第34話 元ヤン青年の事情
茨城といえばヤンキー!
ということで、小椋くん視点のお話です。
その連絡が入ったのは、仕事を終えて帰り支度をしていた時だった。
「それ、ほんとか?」
スマホを耳に当てていた先輩が、ちょっと待てと俺へ目配せする。
下っ端である俺が先輩の言うことを無視できるはずもなく、渋々その場に留まった。
(今日は一緒に帰る約束をしているから、早く帰りたいんだけどな)
壁に掛かった時計の針が気になって仕方がない。
あかねの退勤時間が迫っている。
近くのコンビニでアルバイトをしているあかねと退勤時間が被るのは、珍しいことだった。
せっかくの機会をふいにしたくはない。
それなのに先輩は、深刻な話をしているらしく険しい表情をしていた。
「――――わかった。伝えとく。わざわざ連絡してくれてありがとうな。今度、小椋に奢らせるわ」
ようやく通話を終えた先輩は、スマホをポケットに突っ込んだ。
あかねの退勤時間まで残り数分。走って行っても間に合わない。
俺は手早く「遅れる」とあかねに連絡を入れた。
「小椋、ちょっと来い」
先輩はやれやれと肩を竦めながら、俺を呼び寄せた。
先輩の影響でヤンキーになった俺は、いくつになっても彼に逆らえない。
今の仕事を紹介してくれた恩もあって、なおさらである。
とはいえ、あかねを待たせることになった原因だ。
少しばかりの抵抗はしたい。
「俺に奢らせるって……勝手に約束しないでくださいよ、先輩」
「うるせぇ。うちは来月子どもが生まれるんだよ」
学生時代は悪名を轟かせていた先輩だが、結婚を機にヤンキーを卒業した。
子どもが生まれてからは見た目も性格もすっかり円くなり、今やどこにでもいるようなオジサンになりつつある。
俺もいつか結婚したら、落ち着くのだろうか。
(結婚するならあかねがいい。くるみさんは反対するだろうけど……)
手本となるべき両親は、仕事ばかりで家庭を顧みない。
俺を育ててくれたのは、ベビーシッターと家政婦だと言っても過言ではなかった。
(俺も家に居着かなくなったし、離婚秒読みって感じなんだよな)
あかねの家族とは正反対だ。
彼女の家族はあたたかくて、家庭崩壊とは無縁。
くるみさんは俺を嫌っているようだけれど、俺を受け入れてくれたあかねやご両親のためにも、良好な関係を築きたいと思っている。
(思っている矢先にしくじったんだけどな……)
痛恨の一撃とも言える出来事を思い出して、胸が痛む。
ヤンキーだった時は大勢の人を悲しませたというのに、この程度で傷つく自分に笑ってしまう。
「三人目も女の子なんでしたっけ? ハーレムっぽくて羨ましいっす」
「そうだろう、そうだろう……って、ちげぇよ!」
「急に怒鳴らないでくださいよ」
「大変なんだよ、おまえのねーちゃんが!」
「ねーちゃん? 俺に姉はいませんよ。一人っ子ですから」
「おまえの彼女のねーちゃん! 米川くるみだ!」
「先輩、既婚者なんだから気をつけないとダメですよ。奥さんに聞かれたら、あらぬ勘違いをする可能性も……」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇよ。厄介なことになっているかもしれねぇんだから」
そんな場合ではないと言いつつも、声を抑える先輩。
こういう素直さが奥さんは好きなんだろうな。
かくいう俺も、嫌いではない。
リスペクト――まではいかないが、見習いたいとは思っている。
「先輩、くるみさんのこと知ってましたっけ?」
「近所に住んでんだ、知らないわけねぇだろ」
田舎の恐るべきところはこういうところだ。
人類みな兄弟みたいな感覚は、ちょっとゾッとする。
「それよりも。くるみちゃん、ヤバいやつに目をつけられたみたいだぞ」
「くるみさんが? まさか!」
心臓がドクンと跳ねた。
くるみさんは、俺みたいな人間を軽蔑しているかもしれない。
けれど、あかねのたった一人の姉ちゃんで――自分でもおこがましいとは思うが、俺はもう、くるみさんのことも家族のように思っているのだ。
(そんな人が、俺がいたようなドロドロした世界に引きずり込まれるなんて、冗談じゃねぇ)
真面目が服を着て歩いているような人だ。
ヤバいやつに目をつけられる機会なんてあるはずがない。
(でも少し前から、出かける頻度が増えたよな……?)
あかねは「おねーちゃん、習い事を始めたっぽい」と言っていたけれど、本当なのか?
習い事はフェイクで、本当は厄介なことに巻き込まれているのでは?
俺には優しくないけれど、くるみさんは優しい人だ。
困っている人を見捨てられない、お姉ちゃん気質。
文句を言いながらも、助けの手を差し伸べてしまうお人よし。
先生に頼まれて、ヤンキーの面倒を見ていたこともある。
「くるみちゃんの世話になったってやつがわざわざ俺に連絡してきたんだ。優等生だったくるみちゃんが男と手をつないで歩いてたってだけでも驚きなのに、その男が堅気とは思えないような悪人顔だったってな」
「彼氏……なわけないか」
先輩に連絡がきたということは、その可能性が限りなく低いということだ。
誰の目にも明らかなくらい、異様な光景だったということ。
その時、ブルリとスマホが震えた。
反射的に画面を見た俺の目に飛び込んできたのは、あかねからのメッセージ。
――おねーちゃんの引っ越し、来週の土曜日に決まったって。急すぎて寂しいよ……。




