第32話 ヴィンテージとアンティーク
山姥さんの依頼を終えてホッとしたのもつかの間。
わたしの周りはにわかに慌ただしくなった。
特に、宇賀野さんと埴安さん。
わたしが山姥さんに誘拐されたせいで、二人は危機意識を抱いたらしい。
「繕い手がいない生活が長くて、すっかり感覚が鈍っていましたわ」
「長かったもんなぁ。今や繕い手は希少な存在だ。これまで以上に気をつけねぇと危険だろうな」
「そうですわね。狐白くんには悪いけれど、護衛を増やす必要があるでしょう」
「引っ越す話はどうなった? できるだけ早く宇賀野の領域に入った方が安全だと思うが」
「もう少し家具を吟味したかったのですが、仕方ありませんわね。できるだけ早く引っ越してこられるように手配しますわ」
そういうわけで、今日は確認のため引っ越し予定の貸家に向かっているところだ。
拗ね顔の狐白の気持ちは分からないでもなく、彼のリクエストで最寄り駅から家まで手をつないで歩いた。
「今回は特別だからね?」
「分かっています。僕だけの特権ですね……ふふ」
分かっているのだか、いないのだか。
どう見たって悪巧み顔だけれど、機嫌は直ったので良しとしよう。
任された仕事を実力不足で取り上げられる悔しさは、分かるつもりだ。
フォローしてくれる先輩への申し訳なさとふがいない自分への憤り。
負けず嫌いなわたしは必要以上に頑張りすぎてしまうから、少しだけ甘やかしてくれる存在は心強い。
わたしにとっての狐白がそうであるように、狐白にとってわたしがそうであれば嬉しいと思う。
「いらっしゃい。さぁ、中へ入ってちょうだい」
出迎えてくれた宇賀野さんの後に続いて家の中に入る。
ひと月ぶりに入った家の中は、すっかり様変わりしていた。
「わ、すごい。おしゃれ……」
「すぐにでも住めそうですね」
どの部屋にも素敵な家具が配置されている。
飽きのこないナチュラルな雰囲気で統一されているからか、違和感なくしっくりと溶け込んでいた。
「狐白くんに配慮して、家具はヴィンテージ物で統一してみたのよ。どうかしら?」
「……狐白、ヴィンテージって?」
「アメリカの関税法によれば、製造されてから百年未満の古くて価値があるものがヴィンテージ、百年以上経過している価値があるものはアンティークだそうです」
「つまり、狐白はアンティーク?」
「くるみがそう思うのであれば」
意地悪な言い方だけど、その目は揺れている。
わたしはそれを見てはじめて、狐白の不安に気がついた。
「じゃあ、狐白はアンティークだ」
答えながら、わたしは思案する。
狐白の本音はこうだろう。
――米川くるみにとって、狐白は価値があるものなのか。
わたしは過信していたのかもしれない。
狐白ならば言わなくても分かっていると。
子どもの頃から何でも話してきたから、言わなくても通じることはある。
だけど、それはすべてではなくて。
(言わないと伝わらないことってあるよね)
それはたぶん、家族にも言えることで。
もちろん、小椋くんに対しても同じことが言えるわけで。
すっかり整った新居を見回して、わたしは密かに決意した。
(逃げるのはやめよう。顔を合わせる機会がなくなる前に、小椋くんと話をするべきだ)