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蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
06 カリソメミツゲツ (side AYA)
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カリソメミツゲツ 2

 恥ずかしすぎる。消えたい。

 世の中の女性は、こういう甘いシチュエーションをどうやって乗り越えているんだろうか。


 まあ紫信さんが私に触るのは充電目的でもあるよね。

 たぶん九割はソレだ。


「……彩」

「何ですか?」

「大丈夫。何があっても俺が守る」


 紫信さんの気持ちは嬉しいけど。

 守られてばかりの女にはなりたくなかった。

 私が皆を守りたい。


「……私も戦います」


 色が見えるのは私だけ。

 私が先頭に立たなければ。


「紫信さん」

「ん?」

「私のお父さんのこと、お母さんから聞いたことありますか?」


 私が物心ついた時には故人だった父。

 写真が数枚、残っているだけだ。

 とても優しそうな人だったけど。

 お母さんより随分、歳上に見えた。


 親戚なら何か知っているかもしれない。

 少しでも手掛かりが欲しかった。


「……詳しくは知らないが。町医者だったと聞いている」

「お医者さんだったんですか?」

「彼は再婚で。家族が七瀬さんとの結婚を反対したらしい」


 財産目当てとか思われたんだろうか。


「七瀬さんと結婚して数年で彼は他界してしまった。家族から疫病神扱いされた七瀬さんに居場所は無かった」


 ……そうだったんだ。

 じゃあ話を聞きに行かない方がいいよね。

 私は疫病神の娘だから。


「俺にとっては救いの神だけどな。七瀬さんも彩も」


 紫信さん。怖い人だと思ってた。

 こんなに優しい人だと思わなかった。


 心も身体も温かくて泣きそうになる。


「……彩」

「……はい」

「キスがしたい」


 ……はい?


「してもいいな」

「何で勝手に決めるんですか。ダメに決まってます」

「どうして」

「紫信さんまだお母さんと夫婦なんですよ!?そういうのは、きちんといろいろ片付いてからです!」


 紫信さんは残念そうだった。そしてすぐいじける。

 今までのクールな彼とのギャップが凄まじい。

 お母さん以外の女性に興味無いんじゃないかって思ってたのに。


「そろそろ起きましょう。紅林さんが来るかもしれません」

「嫌だ」

「何で」

「もう少し、このままで居たい」

「紫信さん」

「嫌だ」


 駄々をこねる子供か。

 私は紫信さんの腕を解いて一度部屋に戻り着替える。

 鏡の中の顔は泣いたせいか寝不足のせいか、いろいろ酷かった。


 こんな顔、紫信さんに見られたくなかったな。


 顔を洗ってから入ったリビングには、同じく着替えた紫信さんが居た。

 いつ見てもイケメン。ずるい。


「真城さんも呼びますね」

「真城も?」

「彼も危ないかもしれませんし。一応、男性だからいざという時に役立つかも」


 戦力は少しでも多い方がいい。

 そもそも敵が何者なのか分かってないけど。


 外に出るのも怖い。

 けど、敵が誰か分かるのは私だけだし。


「食料品とか買い出しに行かないと」

「お前は家に居ろ」

「私が行くのが一番安全です。相手も人の目があるところで変なこと出来ないと思います」

「店の冷凍庫に数日分の蓄えはある。だからなるべく出歩くな」

「……わかりました」


 お母さんも、もう少し具体的に書いてくれれば良かったのに。

 相手の見た目とか。


「……待てよ。書かなかったんじゃなくて……書けなかった?」


 お母さんも長い間、接触の無い相手なのか。

 あるいは、自由に姿を変えられるとか。


 お母さんの手紙をもう一度、読み返す。


「彩も一人前になったから……紫信さんを自由に」


 一人前、って。成人したから、って意味だと思ってたけど。

 もしかして想墨師として?


 お母さん、私も色が見えるって知らなかったはず。

 だから【色が見えない男】って忠告するのは変だ。


「お母さん……知ってるんだ」


 真城さんから報告が行ったのかな。

 それくらいしか思いつかなかった。



 ◆



 朝八時。紅林さんと真城さんが来てくれた。

 真城さんは両手に大きな買い物袋を提げてる。

 紅林さんが清々しい笑顔で言った。


「しばらく出なくてもいいように、いろいろ買って来たよ」


 さすが紅林さん。しっかりしてる。


「重いんですけど!物凄く!腕がちぎれそう!」

「喚くんじゃないよ悠希。情けない」

「お二人が来てくださって心強いです」

「お邪魔だったんじゃないかい?」

「え?」


 紅林さんが私の耳元に囁く。


「紫信と寝たんだろ?」


 ……何で分かるの!?


「あの……寝ましたけど……何もしてません!」

「何も、ねぇ。首のとこ赤いけど」

「え!?うそ!」


 慌てて玄関の鏡を見る。

 確かに小さな鬱血の痕。


「……いつの間に」

「あれ?彩ちゃん。季節外れの虫刺され?」

「……そういうことにしてください」


 後で説教してやる。紫信さんめ。

 二人をリビングに案内する。

 そして買い物袋から食料品やら日用品やらを出しながら、私は真城さんに視線を向けた。


「あの、真城さん」

「なに」

「私のこと、お母さんに報告してますか」

「報告?」

「お母さん、私が仕事してること知ってて」

「僕は何も。そもそもルート無いし。紅林さんじゃないの?」

「私も七瀬の居場所を知らないからねぇ」


 そうなんだ。


「七瀬さんが知ってるとしたら……たぶんSNSからの情報だと思う」

「SNS?」


 真城さんがスマホを取り出す。

 少し操作してから私に画面を見せた。


 画像には、うちのカフェの外観。

 そして何やらテンション高めの呟き。


「願いが叶う手紙カフェ。結構、話題になってる」

「……うそ。知らなかった」

「そういえば最近、やたらと取材の申し込みが来てたな」

「そうなんですか?」

「全部断ったが」


 バッサリ斬り捨てるのが紫信さんらしい。


「七瀬さんコレ見て、彩ちゃんがお仕事始めたの知ったんじゃない?」

「なるほど……」


 それでお母さんは手紙をくれたのか。


「あ、そうだ。鐡さん。防犯カメラの映像って見れますか」

「あぁ。一階の事務所へ行けば見られるが」


 ……そうか。

 昨日、シャッターを叩いた人物。

 防犯カメラに映像が残っているかもしれないんだ。


「彩ちゃんは映像でも見えんの?色」

「はい」


 荷物を片付けると言う紅林さんを残して、私たちはカフェの事務所に向かう。


「あー、ダメだコレ」


 再生した防犯カメラの映像を見て真城さんは項垂れた。


「雨と風でなんも見えない」

「ですね……」


 この映像では私も判別できない。


「いい手掛かりだと思ったんだけどなぁ」

「いえ。真城さんが言ってくれなければ防犯カメラのこと思いつきませんでした。ありがとうございます」

「え?そう?僕お手柄?」

「はい。思ったより頼りになります」

「……それって褒めてんの?貶してんの?」


 リアルタイムの映像の画面に人影が見えた。

 お客さん……じゃないよね。まだ九時前だし。


 この制服……警察?

 同時にインターホンが鳴った。

 紫信さんが応対してる。


 紫信さんは真剣な表情でやり取りしてた。

 何だろう。


 会話を終えた紫信さんが私に身支度するように言う。

 警察署に呼び出されたって。


「……私、何かしましたか?」

「七瀬さんの行方の手掛かりが見つかったらしい」

「え……」


 この十年。何も無かったのに。


「手掛かりって何ですか」

「詳しいことは署で話すそうだ」


 まさか……。

 私は最悪のパターンを考えた。


「大丈夫だよ彩ちゃん。七瀬さんは無事だ。僕と紅林さんで留守番してるから。行って来て」


 真城さんの笑顔に背中を押されて部屋に戻り身支度を整える。

 鏡の中の自分を見つめて深呼吸した。


 お母さんは生きてる。

 きっと、戻って来る。


 そして紫信さんと三人で家族になるんだ。


 不安は拭えなかったけど。

 私は部屋を出た。


 廊下で待っていてくれた紫信さん。

 彼の色はいつも通りだ。


「行くか」

「はい」


 真城さんと紅林さんに見送られて、私と紫信さんは最寄りの警察署に向かう。

 台風一過の青空。怖いくらい美しい。


 それは一生、忘れられない三日間の始まりだった。



【続】

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