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第10話 豆皿を繕う ~それぞれの輝き~

 宇賀野(うかの)さんに話をしたらトントン拍子に話がまとまり、わたしはさっそく笠間に引っ越すことになった――といきたいところだけれど、そうはいかない。

 仕事があるし、なにより新生活は狐白(こはく)と始めたい。


 仕事終わりに工房を訪れたわたしは、二回目の《中塗り》と《水研ぎ》を終えてひと息ついているところだった。

 

「胡桃饅頭にほうじ茶……いい」

 

 集中して作業したあとの甘味は、疲れた体に染み入るようだ。

 しみじみと味わうわたしに、差し入れを持ってきてくれた宇賀野さんは嬉しそうに微笑む。

 

「黒糖とほうじ茶って相性がいいですよね」

 

「そうね。それに、ほうじ茶にはリラックス効果もあるのよ」

 

「なるほど。だからこんなにほっこりするんですねぇ」

 

 のほほんと答えながら、わたしは作業台の上へ目を向けた。

 今し方まで金継ぎの道具が並んでいた作業台の上には、宇賀野さんが持ってきた物件情報が並べられている。

 

 どの物件も築年数は古いものの、リノベーションされておしゃれな内観ばかり。

 その上、実は事故物件なのではと心配になるような賃貸料だ。

 いぶかしむわたしに、宇賀野さんは言った。


「安心して、事故物件ではないわ。わたくしが所有している物件だから、いろいろ融通が利くだけなのよ」

 

 けろりと言われたけれど、もしかして宇賀野さんってお金持ちなのでは。

 驚くわたしに、宇賀野さんは「ふふ」と上品に笑う。

 彼女の目が如実に語っている。今さら態度を変えるなんて駄目ですよって。


「お嬢さん、仕上げはどれにする?」

 

「えっ」


 宇賀野さんとの間に流れる微妙な空気をものともせずに話しかけてきたのは埴安(はにやす)さんだ。

 彼は作業台の上にあった賃貸情報をさっとまとめて脇へ寄せると、白い小さな包みを目の前に並べていく。

 

 薬包というのだろうか。

 時代劇で見るような、白い紙を折りたたんだようなものだ。

 

「え、薬……?」

 

「いや。金粉、銀粉、真鍮(しんちゅう)粉に(すず)粉だ」

 

 一体何に使うのか、見当もつかない。

 もちろん、次の作業――仕上げに必要なものなのだろうけれど。

  

「金継ぎの仕上げは、漆で繕った部分に金属の粉を()くんだ」

 

「まく……?」

 

「蒔くっていうのは、金属の粉を振りかけることだな。で、これが見本」

 

 四つの包みの後ろに、美しく繕われた器が並べられる。

 それぞれ繕われた部分の色が違っていた。

 金粉は金色、銀粉は銀色、真鍮粉はミルクココアのような色、錫は銀色に近い灰色をしている。

 

「金継ぎと言うからには金を使わなくてはならない……と想像しがちだが、実は金だけではないんだ。銀も真鍮も錫もそれぞれ違った魅力がある。どれを使うか、選んでほしい」


 埴安さんはいつになく真剣な面差しでそう言った。

 今まで与えられてきた選択肢の中で、一番楽しくて一番難しい選択ではないだろうか。

 

「なんて悩ましい……」

 

 嬉しい悲鳴とは、きっとこのことを言うのだろう。

 すごく緊張するのに、ワクワクが止まらない。

 

「王道はもちろん金だ」

 

 埴安さんの指が、金に縁取られた器を撫でる。

 そのまなざしは聖母のように慈しみに満ちていて、わたしは見てはいけないものを見たような、なんだか落ち着かない気持ちになった。


「銀は経年すると硫化していぶし銀のような味わいが出てくる」

 

「真鍮ってたしか、五円玉でしたっけ?」

 

 新しいものは、硬貨に描かれている稲穂のようにピカピカしている。

 でも、よく見るのは黒ずんで輝きを失った――良く言えば深みのある色合いをしていたはずだ。

 

「ああ、そうだ。真鍮は経年によって多少退色するが、うちでは亜鉛の割合が多い真鍮粉を使うことで避けている」

 

「なるほど」

 

「錫は……ハンダ付けにも使われる金属だ。銀より安価だが、酸化による腐食が激しい」

 

 酸化による腐食が激しいと聞いて、残念だけれど錫は選ばないだろうなと思う。

 

(わたしが金継ぎをする理由は、ずっと一緒にいるためだから)

 

 四つの中でもっとも目を引くのは金だ。

 華やかで美しく、それでいて控えめな一面も感じられる。

 

(金は王道のイケメン、銀や真鍮はダンディなおじさまって感じ)

 

 わたしの中の狐白(こはく)のイメージって、どんな色だろう?


 狐白は、神棚にお供え物をする時に使われていた豆皿だ。

 いつから使われていたのか正確な年数はわからないけれど、笠間焼のはじまりは江戸時代の半ば頃と言われているから、それ以降ということになる。

 つまり、とても古いってこと。


(古い道具には魂が宿るんだっけ。ええと、たしか……)


『つくも神』


(そう、つくも神!)


 つくも神は、百年を経た道具に精が宿り、悪さをするようになったあやかしである──と祖母から聞いたことがある。

 あれは、七歳より前。四歳か五歳頃のことだったと思う。


『ねぇ、おばあちゃん。百年もつかうってことはさ、だいじにしていたってことじゃないの? だいじにしてなかったら、百年もつかえないよね』


『ああ。昔の人はね、物を大事に使ってたんだよ。壊れたらポイなんてしないんだ』


『それなのにどうして、つくも神はわるいことをするの?』


『昔の人は、節分になるとつくも神になりそうな古い道具を捨てていたそうだよ。もしかしたら、捨てられて悲しいって暴れていたのかもしれないね』


『そうなんだ……。つくも神になっても、だいじにしてあげたらよかったのにね』


『そうだねぇ。けど、昔は怨霊として恐れられていた人も今では神様としてお祀りされてたりするから……。もしかしたら、良いつくも神もいるかもしれないね』


『そっかぁ』


 思えばその頃から、狐白に強い興味を持つようになった気がする。

 それまでも好きだったけれど、それだけではないというか……。

 祖父母の家でもっとも古いものが豆皿だと聞いて、よく見るようになった。


 狐白は、あと何年で百年を迎えるだろうか。

 つくも神を実際に見たことはないけれど、もしも狐白がつくも神になれるのならば、その瞬間を一緒に迎えたいと思う。


 狐白が良いつくも神になれますように。

 たとえ悪いつくも神でも、そばにいられますように──そんな願いを込めて。


「……よし、決めました! わたし、金粉を使います」


『僕もそれが良いと思っていました』

 

「えっ」

 

 耳馴染みがある懐かしい声を聞いた気がして、思わず声を漏らした。

 お客さんかと思って工房の入り口を見たけれど、それらしき気配はない。


「んんん?」


 宇賀野さんと埴安さんは聞こえなかったのか、いつも通り雑談に興じている。

 首をひねっているわたしに気がついた宇賀野さんが、心配そうな視線を向けてきた。


「くるみさん、どうかした?」


「今、声をかけられた気がして」


「あら。ここに居るのは最初から、()()()()()()だけですわよ? ねぇ、埴安」


「ああ、ずっと俺たちだけだ。さて、決まったのなら作業を進めるか。仕上げと言っても、今日だけでは終わらないからな」


「そうそう、時は金なりと申しますでしょう?」


「でも……」


「ほら、早く」


「そうそう、早く」


 砂をさらっていく波のように、さぁさぁとにぎやかに話を流される。

 目の前に道具を並べられると、わたしの頭はすっかり金継ぎのことでいっぱいになった。




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