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蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
04 コイゴコロ (side AYA)
6/20

コイゴコロ 1

 最近、よく夢を見る。

 お母さんの夢。


 八歳までしか一緒に居なかったから、あまり記憶が無い。

 それなのに夢の中のお母さんはリアルだ。


 今朝もお母さんの夢を見て、ぼんやりしながら洗面所へ向かった。

 冷たい水で顔を洗いタオルで拭く。

 何気なく見た鏡に紫信(しのぶ)さんが映っていて、私は変な声を上げた。


「あ……えっと……おはようございます。すみません。邪魔してて」

「気にするな」


 寝起きで浮腫(むく)んでる顔を紫信さんに見られたくないから、タオルで隠しながら足早に洗面所を出た。


 そんなこと今まで全然気にならなかったのに。


 同じ空間に居ることが耐えられない。

 だからなるべく自室に(こも)ることにした。



 ◆



(あや)ちゃーん」


 文具の棚を掃除していたら、郵便局員の真城(ましろ)さんが後ろから声を掛けて来た。


「はいはい。今日はどんな女の子の話ですか?」

「あのさぁ。僕が女の子の話しかしない軽薄な男だと思ってんの?」

「はい」

「……まあいいけどさ。今日は違うから。ちゃんと聞いてよ」


 珍しい。真城さんが女の子以外の話なんて。

 私はハンディモップを置いて真城さんの方を向く。


「彩ちゃんさ。最近、(くろがね)さん避けてる?」


 答えられなかった。

 けど、顔に出てたと思う。


「鐡さんスゲー気にしてた」

「そう……ですか」

「僕は彩ちゃんにも、やっと反抗期が来たと思って。喜ぶように言ったんだけど」

「そういうわけじゃ……」

「あー、なるほど」


 真城さんニヤニヤしてる。

 変に鋭いんだよね、この人。


「最近、綺麗になったよね彩ちゃん」

「殴っていいですか?」

「何で!?」

「からかわないでください」

「恋する乙女は美しいってことだよ」


 ……恋?私が?誰に?


「あれ。僕の勘違い?」

「だと思います。紫信さんに謝っといてください」

「いいけど。僕を伝書鳩にしないで欲しいな。親子して」

「それは……すみません。でも郵便屋さんですよね真城さん」

「そうだけど!伝言ゲームしないで親子で直接話してね!」


 真城さん使いやすいんだよね。

 怒らないし。


 その日の夜。私はまたヤカンのお湯を(あふ)れさせた。

 怒られると思ったのに。


「疲れているなら早く休め」


 紫信さんはそれだけ言ってリビングに戻って行った。


「……変なの」


 優しくされたらされたで居心地が悪い。



 ◆



 翌日。そろそろ閉店かな、とか考えてたら、内線電話で一階のカフェに呼び出された。

 そんなこと初めてだったから不安を抱えてカフェに入る。


 そこには紫信さんと制服姿の女子高生。

 艶のある黒髪を肩で切り揃えた彼女は、めちゃくちゃ泣いてた。

 過呼吸になりそうなくらい。


「……紫信さん!見損ないました!」

「……はぁ!?いきなり何だ!親に向かって」

「この子に何したんですか!?泣き止まなくて困ったから私にどうにかしろと!?」

「妙な勘違いをするな!客だ!」

「……客?」

「お前の客だ」


 女の子に見覚えは無い。

 何で私に会いに来たのか見当もつかない。


「お前は覚醒(かくせい)した。こういうワケありな客が引き寄せられて次々来るから覚悟しておけ」

「それって……」


 彼女は想墨師(そうぼくし)としての私を求めて来たってこと?


七瀬(ななせ)さんもそうだった」

「……お母さんも?」

「次から次へと客が来た。俺はお前には大変な思いをさせたくなかった。だから色が見えなければいいと思っていた」

「紫信さん……」

「今更引き返せない。覚悟を決めろ」


 そんなこと言われても。

 お母さんが残してくれたノートは一通り目を通したけど。

 分からないことばかりで。


「俺も協力する」


 心強かった。

 紫信さんが傍に居てくれることが。


 私は彼女と向かい合う椅子に座る。

 そしてひとつ深呼吸をしてから語りかけた。


「……どうしたの?」


 彼女はしばらく泣いていたけど、ようやく落ち着いたのか顔を上げる。

 まだあどけなさの残る顔立ち。

 一年生かな。


「……先輩が」

「先輩が?」

「大好きな先輩が……転校するって……」


 なるほど。それで泣いてたのか。


「ここで手紙を書けば想いが伝わるって聞いたから……」


 ……そうなの?

 ()き物を落とすだけだと思ってたけど。


「お願いします!あの、貯めてたお小遣い全部持って来ました!だから……」

「え!?お金は要らないよ!?」


 そう言ったら紫信さんの手が私の口を(ふさ)ぐ。

 紫信さんはテーブルに並べられた一万円札の中から一枚抜いて、あとは彼女に返した。


「……紫信さん!子供からお金を巻き上げるなんて最低です!」


 小声で抗議したら紫信さんも小声で返す。


「これはボランティアじゃなくて仕事だ。危険手当込みで一万円札なら良心的だろう」

「……危険手当?」

「この仕事は死と隣り合わせだと思え」


 ……確かに。この間の女の子の時は殺されかけたけど。


「気を抜いたら()られるぞ」


 そうか。

 この仕事が危険だって、紫信さんは知ってたから。

 あんな辛そうな顔をしたんだ。


 ……どうしよう。怖い。

 でも彼女を救いたい。


 紫信さんは混乱する私の肩を抱いた。

 そして耳元で(ささや)く。


「大丈夫。彩なら出来る」


 今度は違う意味でドキドキし始めた。

 紫信さんは顔だけじゃなくて声もいいから。


「あの……受けて貰えますか……依頼」

「もちろん!」


 何となく大丈夫な気がした。

 紫信さんが根拠だ。


 カフェの奥の個室。

 存在は知ってたけど開かずの間だった。


 初めて入った窓の無い部屋。

 牢屋のようだ。


「俺はドアの外に居る。困ったら呼べ」

「……はい」


 彼女と二人きり。

 紫信さんに言われた通り、彼女を椅子に拘束する。


「……ごめんね。こんなことしたくないんだけど」

「平気です。気にしないでください」


 いい子だなぁ。可愛い。


 机の上にはお母さんが残してくれたマニュアルが置かれている。

 手順や祝詞(のりと)は暗記してるけど、お守り代わりに。


「楽にしててね。少し苦しくなるかもしれないけど、大丈夫だから」


 彼女以上に私が緊張してる。

 上手く行くよう祈るしかなかった。



 ◆



 空の瓶を握って。

 祝詞を呟く。


 瓶が微かに熱くなって来た。

 でも、まだ足りない。


 必死に祝詞を繰り返す。

 それでも前回のようには行かなかった。


「……ちょっと待っててね」


 笑顔で彼女に言い残し、私はドアを開ける。


「……紫信さぁん」

「どうした」

「……無理かもしれません」


 泣き言なんて言いたくなかったけど。

 自分の不甲斐(ふがい)なさに泣きそうだった。


「この前は上手く出来たのに……何が違うのか分からなくて」

「大丈夫だと言っただろう。彩なら」

「そう言われても……」

「瓶が悪いのかもしれない。見せてみろ」


 紫信さんが私の手を握る。

 手の中で瓶の温度が急激に上がった。


 これって……。

 そうだ。前回は隣に紫信さんが居た。


「あの!紫信さん!」

「何だ」

「もっと私に触ってください!」


 紫信さんが目を()らした。

 ……私なんか変なこと言った?


「紫信さんが隣に居ないとダメみたいなんです」

「……何だ。そういうことか」

「……何だと思ったんですか?」

「分かった。そういうことなら仕方ない」

「ありがとうございます!」


 私は先に部屋に戻る。

 彼女の承諾(しょうだく)を得てから紫信さんを呼んだ。


「で。俺はどうすればいい」

「あ……えっと、適当に肩とか触っていて貰えれば」


 紫信さんが私の背後に立つ。

 後ろから伸びた長い腕。大きな手が私の手を包んだ。


 そこまで密着しなくてもいいんですけど。


 違う意味で緊張する私の手の中の瓶は、火傷(やけど)しそうなくらい熱を持つ。

 極力、動揺を抑えて祝詞を唱えた。


 椅子に座る彼女の身体が震え始めた。

 大暴れされたらどうしよう。


 華奢(きゃしゃ)な身体から(にじ)み出て来たのは綺麗な青紫。

 この間の女の子とは随分と違う印象の色だ。


 同じ恋心でも人によって違うのか。

 彼女の色はすんなりと瓶に吸い込まれる。


 色も扱いやすさも依頼者の性格や精神状態で変わる。

 少し分かった気がした。


「……終わりました」


 後ろの紫信さんに声を掛ける。

 彼には色が見えない。

 私が瓶の蓋を閉めたから、彼も終了だと分かっているはずなのに。


「あの……いつまでこうしてるんですか?」

「……ん?」

「終わりました」


 強めに言ったら紫信さんは慌てて私から離れた。

 何か考え事でもしてたのかな。


 椅子に座る彼女は眠ってた。

 身体の反応も人それぞれみたい。

 起こすのも可哀想だからそっと毛布を掛ける。


 光に透かして見た瓶の中のインクは、とても美しい朝焼け色だった。


「……そうだ。お母さんもよく、こうやって見てた」

「覚えているのか?」

「微かに、ですけど」


 でも、お母さんは一人で仕事をしてた。

 私は紫信さんが居ないとダメなのに。

 何が違うんだろ。

 私も慣れれば一人で出来るようになるのかな。



 ◆



 目を覚ました彼女は、カフェのテーブルで長い手紙を書いてる。

 私は紫信さんがいれてくれた温かいカフェラテを飲みながら、その様子を見てた。

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