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あやかし金継ぎ工房 ~つくも神、繕います~  作者: 森 湖春
二章 ティーボウルを繕う
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第18話 ティーボウルを繕う ~麦漆~

 割れていくつかの破片に分かれてしまった状態を《割れ》という。

 埴安(はにやす)さんの工房でよく見られるのが、コップの取っ手や急須の口が割れてしまう破損だ。


 漆風呂でねかせたあとはいよいよ《接着》になる。

 元の形に戻していく、重要な作業だ。

 

 狐白(こはく)を繕った時、途中とはいえ元の形に戻った時の安堵感は忘れられない。

 マスターを安心させるためにも、亡くなった奥さまのためにも、今日は頑張りたいと思った。

 

「ゴム手袋をする前に、マスキングテープを用意しとけよ~。ほら」

 

 黄色のマスキングテープを放り投げながら、埴安さんは言った。


「うわわわわわ!」

 

 わたしは右往左往しながら――キャッチボール下手なのに!と思いつつ――なんとかマスキングテープをキャッチする。

 よたよたするわたしを、狐白が後ろから支えた。

 

「ありがとう、狐白。もう! 埴安さん、投げないでください」

 

「お嬢さんが取れなくても狐白がいるから問題ない」

 

「ええ。くるみのフォローはお任せください」

 

 しれっと答える埴安さんに、狐白は胸を張って言った。

 

(あーあ、キラキラしちゃって)

 

 ボールキャッチに成功して満足げな犬の幻影が見えるようだ。キツネだけど。

 神様なのに従順で、いつか悪い人に利用されるのではないかと心配になる。

 

 心配しすぎて宇賀野(うかの)さんに相談したこともあったけれど、その時は生温かい視線を向けられた。

 なぜ……?

 

(でも、狐白がこうなるのはわたしだけみたいだし。わたしがしっかりしていれば、大丈夫……だよね?)

 

 狐白と意思の疎通ができるようになったのは最近のこと。

 もうすぐ一緒に暮らすのだから、焦らずゆっくり折り合いをつけていけばいい。

 

 つらつらと考えながら、短く切ったマスキングテープをガラス板の端にストックしていく。

 破片どうしを接着したあと、この千切ったマスキングテープで固定するためだ。

 

 素手でできる準備が終わったら、ゴム手袋をつける。

 狐白を繕う時は《錆漆(さびうるし)》を作ったけれど、破片どうしを接着する時には《麦漆(むぎうるし)》を使う。


 作り方は錆漆と似ていて、砥之粉(とのこ)の代わりに強力粉を使うのだ。

 円形状に土手を作って、真ん中に少しずつ水を加える。

 あとは噛んだガムくらいの固さを目指してヘラで練っていく。

 

「埴安さん」

 

「んー?」

 

「どうして強力粉を使うんでしょう? 小麦粉には、薄力粉や中力粉だってあるのに」

 

 お菓子作りをしているおかげで、小麦粉のことはそこそこくわしい。

 

 強力粉は、粒子が粗くてサラサラしている。

 粘りと弾力が強いから、パン生地におすすめ。

 

 薄力粉は、粒子が細かくてしっとりしている。

 ふんわりサクサクした食感を生み出すことができるから、お菓子作りでよく使う。

 

 中力粉は、強力粉と薄力粉の中間。

 適度な弾力があることから、うどんなどの麺類に使われることが多い。

 

「粘り強くて扱いやすいからだな。でも、ネットなんかを見ると薄力粉を使っている人も多いみたいだぞ。俺も、麦漆の厚みを出したくない時は薄力粉や中力粉で作った麦漆を使ってる」

 

「なるほど。使い分けているんですね」


 雑談を交えながら作業していると、ちょうどいい固さになってきた。

 粘着性が出てきたら、生漆を少しずつ混ぜ合わせる。

 ヘラを持ち上げた時、十センチほど糸を引くくらいがちょうどいい粘りだ。

 

「んー……もう少し、かな」

 

 粘りが足りない時は生漆で調節する。

 固いからといって水を加えても、薄まらないのだそうだ。

 

「お。ちょうどいい加減なんじゃないか? さすが、お嬢さん。筋がいいな」

 

 通り過ぎざまに手元を覗き込んだ埴安さんは、満足そうにうなずいてわたしの頭を撫でた。

 隣で見守る狐白の冷ややかな一瞥(いちべつ)に、「キャア、コワイ」なんて言いながらヘラヘラ笑っている。

 

(仲良し……なのかな?)

 

 麦漆が完成したら、割れた断面の片面に竹ヘラを使って薄く塗っていく。

 今回は二つに割れているから、片方に塗るだけで大丈夫。

 

 麦漆の茶色い色味もあって、なんだかチョコレートを塗っているみたい。

 においはチョコレートとはほど遠いけれど。


 麦漆を塗り終えたら、塗っていないもう片方の破片を持って、ぎゅーっと圧をかけてしっかりくっつける。

 そして、ガラス板にストックしていたマスキングテープを一定の間隔を空けながら貼っていく。

 

「分かっていると思うが、マスキングテープはガチガチに貼らなくて大丈夫だからな。破片どうしが離れないように、仮止めって感じで貼るんだぞ」

 

「空気に触れて乾くから、ですよね?」

 

「その通り」

 

「今回は二つですけど、パズルのピースみたいに複数に割れた場合は大変そうですよね」

 

「そういう時は、小さいカケラからくっつけていくんだ。大きいカケラからくっつけていくと、あとで小さいカケラが入らなくなることがあるからな」


「なるほど。破片が余ってしまったら困りますもんね」

 

 マスキングテープを貼り終えたティーボウルは、足を骨折して包帯を巻かれているようだ。

 そっと持って、工房の漆風呂に入れる。

 

「埴安さん、ティーボウルはどれくらいねかせますか? 一週間くらい?」

 

「んー……そうだな、それくらいがいいと思う。ねかせすぎると漆が固くなって、はみ出たところを削る時に大変になるからな」

 

「分かりました。あの……一日だけ、ここに来るのお休みしてもいいですか?」

 

「構わないが……。なんだ、仕事が忙しいのか? 一日と言わず一週間丸々でも大丈夫だぞ」

 

「実は、マスターに会いに行こうと思っているんです。たぶん、ティーボウルがどうなったか気になっているだろうから……」


 狐白を繕った時、ただほつれが埋まっただけでもひどく安心した。

 救われた――なんて大仰かもしれないけれど。

 予断を許さない状態から峠を越したような、そんな気がしたのだ。


 罰が当たったと肩を落としていたマスターは、たぶん今でも自分を責めているんじゃないかな。

 少なくともわたしだったら、責め続けていると思う。


「そうか。なら、狐白と一緒に行ってくるといい。ティーボウルは俺に任せておけ」

 

「ありがとうございます。そういうことだから……狐白、よろしくね」

 

「お任せください!」

 

 自慢の三角耳をピンと立てて、狐白は誇らしげに胸を張った。


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