表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
08 カゾクダンラン (side AYA)
16/20

カゾクダンラン 2

「……彩?泣いているのかい?」


 私はお母さんと紫信さんの人生をめちゃくちゃにしていた。

 知らなかったからでは済まされない。


「私……どうしたらいいですか」

「どういう意味かな」

「もう紫信さんのところへは戻れません」

「戻らなくていい」

「どこか遠くへ行かなくちゃ……」

「行かなくていい。ここに居なさい」

「貴方の世話になる訳には行きません」


 実の父親だとしても、面倒を見て貰おうとは思わなかった。


「私は彩に居て欲しいんだよ。欲しいものは何でも与えるから」


 ……欲しいもの?

 私が欲しいものって……なに?


 私はただ……家族で仲良く暮らしたかった。

 それ以上は望んでないのに。

 それすら叶わない。


 平凡な日常。それが何より幸せなんだって思った。



 ◆



 翌朝。彼は仕事があるからと帰ってしまった。

 広い建物に独り。


 リビングの大きな窓から、ジオラマのような街を眺める。


 これからどうしよう。

 ここに居れば何不自由無く幸せに暮らせるとは思う。


 実の父親だしお金持ちそう。

 でも初めて会った人だし甘えるのは嫌だ。


 知らない街で暮らせば、きっと紫信さんを思い出すことも無くなる。

 大丈夫。私は意外と図太いから。


 あとは大きな問題をどうするか。

 紫信さんは私で充電しないと動けなくなってしまう。


 でも彼はお母さんと離れても普通に暮らしてる。

 何か手はあるはずだ。


 それが子供を産むことだったらどうしよう。

 番って言うくらいだから繁殖が目的なのだと思う。


 ちょっと触られただけで恥ずかしくて消えたくなるのに。

 紫信さんと……子供を作るなんて。


 でも。それで紫信さんを自由にしてあげられるなら。

 私は……。


「……痩せなきゃ」


 どうせなら綺麗な身体を見て欲しい。

 紫信さんは抱き心地がいいって褒めてくれたけど。


 何だか身体が熱い。

 熱でもあるのかな。


 紫信さんに会いたい。

 抱き締めて欲しい。


「紫信さん……」



 ◆



 いつの間にかソファで寝てしまっていた。

 キッチンの方から物音がする。

 そしていい匂いがした。

 シチューかな。


 彼が帰っていたことに気づかなかった。

 もう午後五時。

 私は慌てて起き上がる。


「あの、すみません。寝ちゃってて……」


 広々したキッチン。

 そこに居たのは小柄な女性だった。


 家政婦さんかと思った。

 でも、違った。


「よく寝てたね、彩」


 振り向いた顔。可愛らしい声。


「……お母さん?」


 記憶の中にあるお母さんと重なる。

 これは夢?

 そうだ。私はまだソファで寝てるんだ。


 お母さんが居るはずない。

 ここはお母さんが嫌っている彼の別荘なんだから。


「彩、小さい頃シチュー大好きだったよね」

「……うん」

「苦手なニンジンもシチューなら食べてくれた」

「うん。そうだった」

「今もニンジンが苦手?」

「……ちょっと苦手」


 お母さんが明るく笑う。

 ずっと探し求めていた日常。


 私は後ろから抱きついた。

 子供の頃は大きく見えたお母さん。

 今は同じくらいの身長だった。


「どうしたの、彩」

「……ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「私……紫信さんのこと好きになった」

「知ってる」

「……怒らないの?」


 お母さんがIHのスイッチを切る。

 そして私の方へ向き直った。


「しのぶくんは私が選んだ彩の番。お互い好きになるように出来てる」

「……そうなの?でも、それって本当に好きって言える?」

「本当の好き、って何だろうね」

「それは……自然に惹かれること?」

「そうかもしれない。もし私がしのぶくんを選ばなくて。彩が彼と自然に出会ったら?好きにならなかった?」

「……そんなの分からないよ」

「しのぶくんの顔とか身体とか声とか。ステキよね」


 思い出しただけで頬が熱くなる。

 確かに全部いい。


「たぶんね。私たちは娘に必要な男性を本能的に選んでるの」

「必要な……?」

「それが遺伝子なのか精神的なものなのかはわからないけどね。彩にはしのぶくんが適合したの」

「……そっか」

「しのぶくんが不満なら私が貰うけど」

「っそれはダメ!」


 思わず声を荒らげてしまった。

 冗談に決まってるのに。


「しのぶくんもステキだけど、私には(あおい)さんが居るから」

「……あおいさん?」

一色蒼(いっしきあおい)。私の番」


 蒼さんって名前なんだ、彼。


「お母さん、彼のこと嫌いじゃないの?」

「んー。嫌いでは、ない」

「じゃあ好きなの?」

「好きでもない。なんて言うのかな。同士というか戦友?みたいな感じ」

「そうなんだ」

「顔は好きよ」


 ……私のイケメン好きは遺伝か。


「お母さん」

「なぁに」

「うちに帰って来て。一緒に暮らそう?」

「……怒ってないの?」

「寂しかったし悲しかったよ?でも恨んでない。またお母さんと暮らせたらって。ずっと思ってた」

「お邪魔じゃない?」

「邪魔なわけない」

「ありがとう、彩。でもムリかな」

「どうして」


 お母さんが俯く。

 帰れない理由があるなら知りたかった。


「彩のこと好きだから」

「好きなら一緒に暮らそう?」

「傷つけたくないの。彩のこと」


 どういう意味なんだろう。

 私はお母さんに傷つけられたことなんて無いのに。


「私は大丈夫だから。帰って来て」

「彩はいい子に育ったね。お母さん嬉しい」


 照れくさかった。


「そうね。じゃあ」

「戻って来てくれる?」

「彩」

「なに?」


 お母さんの両手が私の頬を包む。


「お母さんの為に死ねる?」

「え……?」


 冗談……だよね?


「お母さんね。欲しいものがあるの」

「……なに?欲しいものって」

「それは彩の命と引き換えにしか手に入らなくて」

「……ちょっと待って。なに言ってるの?」

「それが手に入れば帰れるの」


 お母さんは別人のように暗い目をしていた。

 ……本気だ。


 お母さんは私を殺そうとしてる。

 夢だよね?嫌な夢だ。


 外で車の音がした。

 彼が帰って来たんだ。


 私は慌てて玄関に向かいドアを開ける。

 そして彼に助けを求めた。


「あの、お母さんが!お母さんが戻ってきたんですけど、様子がおかしくて」

「あぁ。知っているよ」

「どうしたらいいですか!?」

「彩。すまない」


 ……何で謝るの?

 彼が私の耳元で(ささや)く。


「七瀬の為に死んで欲しい」


 お母さんが背後から私を抱き締めた。


「いい子ね、彩。大好き」


 ……紫信さん。

 ごめんなさい。


 私、帰れそうにない。



【続】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ