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蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
05 ヒヨクレンリ (side SHINOBU)
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ヒヨクレンリ 2

 紅林梨花(くればやしりんか)

 真城の前任の郵便局員で七瀬と親しくしていた。


「取れますけど……」

「聞きたいことがあると伝えてくれ」


 真城は俺に背を向けてスマホを取り出す。

 そして電話をかけた。


「え!?今から!?そんなムリしなくていいっすよ!?ね!?あれ……切れてる」


 真城が振り向いて、情けない笑顔で言う。


「紅林さん……すぐに来るそうです」

「そうか。有難い」

「じゃ、僕はこれで」


 そそくさと帰ろうとする真城。


「紅林さんに会わないのか?」

「だって怖いんですもん!あの人!」

「いい人だけどな」

「鐡さんに対してはね!僕に対しては鬼だから!」

「お前がしっかりしないから怒られるんだろう」

「僕しっかり仕事してますよね!?紅林さんに伝えといてください!」


 半泣きで真城は帰って行った。

 俺はサイドテーブルに置かれた(かゆ)を食べる。


 食欲はあるから普通の食事でも大丈夫なんだが。

 彩が作ってくれたので有難く戴く。


 少し薄味だが美味い。

 小皿に置かれた梅干しと一緒に食べると丁度いい塩気だ。


 食べ終えて少ししたら彩が遠慮がちに顔を出した。

 (から)の食器が乗ったトレイを持つと足早に出て行こうとする。


「彩。もうすぐ来客がある。紅林さんと言う女性だ。来たら通してくれ」

「紅林さん……?」

「真城の前任者だ」

「……分かりました」


 彩も彼女に会ったことがあるはずなのだが、幼かったから覚えていないだろうな。


 午後3時を少し過ぎた頃。

 賑やかな声が聞こえて来た。


 ドアを開け入って来た彼女は相変わらず迫力のある美人だった。


「呼び出してすみません。紅林さん」

「いいよ。どうせ暇だし」

「助かります」


 紅林さんがベッドの横の椅子に座る。

 そして俺の顔をまじまじと見た。


「相変わらず色男だねぇ」

「……そりゃどうも」

「彩も大きくなって。七瀬に似て来た」

「やっぱり似てますか」


 俺もそう思っていた。

 彩に七瀬が重なって見える。


「身体は小さいのに胸だけ大きいところも似て来た」

「まあ……そうですね」


 それは気づかないふりをしていたんだが。


「で。聞きたいことって?」

「七瀬さんのことです。彼女は本当に一人で仕事をしていたんでしょうか」

「そうだったよ」

「彩は俺が居ないと駄目らしくて。俺も、この有様で。それって、彩がまだ不慣れだからでしょうか」


 俺の言葉に紅林さんは目を丸くする。

 そして何故か豪快に笑い出した。


「……何がおかしいんですか」

「いや……ごめん……あまりに予想外で」

「予想外?」

「そうか……アンタが」


 紅林さんが七瀬から聞いていた情報は断片的だった。

 だから自分の推測も交えて話してくれた。


「想墨師ってのはね。本来二人一組なんだ。一人は能力を持ち、もう一人は増幅器(ぞうふくき)。アンタは彩の増幅器なんだろうさ」

「増幅器……?俺が?」

「七瀬は特殊だったんだろうよ」


 それは、つまり。

 俺と彩は離れられないということか?


「二人ともまだ力の加減が分かってない。だから変に体力が削られて寝込んだ」

「……なるほど」

「アンタは七瀬が彩に残した愛だったんだ」


 彩を守り育てる為に、俺は居た。


「でもねぇ。彩ももう大人だ。父親が恋しい歳じゃない」

「それは……分かっています」

「本当に?」

「だから、彩を手放すつもりです」

「分かってないねぇ色男。彩はアンタを父親とは思ってない」

「本人にも言われました」


 傷を(えぐ)られるようで辛くなる。


「父親じゃないってことは他人だ」

「……はい」

「赤の他人のただの男」

「……ですね」

「惚れても仕方ない」

「……は?」


 間抜けな返事をする俺の額を紅林さんが拳で小突(こづ)く。


「あの子を泣かせんじゃないよ」

「……ちょっと待ってください。それじゃ彩が俺のこと好きみたいじゃないですか」

「そうだろ?」

「違うと思います」

「私は彩に聞いてるんだ」


 見ればドアが少し開いている。


「どうなんだい。彩」


 ゆっくり開いたドア。

 来客用のコップをトレイに載せた彩が俯きながら入って来る。


「彩……」

「私……何とも思ってません。紫信さんのこと」


 だよな。紅林さんの勘違いだ。


「七瀬に遠慮することない。あの子も分かってる」

「遠慮なんか」

「後悔するよ」


 重みのある一言だった。

 彩もそれ以上、反論しなかった。


 紅林さんは鞄からメモ帳を取り出すと、電話番号を書いて俺に押し付ける。


「何かあったら連絡しな。暇つぶしに来てやる」


 そして帰り際、彩に言った。


「紫信に変なことされたら言うんだよ」


 ……人聞き悪いこと言うな。


 彩は紅林さんを見送るために部屋を出て行った。

 少ししてコップを回収に来る。


 俺の方を見ようとしない。

 まさか、本当に俺に惚れてるのか?


「彩」

「分かってます!」

「まだ何も言ってない」

「……ごめんなさい」


 何に対する謝罪だ?


「紫信さんがお母さんのこと好きなのは分かってます」

「……そうか」

「でも」

「でも?」

「片思い……させてください」

「……彩?」

「迷惑かけません。ただ、傍に居るだけでいいです。それ以上は望みません。お母さんが帰って来たら、出て行きます。だから」


 ……嘘だろう?


「ここに居てもいいですか?」


 駄目とは言えない。

 泣きながら懇願(こんがん)されたら。


「今まで通りに出来るよう努力します。紫信さん、困らせないように。紫信さんも今まで通り。元通りに」

「……出来る訳が無いだろう」

「……ですよね。ごめんなさい」


 彩が手の甲で涙を拭う。

 そして明るく笑った。


「さよなら、しましょう。それが一番です」

「彩」

「大丈夫です。私、一人でも生きて行けます。なるべく遠くに行きますから。もう二度と会わないように」


 そんなことは望んでいない。


「最後まで迷惑かけて……ダメな娘で……すみませんでした」


 (だる)い身体を必死に起こす。

 今、ここで彩を手放せば一生、後悔すると思った。


 ようやくベッドから立ち上がり彩の小さな身体を抱き締める。

 途端に力が(みなぎ)った。


 ……そうか。

 俺たちは互いに必要としている。

 一人では生きて行かれなくなっている。


 七瀬は知っていたのだろうか。

 俺が自分ではなく、彩と惹かれ合うことに。


「……彩」

「……はい」

「俺はお前を娘だと思って生きて来た。だから、すぐに気持ちを切り替えることは難しい」

「……分かってます」

「でも。いつかお前と……」

「いつか、っていつですか?」

「いつかはいつかだ」


 彩は不満そうに唇を尖らせた。

 まだまだ子供だな。

 少し安心する。


「紫信さん」

「ん?」

「私、そういうことしなくても平気です」


 ……彩は気づいていないのか。

 俺の身体が治っていることに。


 治ったと言っても最近のことで、まだ自信は無い。


「したくないのか?」

「セクハラ質問には答えたくないです」


 しっかりしているな。最近の娘は。


「私の中で紫信さんはお母さんのもの。それは変わりません。お母さんが帰って来た時に後ろめたいのはイヤです」


 ……なるほど。真面目な彩らしい答えだ。


「私の片思いでいいです。思うのは自由ですよね?」

「まあ……そうだな」


 そう言ったら彩は本当に嬉しそうに笑った。

 今まで俺に見せた中で一番、幸せな笑顔だった。


 この時の俺たちは。

 忍び寄る闇に気づいていなかった。



【続】

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