ステラは少女に言った『この世界には嘘がある』と
ステラは草原で目が覚めた。
そこで彼女は気が付く。
ステラという名前以外、何も覚えていないのだ。
正確には基礎知識的なことは覚えているのだが、自分が何者だとか、ここはどこなのかというのは覚えていない。
「まずは確認しなきゃいけないか……」
ステラはポケットに入っていた小さな鏡に気が付き、それで自分の顔を確認した。
そこには黒髪ロングの整った顔立ちの少女が映っている。
服装は革の服にブーツ、羽根つき帽子と小洒落ていた。
「うん、今日も美少女」
昨日の顔は知らないが、ついそんな言葉が出てしまう。
どの角度、どんな表情をしても崩れない絶世の美少女と客観的に見ても良いだろう。
最初に確認するのがコレなので、ステラは以前の自分がどんな人間か少し察した。
脳天気か、よっぽどの自信家か。
普通なら不安などが最初に出そうなものだ。
「さてと……」
二の次とばかりに、周囲の状況を確認する。
常人なら、まずは自分が置かれている立場が危険かどうか判断するのが先だろう。
ステラはそう思いつつも、非常に冷静に、まるで自分が神の視点でも持つかのように落ち着いていた。
「遠くに見えるのは……町、城壁、デカい城……。空を見上げれば飛んでいるのはドラゴン」
寝ぼけているのかとも思ったが、やけにハッキリとファンタジーな町並みが見えるし、ドラゴンも羽ばたき続けている。
見間違いではなさそうだ。
この光景を異常と思い、文化的にも普通ではないと感じているのだから、たぶんステラは別の世界からやってきたのだろうと推測した。
つまり――
「ここは異世界ってことかな……そして外部からのお客さんが私……か?」
とりあえず、人がいる場所――見えている町へ向かうことにした。
情報が欲しいし、ドラゴンに襲われてはたまったものではない。
***
「いや~、本当にファンタジーって感じだね~……」
ステラは現地住人っぽい服装を最初からしていたし、ポケットには冒険者ギルドカードという身分証のようなものがあった。
そのため、町にもすんなりと入ることができた。
異世界でも、ジャンル的に転移ではなく、転生や憑依という方かもしれない。
門番に歓迎されて町を歩くと、遠目から見たときの想像通りにファンタジーの雰囲気を醸し出していた。
石造りの道や建物は年代を感じさせる苔むした感じだし、人々も革のドレスを着ていたり、甲冑を鳴らしながら歩く騎士もいたりした。
一応、ステラはというと――。
「私はバードか……」
冒険者カードの職業欄に書かれていた文字を呟いた。
「バード……鳥、じゃなくて、吟遊詩人という意味のバードか」
ステラは整った顔を自虐的に歪めながら、思わず笑ってしまった。
「誰かに記録を伝えるための歌を囀る鳥が、記憶喪失だなんて高度なジョークだよねぇ」
戦士は腕力を使って仕事をするし、魔法使いは魔法を使って仕事をする。
同様に吟遊詩人は歌ってなんぼなのに、何を歌えばいいのかがわからないのだ。
世に伝わる英雄の歌? 助けを待つ囚われの姫君の歌? 知らん。なんも知らん。ステラはそういう状況だ。
「現状を調べるついでに、吟遊詩人として歌える題材も調べるか……。お仕事ができないと、先立つものも手に入らないし。いや~、世の中お金よね~」
そんな言葉をしみじみと言うステラは、記憶を失う前は金で苦労したのだろうと察することができる。
何か題材がないかなと思っていると、タイミングよく大きな声が聞こえてきた。
それも一人ではなく、群衆の声だ。
「憎たらしい奴め! こらしめてやる!」
「どうだ、この投石が俺たちの怨みだ!」
「少女のフリをせず、早く醜悪な本当の姿を現せ! 六つの目を持つ羊頭のバケモノめ!」
ステラは怒号のようなものが聞こえてきた方へ行くと、そこには人だかりができていた。
一人の少女を囲むようにしていて、罵声と石を投げつけていた。
少女は白い髪で金色の眼をしていた。
たしかに珍しい外見だが、六つの目ではないし、羊の頭をしたバケモノでもない。
ステラの美的センスで言えば、まだ幼く可愛らしい外見と言える。
その少女は縮こまって、石を投げつけられていた。
「ふーん、これは金稼ぎ……じゃなくて歌の題材になりそうだ」
ステラは少女が可哀想だという感情より、まずは自分の損得勘定を優先した。
多くの人間から、これだけ敵意を向けられて、しかも法的なものではなく、私刑で石を投げつけられているのだ。
さぞ民衆の関心を惹くモノに違いない。
それを題材に歌を作れば、吟遊詩人としては食いっぱぐれないだろう。
「そうと決まれば……おーい!! 外からドラゴンが向かってくるぞー!! 逃げろー!!」
ステラは大声で叫んだ。
もちろん、注意を逸らすための大嘘である。気分は狼少年だ。
だが、それに対して住人たちの反応は意外なモノだった。
「ドラゴンが襲ってくるはずないだろ」
「あはは、笑わせるなよ」
「若者の間で流行っているジョークか?」
ステラは『おやおや?』と思ったが、今は行動するのが先だ。
思っていた反応とは違ったが、注意は引けた。
その隙に石を投げられていた少女の手を取って、素早く路地裏へ入って逃げることに成功した。
かなり走って安全を確保したあと、息を整える少女に対して、疲れ一つ見せないステラは問い掛けた。
「で、キミは誰?」
「はぁはぁ……えっ? 知らないのに助けてくれたんですか?」
「うん、知らない。面白そうだと思ったから助けた」
「お、面白そうだから……」
少女は綺麗な金色の眼を、まん丸に見開いて驚いている。
ステラとしては、まだ『金になりそうだから』とは言っていないので、今の段階で驚かれても心外だった。
「そういうお姉さんは何者なんですか……?」
「お姉さんはね、ステラっていうの。そう、名前はステラ! ……それ以外、記憶喪失でなーんもわかんない!」
ステラは半笑いで言った。
少女はポカンとした表情で、口を開けっぱなしにしてしまっている。
ステラとしては、さすがに初対面の印象が悪すぎるか? と多少の焦りを感じて、少しだけ弁解することにした。
「あ~、でも無職ではないらしいから! ほら、持ってた冒険者カードに吟遊詩人って書いてあるし! って、そうだった。そのために面白い話を飯の種にしたくて、何か騒いでたあなたに話を聞きたくなったってわけ」
「記憶喪失なのに、とてもアグレッシブですね……」
「きっと以前からこういう性格だったんじゃないの?」
「下手したら、吾輩を助けたことによってステラお姉さんまで危険に……」
ステラはそれを聞いて噴き出してしまった。
「あはは! 吾輩!? そんな吾輩なんて自分のことを呼ぶ女の子は初めて見たよ! それにステラお姉さんって呼ばれるのも初めてだ!」
「記憶喪失なので大体のことは初めてなのでは……。いや、そこじゃなくて、危険だっていうのをですね……」
「どうやら、私は危険は恐れないタチだったようだ。むしろ、このネタになりそうなものを、キミの方から聞きたいと思うくらいだからね」
「えっと……?」
「だって、話を聞きたいだけなら、大勢の方に付いた方が安全だし楽じゃないか」
「たしかに……そうですね……。では、なぜステラさんは吾輩に? 憐れに、可哀想に見えたからですか……?」
ステラはニコッと笑った。
「その他大勢の薄い意見より、それを一身に受けるキミの方が濃い歌を作れそうだからさ」
「そ、そういうものなんですか?」
「さぁね、記憶喪失だから知らない。直感だよ、直感。そこかしこから嘘の臭いがするから、それを重視しなきゃね」
「嘘の臭いですか……?」
「まぁ、それはどうでもいいじゃないか。キミの話を聞かせてよ。まだ名前すら聞いていないし」
「あ、助けてくれた方に対して失礼でしたね。吾輩の名前はファイ、魔王です」
「魔王?」
***
話が長くなりそうなので、ファイの家――つまり魔王城へ案内された。
魔王城は町の近くにあり、規模は大きいがボロボロで、ファイの他に誰もいなかった。
「お水以外出せなくてすみません……」
「あ、お構いなく」
使い古されたボロボロのテーブルの上には、ひび割れたコップに入っている水が乗せられていた。
あまりにも貧しい。
「で、ファイは本当に魔王なの?」
もしかしたら、ただの頭のおかしい貧民が、自分を魔王だと思い込んでいる可能性もある。
「はい、吾輩は魔王です。町の人たちから石を投げられていたのが証拠です」
「たしかに……。『憎たらしい奴』とか『俺たちの怨みだ』とか言われてたねぇ」
「吾輩はいつかバケモノになって、人々を襲うらしいです」
それを聞いたステラは、ニンマリとした表情を見せた。
「『醜悪な本当の姿を現せ! 六つの目を持つ羊頭のバケモノめ!』って言われてたアレは、私は嘘だって確信が持てるなぁ」
「それも直感ですか?」
ステラは返事をせず、水をゴクリと飲んだ。
少し濁っていて、しょっぱい。
「これ、お腹壊さない?」
「す、すみません。町の綺麗なお水の方がいいですよね……」
「町の方は綺麗なんだ……」
「あそこは美味しい食べ物もありますし……」
「あ、でも大丈夫。私は胃袋がないからお腹は壊さないから!」
「気を遣わせる嘘を言わせて、すみません……」
「あはは、私は嘘を吐かないよ~。きっと異世界からやってきた存在だし、ファイよりもずっとお姉さんなんだ」
「ステラお姉さんは、きっとすごくテキトーな人間だったと思います……」
「それは半分しか否定できないね」
ステラは珍しく核心を突かれたような表情をしたあとに、すぐにいつもの雰囲気に戻った。
「さて、少し調べたいことができた。まだ話も聞きたいし、ちょっと付き合ってくれない?」
「で、でも……いつものパターンだと、夜には町の人間たちが城へやってきて石を投げつけて……」
「それまでには終わらせるよ。全部、ね」
もう巻き込みたくないというファイに対して、ステラは何でもないという笑顔を見せていた。
***
「さて、さてさて……」
魔王城から移動した二人は、この国の端にやって来ていた。
この国は小さく、険しい岩山によって囲まれ、天然の要塞のようになっていた。
ステラが見上げている断崖絶壁がそれだ。
右を見ても、左を見てもずっと続いている。
「これは登っていくのは無理そうだ」
「はい、産まれてから一度も国の外へは行ったことがありません」
「一度も? それは勿体ない。でも、さすがに国が完全に封鎖されているとも考えられない」
「一ヶ所だけ、国外へ出られる関所があります。ここから近いですが、そこも行きますか?」
「もちろん、案内してくれ」
ファイの横を歩きながら、ステラは天を見上げてみた。
相変わらずドラゴンが空を飛んでいるが、観察を続けていると気が付いた点がある。
それは一定の高度を保って飛び続けていることだ。
ドラゴンという生物のスペックは知らないが、ひたすらに同じ高度を飛び続けていて何か意味があるのだろうか?
「もしくは……降りられない?」
「どうかしましたか?」
「いや、ファイはドラゴンを間近で見たことがある?」
「ないですね。空を飛んでいるところしか見たことがありません」
「魔王が石を投げられているのに、ドラゴンは我関せず、か。とても薄情者だ。他にも手下のモンスターとかはいないの?」
「わかりません。町の人たちが倒したとか、そういう話は時折聞きますが……」
「ふーん、なるほどねぇ……」
ステラは点と点を繋げる何かが見えてきた気がした。
そうしている内に、一ヶ所だけ国外へ出られるという関所へ到着した。
険しい谷の隙間にあるそれは、道を塞ぐように高い石造りの壁、太い鉄格子の門、丸太を束ねた塀で構成されていて、いかにもファンタジーという雰囲気だ。
ただ、そんな大仰な関所にもかかわらず、外からは人が見えない。
外の国との物流なども考えたら、普通は行列ができるくらいに賑わっているはずだ。
「ファイ、ここはいつもこんな感じ?」
「はい、普通だと思いますが……」
ここで育ったファイには、これが普通なのだろう。
しかし、ステラとしては嘘の臭いを感じる。
「呼べば中の兵士さんが出てきてくれると思いますよ」
「んー、手を患わせてはいけないから、私から出向こう。ファイはちょっと待ってて」
そういうとステラは歩き方を変えた。
気配を消す、忍び足だ。
どうやらこれも身体に染みついたものらしい。
兵士が待機する部屋のような場所があり、窓から覗き込むことができた。
そこでは兵士が寝転がって、新聞を読みながら何かを食べていた。
(新聞……自体は、まぁ紙さえあればどの世界でも流通するか)
ステラが注目したのはその内容だ。
大きな見出しとして見えたのが、発覚した宗教団体の集団移住というものだ。
それに兵士が食べている物――銀色の包み紙、正確な長方形をしたクッキーバーは、何か見慣れすぎている気がしたのだ。
それが何だったのか考える内に、記憶を手繰り寄せてしまう。
(思い出した)
自分の記憶が戻ってしまったのだ。
まだ記憶を失っていた方が楽しかったのかもしれない、というのは少し複雑だ。
溜め息を吐きながら、ファイの元へ戻る。
「どうでしたか、ステラお姉さん」
ステラは少女に言った。
「この世界には嘘がある」
***
――時刻は夜、魔王城。
その周囲に町の住人が集まってきていた。
その表情は怒り、愉悦、無表情と様々だが、共通点としてあるのは悪意だ。
「出てこい魔王!」
「逃げ出した分も思い知らせてやる!」
叫ぶ町の住人、それに対して冷ややかな美声が投げかけられた。
「魔王へ向けられる正義、ってところかな?」
「な、何者だ、お前は!!」
「君たちに名乗る名前なんてないけど、肩書きは墓掘りってことにしておこうかな」
町の住人たちの前に出てきたのは、魔王であるファイではなく、見下すような飄々とした表情のステラだった。
その後ろには震えるファイがピッタリとくっついて、隠れるようにいた。
町の住人たちはしびれを切らせる。
「おい、誰か知らないが魔王を早く差し出せ!!」
「ああ、いいとも。ただし条件がある」
「条件……だと?」
「魔王を――ファイをちゃんと、確実に殺せ」
「なっ!?」
「ステラお姉さん……?」
その答えは町の住人だけでなく、ファイですら予想外だったようだ。
ステラは目を見開き、悪魔のような笑顔を見せながら、固まっているファイを前に突き出した。
「さぁ、この子が魔王なんだから害していたんだろう? それなら最終目標は魔王の死のはずだ」
町の住人達はたじろいでしまう。
「い、いや……そこまでしなくても……」
「ほう、なぜだ? 殺したくないのか? それならなぜ、石を投げつけていた? 殺すのならもっと確実な方法がいくらでもあるだろう」
ステラはいつの間にか手に持っていたロングソードを高く掲げた。
月を背に刀身はギラリと輝き、狂気を感じさせる。
それを勢いよく振り下ろした。
「や、やめっ――」
「なんてね」
ピタッと、ファイの肩ギリギリで止まる剣。
ステラが剣を真上に放り投げると、そのままポンッと煙となって消えてしまった。
「手品師か……ふざけやがって……」
「手品師? 君たち風に言えば魔法使いとかじゃないかい? もっとも、そんな者は実在しないだろうけどね」
いかにもファンタジーの魔法使いっぽいローブを着た町の住人の方をチラリと見ると、かなりうろたえていた。
「さぁ、そろそろ嘘をディナーとしていただくことにしよう」
「う、嘘なんて何も……」
「ほう、それならなぜファイを殺さない? 矮小な人間らしく、自分の手を汚すのが嫌だとしても、私が殺すのすら止めようとしただろう」
「そ、それは……」
「真実――それは殺してしまっては、この世界が成り立たないからだ」
町の住人たちは目を逸らしたり、歯がみしたりしているが、たぶん唯一真実を知らないファイがキョトンとしていた。
「ステラお姉さん、それはどういうことなんですか……?」
戸惑う少女に対して、ステラは哀れむように優しく頬を撫でながら言った。
「ファイ、キミはこの世界に必要で、しかし魔王として虐げられ続けるお人形で居続けなければならなかった、ということさ」
「え?」
突然の真実を伝えられて気が動転してしまうファイだったが、ステラの手の温かさを感じて、何とか泣き叫びそうになるのを抑えられていた。
ステラは少女の頭を褒めるように撫でてから――一転して刃のように冷たく鋭い視線を町の住人たちに向けた。
「その真実を明らかにするために、まずは町の住人たちの仮面を剥がそうじゃないか――ねぇ、集団移住した宗教団体の諸君?」
その場の空気が固まった。
町の住人は『し、知らない』と言う者や『こんなの続くはずなかったんだ……』という者で二分された。
まだファイはわかっていない様子だ。
「え? どういうこと……? 集団移住した宗教団体……?」
「順を追って話そうか。まず、私はある組織に所属していて、依頼を受けた存在なんだ。その依頼というのは『十数年前に誘拐されて行方不明だった赤子が、集団移住した宗教団体の元にいるから救助してほしい』とね」
「行方不明だった赤子……? もしかして……」
「ファイ、キミのことだ」
「どうして……なんで……」
混乱してオロオロしているファイを、ステラは頭を撫でて落ち着かせてあげた。
「キミが悪いわけじゃない。ただ彼らは――限られた小さな世界で生きて行くため、カーストの一番下を用意して世界の運用をスムーズにしようとしただけさ。現代の生贄、とても反吐が出る」
「現代の……生贄……?」
「――さて、話を戻そう。組織の協力で身分を偽装していた私は、華麗に町に潜入して、ファイとも接触したというわけさ」
実は偶然にファイと接触できたのだが、それは言わないでおいた。
別に嘘は言っていない。
「そのときにおかしいと思ったんだ。魔王というのは大体がモンスターを従える存在で、外にはドラゴンが飛び回っている。普通は報復を恐れる。それなのに、魔王に石を投げる人間たち。ドラゴンがこないと確信しているようにね」
「そ、それは……」
「まだ不思議な点があった。この国はとても小さいのに、国外への関所が全然賑わっていないんだ。それなりの水準の町なのに、大規模な農耕も見当たらなかったし、国外との貿易をしているわけでもない。それどころか冒険者はいるのにモンスターすら襲ってこない世界だ」
ステラは人差し指と人差し指を突き出し、それをくっつけた。
「点と点を繋げると、答えが見てくる。本当はモンスターなんていないし――」
「えっ!? ステラお姉さん……それって……」
「それどころか外に国なんてないんだよ」
「外に……国がない……? それじゃあ、ここはいったい……」
「移住した宗教団体によって作られた架空の国さ」
ステラはパチンと指を鳴らして、これを通信で聞いているオペレーターへ合図を送った。
――すると、世界の姿が豹変した。
空が開き、暗黒の世界と光り輝く星々が映し出される。
「え? なにこれ……?」
「宇宙空間に浮かぶ寂しき鉄の国――コロニーさ」
ファイはファンタジーの架空世界で育ち、ファンタジーの架空世界の常識しかなかったので、宇宙コロニーというものを理解できなかった。
ただ世界の広さに畏れを覚えるだけだった。
そんな少女がいることに対して、ステラは激しい嫌悪感を覚えた。
一方、町の住人――宗教団体のメンバーたちは白日の下にさらされてしまったために、もはや開き直っていた。
「く、クソ……俺たちの理想の国を壊しやがって……」
「探偵気取りが……生かして返すと思うのか……」
「俺たちは正義だ……」
「我が転生教分派の戒律で、信者以外は悪魔の手下である……つまり、お前たちには何をしていもいことになっている……」
「……すべてを知ってしまったお前たちデモンを浄化し、代わりにまた赤子を攫ってくれば元通りだ……」
そんな宗教団体のメンバーたちを見ても、ステラは余裕を持っていた。
「馬鹿が。嘘というのは知恵あるものを騙してこそだ。産まれたばかりの無知なるものを嘘で包んでも、何も面白くない。不快だ」
「うるせぇ! 死んでもらうぜ!!」
「ほう?」
遠くにある関所の門が開き、そこから巨大な人型兵器がのっしのっしと歩いてきた。
どうやら向こう側はコロニーの食糧プラントや、格納庫でもあったようだ。
「ドラゴンは使わないのか? と思ったが、アレはハリボテだったな。立体映像か何かか? まぁ、小娘二人を殺すために自らの手を汚すこともできず、人殺しの感触を恐れて無粋な鉄鎧を使う時点で評価するに値しない」
「へへ……強がるのもそこまでだ……。コイツはライゼンデ社の最新機体レーゲンだ。レーザーブレードで消し炭になりなぁ!!」
人型兵器レーゲンはブーストによって驚くべき機動性を見せ、すぐにステラを攻撃の間合いに捕らえていた。
レーザーブレードを取り出し、その輝く刃を振り下ろす。
周囲が超高熱でゆがみ、それに触れれば人体など蒸発してしまうだろう。
ファイはもうダメだと思い、その場で動けなくなっていた。
ステラは――
「温い」
ただ右手を上にして、指先でレーザーブレードを受け止めていた。
「なにぃ!?」
「す、ステラお姉さん……!?」
周囲は驚いていた。
人間がレーザーブレードの高熱に耐えられるはずがないからだ。
そう――人間ならば。
「ああ、そうだ。最後に一つ嘘を指摘しておこう。キミたちが言う魔王――醜悪な姿をした、六つの目を持つ羊頭のバケモノ。これはファイではないよ、断言できる」
「な、何を突然言い出して……」
「だって、それは私だ」
突然、周囲の灯りが一斉に消えた。
レーザーブレードの刃も消失し、空を飛んでいたホログラフのドラゴンもいなくなる。
うろたえる〝人間〟たち。
浮かび上がる闇、ステラの姿が豹変した。
赤黒く輝く六つの瞳、禍々しく伸びる羊の角、顔は人間ではなく野獣だ。
それが身綺麗に黒いスーツを着こなしている。
異様だった、闇の中で光のないスポットライトを悪魔が浴びているような光景。
「あ、悪魔……」
「そんな……実在したのか……。悪魔の特徴を持つ希少種族……デモン……」
ステラだった存在は、両手を広げながら嗤った。
「キミたちはもっと完璧な、理想的なロールプレイを与えてあげよう」
六つの赤い眼が怪しく輝く。
「ひっ!?」
「それは現実では成し得ない、夢の世界だよ」
周囲の人間――巨大兵器レーゲンすらバタバタと倒れていく。
辺りは恐ろしい程の無音に抱擁されていた。
唯一無事だったファイが恐る恐る質問する。
「こ、殺してしまったんですか?」
「まさか、それは私の美学に反する」
彼らは確かに息をしていて、生きているようだ。
何やらうわごとを言っている。
「うへへ……俺は最強の魔法使い……敵はいない……」
「僕は最強の剣士……敵はいない……」
「わたしは最強の……」
いつの間にか周囲は明るくなり、ステラの姿も人間に元に戻っていた。
「理想のファンタジー世界の主人公が何人もいると成り立たないからね。各自、自分の夢の中で主人公になってもらうことにしたよ」
「そ、そうなんですか……」
「さて、後始末は好きじゃない。帰ろうか」
「か、帰る……? どこへ?」
「こんなところよりもずっと広い外の世界さ、ファイのお母さんも待っているよ」
そのとき、ステラの鼓膜に付着しているナノマシンから通信が入った。
『こちらイクサ傭兵団。ステラ、迎えに来たぞ』
「おっと、団長自らやってきたようだ」
コロニーの外には巨大な赤い宇宙戦艦が見えていた。
「す、ステラお姉さん……外の世界も……こんな風に嘘がいっぱいなんですか……?」
怯えるファイ。
ステラは少女に言った。
「この世界には嘘がある。――けど、それが楽しいんじゃないか」
小さな手を取り、外の世界へ歩き出した。