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あやかし金継ぎ工房 ~つくも神、繕います~  作者: 森 湖春
二章 ティーボウルを繕う
19/33

第19話 つくも神が嫉妬するとき

 大通りから一本奥に入った路地裏。

 歴史を感じる寂れたビルの一階に喫茶マリーはある。

 

 定休日は、日曜日と祝日。

 営業時間は午前八時から夜七時。


 水戸駅から少し離れた場所にあるお酒を置いていない飲食店は、だいたいこんなものだろう。

 

 土曜日の午後六時過ぎ。

 仕事を終えたわたしは、狐白(こはく)とともに喫茶マリーへ向かっていた。

 この道を、つくも神バージョンの彼と歩くのは初めてだ。

 

「いつもは(かばん)の中なので、こうして一緒に行くのは新鮮ですね」


「そうだよね、いつもは豆皿の姿だから……。じゃあ、喫茶マリーも見たことがないんだよね?」


「ええ。ですから、楽しみにしているのですよ」

 

 喫茶マリーへ向かう道すがら、店の魅力を挙げてみる。

 

 柚子胡椒(ゆずこしょう)パスタとプリンがおいしいこと。

 奥から二番目のテーブル席の椅子がお気に入りであること。

 そして――。

 

「喫茶マリーの窓の下にはプランターが置いてあってね、いつも花が咲いてた。季節ごとに変わっていたから、植え替えられていたんだろうね。花が変わるたびに、もうすぐ季節が変わるんだなぁって思ってたんだ。……今は、ないんだけどね」

 

「奥さまのご趣味だったのでしょう」


「今はないってことは、たぶんそうなんだろうね。アンティークの食器集めに、ガーデニングかぁ。英国レディの趣味って感じで素敵だね」

 

 奥さまは小柄で、少しぽっちゃりした人だった。

 動くのも話すのもゆっくりで、それが店内に流れる空気と合っていた。

 

「くるみもやってみますか? プランターくらいなら土間玄関に置けると思いますよ」

 

「うーん……考えておく」

 

 狐白の提案に答える声が固くなったのは、気のせいではない。

 頭の隅でチラッと小椋(おぐら)くんを思い出したせいだ。

 

「彼のことを思い出したのですね?」

 

「……うん」

 

 彼――小椋くんは、うちの近くにある木村園芸(きむらえんげい)に勤務している。

 木村園芸は主に公園や学校などで造園、伐採、緑化事業を行っている会社だ。

 すぐ近くにコンビニがあって通り過ぎるので、わたしも知っている。

 

 小椋くんは若手なので、面倒見の良い年配の先輩について学んでいるところらしい。

 朝は誰よりも早く出勤して掃除をしなくてはならないので大変だ――と、あかねに言っているのを聞いたことがある。


(だからといって、彼女の家に住むのはどうなの? 近いし、確かに便利だけど……。誘うあかねもそれを許すお父さんとお母さんも、何を考えているんだか)

 

 しかめ面のわたしの頬をちょんとつつきながら、狐白は言った。 


「僕自身は感謝しているのですよ。彼がしくじってくれたおかげで、くるみとこうして一緒に歩けるわけですから」

 

 悔しいけれど、狐白の言う通りだ。

 一つでもボタンを掛け違えていたら、わたしたちはこうして隣り合って歩くことはなかったし、話すこともなかった。

 

 だけれど、それはそれ、これはこれだ。


「でもまだ、ちゃんと謝ってもらってないし」

 

「それはくるみが避けているからでしょう?」

 

「だって……謝られても許せる自信、ない」

 

 狐白は人の悪い笑みを浮かべた。

 

「くるみは優しいですねぇ。謝られたからといって許す必要もなければ、許すか許さないか決める必要もありませんよ。僕としては、許してほしいですけれど」

 

「どうして?」

 

「許さないという選択をしてしまうと、本当は嫌だけど許した方がいいのかなというモヤモヤした気持ちからは解放されます。ですがその代わり、絶対に許さないという怒りに囚われてしまう。そうなると、ずっと相手のことを見張っておかないといけなくなります。くるみから見張られるなんて、ご褒美ですよ。羨ましくて嫉妬してしまいそうだ」


「ご褒美って……」

 

 狐白なりに慰めようとして冗談を交えてくれているのだろうか。

 それにしては、目が本気っぽいけれど。

 

 苦笑いを浮かべて隣を見上げると、狐白は流し目でわたしを見た。

 

「彼を見張る時間があるのなら、僕を見てほしいんですよ。豆皿の時はあんなに熱心に見つめてくださったのに、今は……。おや、着きましたね」

 

 狐白の声に足を止めれば、喫茶マリーと書かれた電飾スタンド看板が見えた。

 腕時計を見れば、閉店十五分前。

 少しゆっくりしすぎたかもしれない。

 

 とはいえ、これからするのは個人的な話だ。

 できれば、常連客もいない方がいい。

 

 一瞬躊躇(ちゅうちょ)したあと、わたしは扉を開けた。

 カランコロンとドアベルの音と一緒に聞こえてきたのは、なじみのある曲――パッヘルベルのカノンだ。

 

 独特なリズムは、ジャズアレンジだろうか。

 自然光がない店内は薄暗くて、ムーディーな雰囲気が漂っている。

 

 なんだか別の店に来たみたい。

 (ひる)むわたしを、狐白が「ほらほら」と押した。

 

「いらっしゃいませ」

 

 微妙な時間に入店したわたしたちを、マスターは嫌な顔一つせず出迎えてくれた。


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