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あやかし金継ぎ工房 ~つくも神、繕います~  作者: 森 湖春
二章 ティーボウルを繕う
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第21話 金粉の作り方

 雑貨屋グランでは、生活雑貨と家具を取り扱っている。

 駅から少し離れた場所にあるから平日はそれほど忙しくはないけれど、週末ともなればカップルや家族連れでにぎわう。

 

 わたしは、接客が好きだ。

 お客さまの話を聴いて、そのニーズに合ったものを紹介する。


 わたしの説明でお客さまが納得して、決して安くはないものを嬉しそうに購入してくれた時。

 その瞬間、わたしは嬉しい気持ちになる。

 

 週末に訪れるお客さまは、案内を求めてくれる人が多い。

 わたしにとっては、やりがいのある時間帯というわけだ。

 

 だから、週末に働くことは苦ではない。

 むしろ、平日のみんなが働く時間に休めるなんてご褒美では?と思っている。

 

 とはいえ、グランのスタッフはそう思わないみたい。

 みんなが休めるように孤軍奮闘(?)していると思われたみたいで、今日は日曜日だというのに休みを取らされた。


「相談したいことがありますし、ちょうど良かったではありませんか」

 

「そうなんだけど……。なんか、落ち着かないんだよねぇ」

 

 日曜日の門前通りは、平日以上に車通りが少ない。

 代わりに、参拝客らしき人が通りの端をわらわらと歩いている。


 神社へ向かう人々を横目に、わたしと狐白(こはく)は脇道へ入った。

 いつも通りにいくつかの角を曲がって、工房へ向かう。


 一日ぶりの工房は、おとといとなにも変わっていなかった。

 勝手知ったる工房のミニキッチンで、さっそくお茶の準備を始める。

 

「お嬢さん。今日は日曜なのに休みなんだな」

 

 作業がひと段落したのか、埴安(はにやす)さんがひょいと顔を上げる。

 

「そうなんですよ。たまには日曜日も休めって言われてしまいまして」

 

「今日の差し入れは?」

 

「揚げパンです」

 

 さとう、きな粉、ココア、シナモンの四種類あったので、一つずつ買ってある。

 先に選んでもらおうとお皿に出したところで、宇賀野(うかの)さんがひょっこり現れた。

 

「せっかくだから四種類全部食べてみたいわ。駄目かしら?」

 

「四種類あんの? 俺も全部食べたい」

 

「ふふ。じゃあ四等分してからお皿に盛りますね」

 

 宇賀野さんの提案で、全種類食べられるように四等分してからお皿に盛り付ける。

 

 注文を受けてからコッペパンを揚げてくれるので、まだあたたかい。

 一口食べると、揚げパン特有の食感と風味、そしてまぶした粉の甘さが口いっぱいに広がった。

 

 記憶にある給食のそれよりも、上品な味になっているような気がする。

 給食の揚げパンも好きだけれど、これも好き。

 

 豪快にかぶりついた埴安さんは口の周りをきな粉まみれにしながら、「それで?」と言った。

 言わずもがな、マスターのことだろう。

 わたしはジンジャーエールで口をさっぱりさせてから答えた。

 

「やっぱりマスターも不安だったみたいです。写真を見せたら、すごく愛おしそうな目で眺めていました」

 

「そっかそっか、そりゃあ良かった。あと数日もすればくっついて、研ぎの作業に入れるはずだ」

 

「そうですか。あの、お聞きしたいことがあるんですけど……」

 

「なんだ? 改まって」

 

「粉蒔きで使う金粉なんですけど、アクセサリーから作ることって可能ですか? 例えば、金の指輪を削ってとか」

 

 わたしの質問に、埴安さんと宇賀野さんは顔を見合わせた。

 

「例えばと言うわりに具体的ですわね?」

 

「はは。実は、マスターから結婚指輪を金継ぎに使えないかと提案されまして」

 

「あら、もしかして奥さまの? 納棺の時にアクセサリーは入れられませんものね」

 

「いえ、奥さまではなくマスターのものだそうです」

 

「まぁ。二人の愛の結晶ということね!」

 

 ロマンチック!と頬を緩ませている宇賀野さんに、埴安さんが引いている。

 迂闊(うかつ)なことを言えばデコピンをされるとようやく学んだのか、余計なことを言う前に揚げパンを口に詰め込んでいた。


「そもそも、金粉ってどうやって作るものなんでしょう?」


「昔は、金塊や砂金からヤスリで削って作ってた。室町時代以降に金粉製造の専門職、金粉屋ができて……つっても、今は金沢と東京に二軒あるだけだったか」

 

「そうね。それぞれ、金沢粉、東京粉と呼ばれているわ」

 

「なるほど。じゃあ、できなくもないってことでしょうか……」


 わたしは腕を組んでうなった。

 

 さて、どうしたものか。

 わたしの直感が正しければ、指輪を削って金粉にし、それを()くのが正解だ。

 

 けれど、大切な結婚指輪をヤスリで削って、万が一失敗でもしたら……。

 その可能性を思うと、ホイホイ引き受けることはできない。


 諦めるべきなのだろうか。

 そう思った時だった。

 

「あの、埴安様のごきょうだいを頼るのはいかがでしょうか」

 

 狐白の一言に、埴安さんと宇賀野さんがポンと手を打つ。

 なるほど、その手があったか!と言うように。

 けれど、すぐに渋い顔になった。

 

「あー……あいつかー……」

 

「あの方ですか……」

 

 グズグズと作業台に突っ伏す埴安さん。

 いつもだったら宇賀野さんから注意されるところだけれど、それもない。

 

「しかし、彼ならば金属にくわしいでしょうし、力になってくれそうですわね。少し……いえだいぶ、面倒くさい方ですけれど」

 

「俺、あいつ苦手なんだよなー。いっつもギラギラしてるし」

 

「わたくしもです。でも、くるみさんのためですわ。二人で頑張ってお願いしましょう」


「うへぇ……。だが、お嬢さんのためだ。仕方ない」

 

 なんだかよく分からないけれど、二人は覚悟を決めたみたい。

 わたしのために。


「あの……埴安さんのごきょうだいって?」

 

「カナヤマ……」

 

金山(かなやま)さんっておっしゃるんですね」

 

「あー……うん、そんなとこ」

 

 答える埴安さんの声はぎこちない。

 なんというか、一刻も早くこの話題を終わらせたがっているみたいだ。

 

 きょうだいなのに違う名字ってことは、金山さんは結婚しているのだろう。

 兄か姉か弟か妹か分からないけれど、埴安さんはその結婚に思うところがあるのかもしれない。

 

「その金山さんは金属にくわしくて、指輪から金粉を作る手伝いをしてくれそうってことですか?」


「そういうこと。とりあえずこの件は俺と宇賀野に任せてくれ。粉蒔きに間に合うように用意させるから」

 

「いいんですか? わたしが言い出したことなんだから、わたしがお願いしに行くのが筋だと思うんですけど……」

 

 わたしの言葉を聞いた埴安さんと宇賀野さんは、即座に「とんでもない!」と首を横に振った。

 

「いや、行かなくていい。お嬢さんは研ぎと中塗りをしっかりな」


「そうよ。くるみさんが行ったら、絶対気に入られるに決まっているわ」

 

「そうなったら帰って来られないだろうな」

 

 ぶるりと体を震わせる埴安さん。

 この光景、見たことがある。

 そう。姉にこき使われる弟の図だ。

 

「帰って来られないって……。金山さんはどこに住んでいる方なんですか?」

 

「岐阜か島根か宮城……いや、京都の可能性も……」

 

 拠点をいくつも持っているなんて、どんな人なんだろう。

 出張が多いバリバリのキャリアウーマン?

 それとも、旅好きな人?

 

 興味が湧いてソワッとするわたしの肩を狐白がそっとつかんでくる。

 なんだろうと思って見上げると、「行かせませんからね」と怖い笑顔を向けられた。

 言い出したのは狐白なのに、変なの。



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