項であるが、「情報」の共有は禁止されてはいない。冒険者たちは自身の口と耳と、場合によっては金銭で、先輩冒険者から「情報」を手に入れることは正当な「情報収集行為」とみなされている。
閑話休題――。
「うん、冒険者向け書籍はある程度予想通りの売れ行きなんですが、こっちの方がどうも――ね」
とエルトが指さしたのは、町人向け書籍の方だ。並んでいるのは主に街中の書店に置かれているものを仕入れたもので、その大半は、専門書や物語、歴史書などである。
「ああ、確かに冒険者向けに比べるといまいちな感がありますね。う~ん、ウチの客層には合っている分野だと思うんですが……」
と、リーリャも少し考え込む。
「――あ、例えばこんなのはどうでしょう? この街周辺の景観スポットとか行楽地の情報とか、危険地域や危険動植物の情報とかそういうものを集めた本なんて、街の人たちが外出するのに利用したりしませんかね?」
その言葉を聞いたエルトの目がみるみる見開かれてゆく。それを傍目に見ていたリーリャは自分の言葉があまりに的外れだったのかと不安を覚える。なので慌てて取り繕おうと言葉を発しようとした瞬間だった。
「――リーリャさん! それだ! そうか! なんで気付かなかったんだ!? ありがとう、リーリャさん! 本当にあなたは素敵な人だ!」
とエルトが目を輝かせて思わずリーリャの肩を掴んで顔を覗き込むようにして言った。
リーリャはそのエルトのあまりの剣幕に少々びっくりしたが、何より自分の思い付きがエルトの役に立ったようで素直に嬉しかった。
「あ、いえ! そんな! わたしはただ……」
「ありがとう! そうと決まれば、すぐに行かないと!」
「え、ええ!? ど、どこに!?」
「帰ってきたら話します! とにかく行ってきます!」
「あ、ああ、行ってらっしゃいませ……ってもう聞いてない、か」
エルトは当惑するリーリャをその場に残して、店を飛び出していったのだった。