第33話 ヴィンテージとアンティーク
山姥さんの依頼を終えてホッとしたのもつかの間。
わたしの周りはにわかに慌ただしくなった。
特に、宇賀野さんと埴安さん。
わたしが山姥さんに誘拐されたせいで、二人は危機意識を抱いたらしい。
「繕い手がいない生活が長くて、すっかり感覚が鈍っていましたわ」
「長かったもんなぁ。今や繕い手は希少な存在だ。これまで以上に気をつけねぇと危険だろうな」
「そうですわね。狐白くんには悪いけれど、護衛を増やす必要があるでしょう」
「引っ越す話はどうなった? できるだけ早く宇賀野の領域に入った方が安全だと思うが」
「もう少し家具を吟味したかったのですが、仕方ありませんわね。できるだけ早く引っ越してこられるように手配しますわ」
そういうわけで、今日は確認のため引っ越し予定の貸家に向かっているところだ。
拗ね顔の狐白の気持ちは分からないでもなく、彼のリクエストで最寄り駅から家まで手をつないで歩いた。
「今回は特別だからね?」
「分かっています。僕だけの特権ですね……ふふ」
分かっているのだか、いないのだか。
どう見たって悪巧み顔だけれど、機嫌は直ったので良しとしよう。
任された仕事を実力不足で取り上げられる悔しさは、分かるつもりだ。
フォローしてくれる先輩への申し訳なさとふがいない自分への憤り。
負けず嫌いなわたしは必要以上に頑張りすぎてしまうから、少しだけ甘やかしてくれる存在は心強い。
わたしにとっての狐白がそうであるように、狐白にとってわたしがそうであれば嬉しいと思う。
「いらっしゃい。さぁ、中へ入ってちょうだい」
出迎えてくれた宇賀野さんの後に続いて家の中に入る。
ひと月ぶりに入った家の中は、すっかり様変わりしていた。
「わ、すごい。おしゃれ……」
「すぐにでも住めそうですね」
どの部屋にもすてきな家具が配置されている。
飽きのこないナチュラルな雰囲気で統一されているからか、違和感なくしっくりと溶け込んでいた。
「狐白くんに配慮して、家具はヴィンテージ物で統一してみたのよ。どうかしら?」
「……狐白、ヴィンテージって?」
「アメリカの関税法によれば、製造されてから百年未満の古くて価値があるものがヴィンテージ、百年以上経過している価値があるものはアンティークだそうです」
「つまり、狐白はアンティーク?」
「くるみがそう思うのであれば」
意地悪な言い方だけど、その目は揺れている。
わたしはそれを見てはじめて、狐白の不安に気がついた。
「じゃあ、狐白はアンティークだ」
わたしの言葉に、狐白がさらに困ったように眉を下げた。
そんなに不安そうな顔をしないでほしい。
「百年どころか、もっともっと長い時間をかけてわたしのところへ来てくれたんだもん。価値がないわけないじゃない。……ね?」
つないでいた手に少しだけ力を込めると、狐白は驚いたように目を見開き、それから泣き出しそうなほど幸せそうに笑った。
「……はい。くるみにそう言っていただけるのが、僕にとって最大の価値です」
幸せそうに目を細める彼を見て、わたしは改めて思った。
狐白の本音はこうだろう。
――米川くるみにとって、狐白は価値があるものなのか。
わたしは過信していたのかもしれない。
狐白ならば言わなくても分かっていると。
子どもの頃から何でも話してきたから、言わなくても通じることはある。
だけど、それはすべてではなくて。
(言わないと伝わらないことってあるよね)
それはたぶん、家族にも言えることで。
もちろん、小椋くんに対しても同じことが言えるわけで。
すっかり整った新居を見回して、わたしはひそかに決意した。
(逃げるのはやめよう。顔を合わせる機会がなくなる前に、小椋くんと話をするべきだ)




