婚約破棄ってこうするんですよ?
婚約破棄――それはあまりにも愚かな行為だ。
家同士の戦略婚、貴族間の秩序、守りぬかれた伝統。それを個人のどうでもいい理由、例えば「真実の愛を見つけたから」だとか「相手が性悪だから」だなんてどうでもいい理由で断るなどあってはならない。
だからこそあえて言おう。
「私、オリビエ・ビクターはそこにいるハロルド・ガルシアとの婚約破棄を宣言する!」
パーティー会場中央で女性を口説いていたハロルドは、急に名前を呼ばれ婚約破棄を宣言されたという事実にとても驚いているようだ。
ハロルド、開いた口を閉じなさい。よだれがこぼれ落ちそうよ?ナンパされている女性の方が引いているわよ?
「そ、そんなこと許されるわけないだろう!しかもパーティー会場という公の場で宣言するとは何事だ!その発言はビクター伯爵家を貶めるものだぞ!」
的を射た言い返し。意外ね、てっきり脳みそは下半身についていると思っていたのだけど……不思議なこともあるものね。
「婚約者がいるのに、そのようなことをされては見逃すことができません」
「他の女性と交流をすることのどこがいけない!?婚約は親が決めたことだ。俺がどんなに浮気をしていようが、どんなに屑な奴だろうが、お前個人が婚約破棄をする理由にはならないぞ!」
勝ち誇ったような笑み。もはやここまで来るとすごいわね。自分が浮気をしていることを公の場で宣言するなんて。
それに確かにあなたの主張は間違っていないけど、一つだけ見落としていることがあるわ。
「私は私的な理由で婚約破棄を申し出ているわけではありません」
「じゃあどういう理由なんだよ!ビクター伯爵家の総意だって言うんだったら使者を我が家に遣わすのが礼儀だろ!それともお前の家はそんなルール知らないのか?」
好き勝手言ってくれるわね。まだ気がつかないなんて、やっぱり脳みそは下半身についているのね。良かったわ、気のせいじゃなくて。
「私的な理由でも、ましてやビクター家の総意でもありません。ただ単に犯罪者と婚約を続けることはできないのです」
「なっ……俺が犯罪者だと!?」
「まだ気が付かないのですか?今あなたが口説かれていたお方は隣国アルター帝国の第三王女、マルグリド様であらせられます」
あんぐり、という表現がふさわしい顔だ。ハロルドの表情筋は目を見張るものがある。
「マルグリド様にはアルター帝国領に婚約者様がおられます。つまりあなたの今の行動は、帝国と戦争の引き金になるかもしれない行為。つまり国家反逆罪にあたりますわね」
国家反逆罪はこの国で一番重たい罪だ。家取り潰し程度ではすまないだろう。
「そ、そんな……俺は知らなかったんだ!許してくれ、オリビエ!」
「許すも許さないもありませんよ、犯罪者さん。さあ衛兵の皆さん、あの犯罪者を連れ出してくださいな」
結局ガルシア男爵家は解体、ハロルド・ガルシアは極刑に処された。
本当に馬鹿な男だったわね。
「オリビエ様。本日も縁談が沢山来ておられるそうですよ」
私はあの後戦争の危機を救ったとして、国から褒賞をいただいた。それにより、賢い将来有望な婚約者のいない女性がいると社交場で一躍有名になってしまったらしい。
縁談申し込み書が積み上げられて山になっているのが見える。
……本当に憂鬱だ。やっぱり婚約破棄なんてするもんじゃないのかもね。