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蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
05 ヒヨクレンリ (side SHINOBU)
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ヒヨクレンリ 1

 最近、娘の様子が変だ。

 娘と言っても血は繋がっていない。


 失踪した妻の分も愛情を注いで育てた……つもりだ。

 なのに目も合わせてくれなくなった。


 不本意だが出入り業者の真城(ましろ)に相談する。

 すると奴は得意気に答えた。


(あや)ちゃんオトナになったんすよ。(くろがね)さん、そろそろ子離れする時期なんじゃないですか?」


 ……大人?彩が?

 あんなに小さかった彩が?

 俺の姿が見えないと泣いていた彩が?


 そう悩んでいた時。彩が俺を頼ってくれた。

 仕事だから仕方なく、だったかもしれない。

 でも。俺が居ないと駄目だと分かって。


 安堵(あんど)した。



 ◆



 翌日から俺に対する彩の態度が変わった。

 変わった、と言うか戻った。


「あ。おはようございます紫信(しのぶ)さん」


 目を合わせて微笑んで。

 最低限の会話をする。


 何だ。考え過ぎか。


「紫信さん」

「ん?」

「私、やっぱり家を出ます」


 朝食のトーストが喉に詰まった。

 慌ててコーヒーで流し込む。


「……何が不満だ」

「不満はありません」

「なら此処に居ろ」

「もう決めました」


 勝手が過ぎる。

 俺がどんな思いで育てたか分かってない。


「此処で七瀬(ななせ)さんの帰りを待つんじゃなかったのか」


 七瀬の名前を出すのは卑怯かと思った。

 でも背に腹はかえられない。


「紫信さんが待っているから。私は居なくても」

「俺は他人だ。娘が待っていた方が嬉しいに決まってる」

「お母さんが帰って来たら。考えます」


 彩は落ち着いていた。

 取り乱しているのは俺の方だ。


「あ、仕事には来ます。想墨師(そうぼくし)の仕事もきちんとします」

「……そんなに俺が嫌いか」


 自分が人に好かれる人間では無いことは知っている。

 それでも彩には優しくして来たつもりだ。


 言葉にしたことが無いから伝わっていなくても仕方ない、とは思う。


「好きです」

「……は?」

「紫信さんのこと。好きです」


 面食らう俺に、彩は笑った。


「だから、ここには居られません」

「……どういう意味だ」

「真城さんが良い物件をいくつか探してくれました」

「話を逸らすな」

「今までありがとうございました」


 彩が深々と頭を下げる。

 それ以上は何も言えなくなった。



 ◆



 その日。俺は店に顔を出した真城を締め上げた。


「ちょ……なにするんですか鐡さん……死ぬ……死んじゃう!」

「貴様……彩の家出をコソコソと手伝っていたらしいな」

「あ、その話か」

「認めるのか?そうか……()け」

「やめて!死ぬ!可愛い彩ちゃんに泣きつかれたら断れないでしょ!?」


 泣きついた?彩が真城に?


「命が惜しければ洗いざらい話せ」

「彩ちゃんに口止めされてるんでー」


 俺は無言で更に締め上げる。


「……話しますよ!だから殺さないで!」


 真城が言うには。

 彩が具体的に理由を明言した訳では無いらしい。

 ただ一人暮らしがしたい、と。


「鐡さんこそ心当たりあるんじゃないすか」

「無い」

「その辺にエッチな本を置いてたとか。彩ちゃんをイヤらしい目で見てたとか」

「貴様と一緒にするな」

「鐡さん性欲ないんすか?」

「無い」

「即答。だから彩ちゃんしんどいんじゃないすかね」


 真城の言いたいことが分からなかった。


「本当に気づいてないんですか?」

「何に」


 真城が冷めた目で俺を見る。


「彩ちゃん。男見る目無いからなぁ。僕みたいのに引っかかるかも」


 動揺する俺の手をすり抜けて真城は逃げて行った。

 追いかける気力も無かった。



 ◆



 ここのところ疲労感が凄まじい。

 彩のことで心労もあるが、それだけでは無い気がする。


 体力には自信があっただけに辛い。


「……俺も歳をとったってことか」


 彩は順調に想墨師としての経験を重ねていた。

 俺も手伝っているが。


 いつまで必要とされるか分からない。


「……また減った」


 風呂上がりに乗った体重計。

 日に日に数字が小さくなる。

 何処か悪いのかもしれない。


 七瀬が戻るまで生きなくては。

 いや。彩はもう一人で生きて行かれる。


「俺は不要か……」


 こんな絶望は久々だ。

 気づけば彩が俺の全てだった。



 ◆



 翌朝。部屋のドアがノックされた。

 寝過ごした俺を心配する彩の声。


 起き上がろうとするが身体が(なまり)のように重い。

 やはり何処か悪いのだろう。


「紫信さん。入りますよ」

「……大丈夫だ。すぐに行く」


 俺の言葉を無視して彩がドアを開けた。

 そしてベッドに横たわる俺の額に手を当てる。


「……熱は無いですね」

「だから大丈夫だと言って……」

「大丈夫じゃないですよね」


 強い口調で言われ俺は黙り込む。


「最近、顔色も悪いですし。きちんと食べているのに痩せて来てますし」


 ……気づいていたのか?


「とりあえず病院行きましょう」

「……必要ない」

「紫信さん!」

「お前はもう大人だ。一人でも生きられる。俺は用無しだ」


 彩が無言で俺の頬をツネった。

 それも容赦なく。


「いい大人が、いじけないでください!」

「……別にいじけては」

「私が家を出るって言ったのが気に入らないんですか」


 図星だった。

 彩は大きな溜息をつく。


「紫信さんが弱ってるの。たぶん私のせいなんです」

「それは違う。お前は悪くない」

「気になって調べたんです。地下室で過去の記録を」


 彩が言うには。

 想墨師は大量のエネルギーを必要とする。

 自分だけで(まかな)えない分は近くに居る人間から無意識に吸い取るらしい。


「だからお父さんも早くに亡くなったんじゃないかな、って」

「そんなことは無いだろう」

「分かりませんけど。紫信さんとは離れた方がいいと思うんです」

「……他にも理由があるのか?」


 真城の言うように、俺に性的な目で見られていると思っているのだろうか。


「俺はお前を可愛いと思っているが。それは家族としてで、女としては見ていない」

「それは、分かってます」

「お前に恋人が出来ても邪魔はしない」

「それも、分かってます。でも」


 彩は一度、口を(つぐ)む。

 そして微かに震える声で言う。


「私が、ダメなんです」

「何が駄目なんだ」

「紫信さんのこと……父親と思えなくて」


 ショックだった。

 この十年間、必死に育てて来たのに。


 彩は俺に対してずっと敬語だ。

 もっと早く気づくべきだった。


 どんなに努力しても親子にはなれないと。


「……そうか」

「……ごめんなさい」

「お前は悪くない。誰も悪くない」


 このまま彩を縛り付けても仕方ない。

 これ以上、苦しめたくなかった。


「分かった。引っ越しは手伝わせてくれ」


 そう言ったら彩が泣き始める。

 ……泣きたいのは俺の方だ。


 一生懸命に育てた娘に捨てられるんだ。

 ……そういう気持ちが彩には重かったのかもしれない。


 その日は臨時休業にした。

 起き上がるのがやっとの状態では仕事にならない。


 一人で天井を見ながら考える。

 この十年は何だったのか。


 七瀬に救われた命だから、彼女の為に使おうと思っていた。

 なのに七瀬は居なくなった。


 だから残された彩を大切にしようと思った。

 出来ることは全てしたつもりだ。


 なのに彩は俺を父親とは思っていなかった。

 親というのは報われないものらしい。


「こんにちはー。鐡さん。(めし)、持って来ました」


 (どんぶり)が載ったトレイを持って顔を出したのは真城だった。

 今日は休みらしく私服だ。


「何でお前が家に居る」

「彩ちゃんに呼び出されました。僕のこと便利屋だと思ってるらしくて」

「……すまない」


 何で彩は来ない。

 もう顔も見たくないのか?


「彩ちゃん、鐡さんの傍に寄るの怖いんですって」

「言っておくが俺は何もしていないからな」

「わかってますよ。そうじゃなくて。これ以上、鐡さんの元気を奪いたくないって」


 ……そういうことか。


「真城」

「何ですか」

紅林(くればやし)さんと連絡取れるか」

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