第9話 新規スタッフ採用!
「――というわけで、今日から仲間に加わることになった、ルー・グドー《《ラ》》さんです。リーリャさん、ミミ、みんなも、よろしくお願いしますね」
と、エルトが紹介する。
「ルー・グドー《《ラ》》ですっ! 15歳ですっ! アルバイトは初めてなんで、皆さん宜しくご指導お願いします! ルーって呼んでください。早く皆さんのお役に立てるように一生懸命頑張ります!」
(なにが、「15歳ですっ!」だ――。まったく、どういう設定なんだよ……)
と、エルトは思わず零しそうになった。
が、さすがに魔王が復活してここにいるというのは冗談と思われるとしても口にしない方がいいだろう。
『わかっとるな? わしは、魔王ルグドアではなく、《《マオージョ》》のルー・グドー《《ラ》》じゃ。そういう辺境の異国から来たことにする。形がこんなじゃから、年齢は15歳じゃ。わしも元に戻るまで、ここからどれほど時間が掛かるかわからんからな。折角じゃから、若いころからやり直すのも一興じゃ』
というルグドアの提案、というか一方的な設定だ。
まあ、全く自分の目の届かないところで何をやっているかわからないよりはいい。コイツがここにいる限り、世界が滅んだりはしないだろう。
それに、魔獣や魔物のことについてもいろいろと聞きたいことがある。どうやら、ルグドア自身にはこちらに対して敵対する意思はないようだしな。
それにしても「人族の伝承」のいい加減な事か。
ルグドアのこれまでの話を真に受ければ、ルグドアはむしろ人類の守護者だと言っていい。彼女の存在があったればこそ、現在の様な世界が保たれていると言っても過言ではないのだ。
それが、魔王だとか、滅ぼさねばならぬ存在だとかというように変わってしまうのはどういうことか。
『まあのう、人類とはそもそもそういうところがある存在じゃからの。わしも長く放っておきすぎたというところじゃ。適度に溢れさせ適度に収める。そういう小細工が必要なのかもしれんのう』
などと、ルグドアはたいして気にしていない様子だったが、それも数千年の時を生きるが故の余裕、年の功と言うものか。
「ルー、さん? ルグドアさんじゃなくて?」
と、リーリャさんが鋭く突っ込む。
「はい、ルー、です!」
とルーが応える。
「でも、さっき……」
「《《ル》》、《《ゥー》》、です!」
と今一度やり取りをかわす。
「そ、そうですか。分かりました。新規スタッフとしてここで働くということでいいんですね? オーナー」
「ええ、そういう事になりました。リーリャさん、よろしくご指導願います」
とエルトも再度念を押した。
「リーリャ店長、よろしくお願いします!」
とルーも再度頭を下げる。
この変貌ぶりにはさすがに戸惑うだろうが、まあ、おそらくこの設定で通しきるつもりなのだろう。
たしかに、この格好でこの態度なら、みんなにも受け入れられやすいかもしれない。年齢的にもみんなより随分と歳下になるし、「かわいい妹」キャラをやり抜く限り問題は起こらないだろう。
「――あ、そーいえば、僕は新商品開発の打ち合わせがあったんだった。また少し店を離れますね。あとは宜しくお願いします――」
そう言い残しエルトは店を出ることにした。
あそこまでお膳立てしたんだ、あとはルーが上手くやるだろう。それより、ルーの住処を探さなければならない。あの勢いなら僕の家に上がり込んでくる可能性すらある。さすがに22歳の自分と「15歳の少女」の二人暮らしというわけにもいかない。世間の目というのは火の無いところにも煙を立てたがるものだ。
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リーリャはこの少女のことをさすがに不思議に思っている。
先程までは、「マオージョのルグドアじゃ」などと言っていたし、口調も態度も明らかに変貌している。
だが、オーナーと話したあとにこの状況になったのだ。今のところはオーナーの指示に従って、「新規スタッフ」として扱う他ない。
どういう事情かはさておいて、「スタッフ」であるというのなら仕事をしてもらわねばならないわけだ。
「じゃあ、ルー、さん? 早速仕事の説明をはじめますよ。オーナーも3~4時間もすれば戻ってくるでしょうから、今日はそこまで仕事していただきます。よろしいですね?」
「はい! 大丈夫です! よろしくお願いします!」
なるほど――。
オーナーが居なくなってもこの態度は変わらないということなら、しばらくは様子を見るということでいいだろう。
リーリャはそう心に決めて、ルーに応対することにした。
「それではまず初めに、精算機でのお会計の方法を覚えていただきます――」
と、ルーを精算機の前へと連れて行き、精算機対応のレクチャーを始めた。
傍らのルーは説明と練習の間、とても興味津々に聞き入り、リーリャの指示に従って真摯に対応し真剣に取り組んでいる。数分ほどした頃にはリーリャもその真剣さを見てこの状況を受け入れようと覚悟するに至った。
なによりも、その練習中の真剣な態度と楽しそうな笑顔から、「この子」が本気でここで働く気があることが見て取れたからだ。それならばリーリャがすべきことは明らかである。
「さあ、お客様が来ましたよ? ルーさん、私が横についていますから、ゆっくりでいいのでレジ打ちやってみましょう」
「はい! がんばります!」
こうしてルグドア改め、ルー・グドーラはスタッフの一員となったのだった。