第13話 つくも神と繕い手
会社員が帰宅するには少々早い、午後四時。
わたしはJR常磐線の友部駅に降り立った。
「くるみさーん。こっち、こっち!」
改札を抜けたところで優雅に手を振る和服美人を見つけて、駆け寄る。
「宇賀野さん! 今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、宇賀野さんは胸に手を当てて「どーんと任せなさい!」と言った。
宇賀野さんと待ち合わせて向かったのは、一人暮らしにしては贅沢な平屋建ての古民家。
2DK、風呂トイレ別。駐車スペースあり。
賃料は、このあたりの家賃相場の約半分だ。
職場がある水戸駅から友部駅までは電車でおよそ十五分。
埴安さんの工房まで、車でおよそ十五分の距離。
どちらへ行くにしても、ちょうどいい場所にある。
「さぁ、着いたわ。ここよ」
窓に使われている昭和レトロな型板ガラスに、さっそくキュンとする。
これは……期待しちゃうかも。
玄関にしては幅が広い引き戸を開けると、床がコンクリートだった。
左奥に玄関っぽい扉が見える。
「わっ。これは土間……ですか?」
「ええ。ガレージを兼ねた土間玄関になっているの」
「雨の日でも濡れずに車を乗り降りできていいですね」
「そうでしょう?」
玄関扉を開けた先は、まっすぐ廊下が続いている。
突き当たりは床の間のようなデザインになっていて、暖色系の照明が漆喰の壁を淡い橙色に染めていた。
「左側の二つの扉がお部屋で、右奥がトイレ、真ん中がお風呂、手前がダイニングキッチンになっているわ」
宇賀野さんの案内で、左手前の部屋から時計回りに部屋を見ていく。
どの部屋も綺麗にリフォームされていて、過ごしやすそうだ。
「どうかしら?」
「素敵なおうちですね。本当にわたしが住んでいいんですか?」
「もちろんよ。必要なら家具もつけられるけれど、どうかしら?」
「そこまで甘えるわけには……」
「わたくし、古いものを集めるのが趣味で倉庫にたくさんあるのよ。嫌でないのなら、使ってもらえると嬉しいわ」
宇賀野さんと出会って、そろそろ一カ月が経つ。
嫌でないのなら使ってほしいという彼女の言葉が、それだけの意味でないことが分かりかけてきた。
(趣味で集めている古い家具も、つくも神関係なんだろうなぁ)
狐白をつくも神として蘇らせたあの日。
わたしは、自身に特別な能力があることを知らされた。
わたしの能力。
それは、消滅したつくも神を呼び戻す――というもの。
器物は、百年経つと精霊を宿してつくも神となる。
そして、宿っている器物が破損する時、つくも神は消滅してしまう。
消滅したつくも神は、二度と戻ることはない。人が死ぬのと同義。
たとえ熟練の技を持つ職人が繕っても、つくも神は呼び戻せない。
しかし、それを可能にするのがわたしだ。
わたしのような人を《繕い手》と呼ぶらしい。
江戸時代には数多く存在していた繕い手だけれど、今は見つけることすら困難な時代になっている。
金属製品を修理する鋳掛屋や瀬戸物や漆器を直す焼継師など、江戸時代には多くのリユース業者が存在していたそうだから、当時に比べれば随分と見つけづらくなっているだろう。
ゆえに、宇賀野さんや埴安さんをはじめとする繕い手の気配を察せる者は、常日頃からアンテナを張り巡らしているらしい。
(宇賀野さんや埴安さんがしきりに金継ぎをやらせたがったのは、わたしに繕い手の可能性を感じたからって言っていたっけ)
金継ぎの技術を学んで多くのつくも神を救ってほしい――というのが二人の願いではあるけれど、繕い手になるかどうかはわたしの判断に委ねられている。
時代とともに人ならざる者を見ることができる人が減り、繕ったところでつくも神が活躍できる場所がないのだそうだ。
人の役に立つことを生きがいにしているつくも神にとって、活躍できる場所がないというのは酷である。
そういうつくも神は次第に病み衰え、最後は人に害なす怨霊のような存在になりかねない。
怨霊になるくらいなら、つくも神のまま消滅する方が幸せ。
宇賀野さんや埴安さんは、そう思っているようだ。
わたしはといえば、まだそこまで考えられない。
狐白を救えたことは喜ばしいことだけれど、自分が繕い手であるという自覚すらないのだ。
「くるみ。難しい顔をして、どうしました?」
何か問題でも?と首をかしげる青年は、豆皿のつくも神――狐白だ。
彼がこうして人の姿で顕現する時、豆皿が消える。
トートバッグの中を覗き込むと、豆皿を入れていた巾着が平らになっていた。
「あ、狐白。わたし、ここに住もうと思うんだけど、どうかな?」
「くるみと二人暮らしですか……!」
フサフサの尻尾が、興奮気味に揺れている。
何を考えているのか分からない胡散臭い顔立ちをしているけれど、尻尾は素直だ。
「えっと……宇賀野さんは家具も手配してくれるって言うんだけど……」
正確には、二人暮らしではないかもしれない。
言外に匂わすと、狐白は「ふむふむ」と頷いた。
「なるほど。宇賀野様が手配してくださるなら、力の強いつくも神でしょう。僕一人でも十分くるみを守れますが、留守の間の自宅警備員として置くのもありだと思いますよ」
「自宅警備員……」
つくも神とはいえ神様だ。
神様を警備員にするなんてありなのだろうか。
戸惑うわたしに、宇賀野さんは言った。
「もちろん、狐白くんと相性のいい子を選ぶつもりよ」
(ありなんだ……)
「家事が苦手なら、家事が得意な子も紹介できるわよ。箒のつくも神とか、土鍋のつくも神とか……」
(警備員の次は家政婦ですか⁉︎)
宇賀野さんの中でつくも神って、どんな扱いなのだろう。
(聞いてみたいような、怖いような)
最終的に狐白が「嫉妬しそうなので警備員だけでお願いします」と宇賀野さんに頭を下げて、内見は終了したのだった。
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