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蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
02 カゾクノカタチ (side SHINOBU)The Past.
3/20

カゾクノカタチ 1

 終わった。

 何もかも。


 子供の頃からの夢を叶えたのに。

 華々しい舞台には立てなかった。


 その程度の人間だったんだ、俺は。


 夕暮れの駅。

 電車の接近を知らせるアナウンスが遠くに聞こえた。

 吸い寄せられるようにホームの縁に立つ。


 あと一歩。

 踏み出せば楽になれる。


「ねぇ、君」


 我に返ると同時にリュックサックが引っ張られた。

 目の前を特急列車が通り抜ける。


 呆然とする俺の腕に絡む細い指。

 押し付けられた柔らかな感触。


「私とイイコトしよう?」


 長い栗色の髪の小柄な女性だった。

 最初は大きな胸に気を取られたが、目が覚めるような美人だ。


 彼女は戸惑う俺の腕を引っ張って駅の改札を出る。

 手を振り払うことも出来た。


 それでも従ったのは、下心があったからだ。

 さっきまで死のうと思っていたのに。

 我ながら情けない。


 ホテルに直行かと思ったのに、彼女は俺を連れ回した。

 カラオケ、ボウリング、ダーツ。

 それから居酒屋。


 彼女が酔い潰れたらチャンスだ。

 そう思って次々と酒を注文する。

 なのに俺の方が潰された。


「ちょっと、大丈夫?」


 そう言って彼女は涼しい顔で、テーブルに突っ伏した俺の頭を撫でてる。

 何であれだけ飲んでも酔わないんだ?


「困ったなぁ。そろそろ迎えに行かないといけないのに」

「……誰の」

「娘」

「娘……?」


 まさかの人妻か?

 一気に酔いが醒める。


「あ、それは大丈夫。シングルマザー」


 俺の心を読んだかのように彼女が答えた。


「タクシー拾うから。ひとりで帰って」


 勝手に連れ回しといて放り出すのか?

 美人だからって許されると思うなよ。


 彼女は全く悪びれる様子も無い。

 店を出てタクシーを止め、俺を押し込んだ。

 そして、文句を言おうとした俺の唇に指を押し当て言う。


「もう死にたくなくなったでしょ?」


 どうして……分かるんだ?

 戸惑う俺に微笑んで、彼女は名刺を俺の胸ポケットに入れる。


「辛くなったらいつでも来なさい」


 名残惜(なごりお)しかったが、素直に従うことにした。



 ◆



 翌朝。

 酷い二日酔いだった。


 記憶が無いが自宅に帰り着いていた。

 胸ポケットに入っていた名刺。

 彼女との出来事が夢では無かったと教えてくれる。


 名刺と思ったそれはショップカードだった。

 可愛らしいコーヒーカップの絵に【手紙カフェ】の文字。

 住所は意外と近い。


 そこへ行けば彼女に会える。

 いや、でもすぐに行ったら変だよな。

 ストーカーだと思われるかもしれない。


 小さなアパートの部屋。

 引っ越したばかりでまだダンボールが積まれている。


 少し前まではデザイナーズマンションに住んでいた。

 職業はプロ野球選手だった。


 社会人を経てようやく入団出来たのに。

 今年、戦力外通告をされた。


 同時に、彼女にもフラれて。

 プロ野球選手じゃなくなった俺に価値は無いと言われた。


 何もかも嫌になった。

 で、死のうと思った。


 夕方。体調も良くなったのでシャワーを浴びて外出する。

 散歩がてら彼女の店に向かった。


 店に入らなくても姿くらい見れるかも……と考えて、それって完全にストーカーだよな、と苦笑した。



 ◆



 迷いながら辿り着いた町外れの小さなビル。

 一階に彼女のカフェがあった。


 木材が多く使われたナチュラルな外観。

 観葉植物が青々と茂っている。


 しばらく様子を見ていたが、店から出て来るのは若い女性ばかりだ。

 場違い感が凄まじい。


「……帰るか」


 諦めかけた時、店の中から彼女が姿を見せた。

 そして、明らかに俺に向かってにこやかに手招きをしている。

 ほとんど姿は見えていないと思うのに。


「……超能力者か?」


 見つかってしまったから仕方ない。

 そう自分に言い訳して店に向かう。


「来てくれたの?嬉しいなぁ」


 カウンター席に座る俺に、彼女は笑顔で水を出した。

 礼を言って口を付ける。

 ただの水なのに彼女の前だと美味しく感じた。


 他の客は居ない。

 二人きりの空間。

 少し照れくさい。


「えーと。君の名前。昨日、聞くの忘れてた」

(くろがね)

「苗字じゃなくて下の名前」

「……紫信(しのぶ)

「しのぶちゃん。いい名前ね」


 自分の名前は女みたいで好きじゃない。

 しかも【ちゃん】を付けて呼ばないで欲しかった。


「私は七瀬(ななせ)。七瀬さんって呼んで」

「さん?呼び捨てで良いだろ」

「だって私のが歳上だし」


 ウソだろ。その顔で?

 どう見ても二十歳そこそこだろ。


「何歳だよ」

「それは言えない」


 まあ……そうだよな。

 女性に年齢を聞くのは失礼だった。


「しのぶくんは素直だねー」

「……どこが」

「全部」

「……バカにしてるだろ」

「してないよ?素敵だって言ってるの」


 サラッと人を褒めるんだよな、この人。

 だから素直に受け入れられる。


 コーヒーを飲みながら他愛ない会話をした。

 俺も自分のことを包み隠さず話した。

 彼女も大恋愛の末結ばれた旦那さんと死別したこと、ようやく授かった娘が可愛くて仕方ないこと、いろいろ話してくれた。


「再婚する気ないのか?」


 さりげなく探りを入れてみる。

 これだけ魅力的な女性だ。

 狙っている男は多いだろう。


「考えたこと無いなぁ」

「どうして」

「娘がね。物凄い人見知りで。私以外の人に懐かないの」


 なるほど。娘が最優先か。

 当然だよな。


「あ、しのぶくんなら大丈夫だったりして」

「何で」

「なんとなく?」

「……何だソレ」


 娘に気に入られれば彼女と結婚できるってことか?


「しのぶくんは?どうなの」

「何が」

「しばらく女は要らないって言ってたけど」

「……まあ。あんなフラれ方したばっかだし」

「もったいないねー。いい男なのに」


 彼女の心が読めない。

 一般論で言ってるのか、自分の主観なのか。


「七瀬……さん」

「ん?」

「仕事終わるの待ってていいか?」

「いいけど。すぐに娘を迎えに行かないと」

「俺も一緒に」


 どうせバレてるんだろ?俺の下心。

 だったら隠す必要も無い。


「仕方ないなぁ」


 彼女がカウンターから身を乗り出して俺に囁く。


「かなり溜まってるみたいね」

「っ!!」


 直球だな、この人。


「全部出して楽になりたい?」

「……いいのか?」

「しのぶくんならタダでいいよ」

「普段は金取ってんのか!?」

「まあ商売だし」


 ……信じらんねぇ。

 これだけ美人なら高く売れるだろうけど。

 娘が居るのにそんなことしてんのか?


「そろそろ閉店だから。奥の個室で待ってて」


 しかも店内ですんのかよ。

 ……どこでも一緒か。


 個室の扉を開ける。

 そこには無機質なベッドと頑丈そうな木製の椅子が置かれていた。

 整骨院とかにありそうなベッドだった。


「……色気なさすぎ」


 とりあえず椅子に腰掛けて待つ。

 壁に作り付けられた棚には小さな瓶が並べられていた。

 どれも空っぽ。

 何か意味あんのか?


「お待たせ。じゃ、始めよっか」


 軽いな。それだけ抱かれ慣れてるってことか。

 ちょっと幻滅した。


「……って、何してる」

「んー?拘束」


 彼女が俺の手足を、ベルトで椅子に縛り付ける。

 そんなマニアックなのは求めてない。


「そんなことしなくていい。俺は普通に」

「しのぶくん暴れると思うから」

「……どういう意味だ」

「これからね。しのぶくんの中のドス黒い感情を抜き取ります」


 何を言ってるんだこの人。


「怖がらなくていいよ。痛くしないから」


 その笑顔が逆に怖いんだよ。


「上手く出来たらご褒美あげる」


 歯医者に来た子供か俺は。


「何が欲しい?」

「……何でもいいのか?」

「私があげられるものなら何でもいいよ」

「じゃあ……一晩」

「一晩?」

「七瀬さんとの一夜が欲しい」


 言ってしまった。

 激しく後悔したが一度発した言葉は取り消せない。


「んー。わかった」

「……いいのか?」

「私に最高の色を見せてくれるなら」

「……最高の色?」

「私ね。人の感情が色に見えるの」


 信じられる話じゃなかった。


「だから。死の色を(まと)った君を駅で見かけて声を掛けたの」

「何で……」

「目の前で死なれたら気分悪いから」


 なるほど。確かにそうだ。


「少しは元気な色に戻ったけど。まだ辛そうだから。私が抜いてあげる」

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