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蝶番~アイノイロ~  作者: 穂紬 蓮
06 カリソメミツゲツ (side AYA)
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カリソメミツゲツ 1

 紫信さんに告白してしまった。

 紫信さんも受け入れてくれた。


 たぶん。


 私にとって彼は初恋の人。

 ずっと好きだった。


 たぶん。


 確信がないのは恋愛経験ゼロだから。

 誰かを好きになって、相手からも好かれるとか有り得ないと思ってた。


 いつもより早く目が覚めて、布団の中で考える。

 紫信さん、本当に私でいいのかな。


 常に仏頂面だけどイケメンだし。

 背も高いし声もいい。


 モテるよね。絶対。


「……待てよ。全部夢かもしれない。起きたら今まで通りの冷たい紫信さんかもしれない」


 不安になってきた。


 ずっとゴロゴロしていたかったけど、そろそろ起きないと。

 部屋着に着替えて廊下を歩いてたら洗面所の前で紫信さんに会う。


「あ……おはようございま」


 言い終わる前に抱き締められた。

 ……え?朝から?いきなり?


 これ夢じゃないよね。

 幸せ過ぎて怖い。


「……よし」


 紫信さんは私の背中を二回叩いて離れる。


「充電完了」


 そうですか。私はモバイルバッテリーみたいなものですか。

 ときめきを返して欲しい。


 そこからはいつも通りの日常。

 テレビの天気予報は台風の接近を知らせていた。


「あまり酷かったら早く店じまいしないとな」

「そうですね」


 リビングの窓から見える空。

 まだ少し青が混じる。


「彩」

「はい」


 今度は後ろから抱き締められた。


「もう充電ですか?効率悪すぎ」

「充電じゃないと駄目なのか?」

「……え?」


 充電抜きで抱き締められてる?

 それって……。


「……あの!紫信さん!」

「何だ」

「これは親子のスキンシップということで宜しいでしょうか!?」


 そう思わなければ耐えられない。

 恥ずかしくて死ぬ。


「まあ……そうだな」


 父親としての気持ちは、すぐに切り替わらないって言ってたくせに。

 嘘つき。


 でも嬉しかった。

 大切にされてる感じがして。


 紫信さんは今までも私を大切にしてくれてたけど。

 何か違う気がする。



 ◆



 店に居ても頬が緩む。

 人生で今が一番幸せ。


 真城さんが恋に生きる気持ちも今なら理解できる。


 今日は天気が崩れそうだからお客さんはいつも以上に少なかった。

 少し早めに店を閉めて一階のカフェに下りる。

 こちらも閑散としていた。


 雨雲の接近を知らせるように風が強くなる。

 今にも降り出しそうだ。


「紫信さん。そろそろ看板とか、しまっていいですか?」

「あぁ。頼む」


 店の外に出て置き看板を畳む。

 飛ばされそうなものは全て店内に入れよう。


 観葉植物の鉢を持ち上げようとしたら、誰かが歩み寄って来た。

 見上げた先には見知った顔。


「真城さん。こんにちは。ちょうど良かった。手伝って貰えますか?」


 彼の顔にいつもの笑みは無かった。

 無表情で私を見下ろしている。


「……真城さん?」


 真城さんは黒いメッセンジャーバッグから真っ赤な封筒を取り出すと、私の前に差し出した。


「郵便です」


 怯えながら、私はその大きめの封筒を受け取る。

 切手も消印も無い手紙。

 差出人の名前も書かれていない。


「あの……これ……」

「裏ルートの速達で届いた。赤だから緊急レベルは最上級」


 真城さんの言っている意味が分からなかった。


「七瀬さんからだよ」

「……お母さん?」


 大粒の雨が降り出した。

 真城さんは一度頭を下げて、傘もささずに帰って行く。


「彩。どうした」

「……紫信さん」


 私のただならぬ様子に紫信さんも気づく。

 店に入りドアを閉めてシャッターを下ろした。


 私は封筒を手に震えていた。

 嫌な予感がする。


「彩。何があった。その封筒は何だ」

「真城さんが……お母さんからだって……」

「……七瀬さんから?」

「どうしよう……お母さん怒ってる……」

「何でそう思う」

「だって。私、紫信さんのこと好きになったから」

「落ち着け。開封してみよう」


 紫信さんがレターオープナーで封を切った。

 中には紙が二枚入っていた。


 一枚は手紙。

 そして、もう一枚は。


「……離婚届?」


 血の気が引いた。

 お母さんと紫信さんが離婚するなんて想像もしなかった。


 手紙を読むのが怖かった。

 お母さんは私を憎んでいるかもしれない。


 それでも読まなくては。

 きっと大切なことが書いてある。

 意を決して白い便箋を広げる。


 手紙は私と紫信さんに対する謝罪から始まっていた。

 失踪したこと。そして理由は言えないこと。

 それから、紫信さんを自由にしたいと思っていること。

 今まで私を育ててくれたことへの御礼。


 最後に赤い文字で書かれていた警告。


「色が無い男に気をつけて……」


 どういうことだろう。

 紫信さんも眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


 何か嫌なものが蠢いている。

 そんな感覚が私を支配した。


 突然、外からシャッターが叩かれた。

 何度も、執拗に。


 紫信さんが店のドアに近付こうとしたから引き止める。


「ダメ……開けないで」

「大丈夫。少し様子を見るだけだ」

「お願いだから!」


 私の怯え方が異常なことに紫信さんも気づいた。


「……分かった」


 彼は私を店の奥の個室へ連れて行く。

 そして中からしっかり施錠した。


 音が遮断されて少しだけ安心できた。

 それでもまだ身体が震えている。


「……彩」

「……ごめんなさい……もう大丈夫です」


 強がって見せたけど、内心怖くて仕方なかった。


 紫信さんが抱き締めてくれた。

 それでも恐怖心は消えない。


 よく分からなかった。

 でも、これはお母さんの恐怖心だと思った。


 お母さんが感じた恐怖が、そのまま私の中に流れ込んでる。

 紫信さんにしがみついて、私は子供みたいに泣いた。


 どれくらい、そうしていただろう。

 何時間にも感じられた。


 店の外の嫌な気配はいつの間にか消えていた。



 ◆



 辺りはすっかり暗くなっていた。

 三階の自宅に帰ると紫信さんはカーテンを閉める。

 窓に雨が叩き付けて不気味に鳴ってた。

 私は力無くリビングのソファに座って封筒をテーブルに置く。


 何が起きているか分からない。

 でも、何かが変わり始めてる。


「しばらく店は閉める。安全だと分かるまで」

「……ごめんなさい」

「気にするな。大丈夫だ」


 私の頭を撫でて、紫信さんは紅林さんに電話をする為にリビングを出て行った。

 お母さんはどんな気持ちでこの手紙を出したんだろう。


 紫信さんのこと愛してなかったの?

 私を育てさせるために利用したの?


 手紙にも書いた人の色が見える時があるけど。

 お母さんの手紙からは何も読み取れなかった。


「明日の朝、紅林さんが来てくれるそうだ」

「……そうですか」

「彼女も色が無い男に心当たりは無いらしいが。居てくれたら心強い」

「そうですね」


 紫信さんは離婚届を手にダイニングテーブルへ。

 そして胸ポケットからボールペンを出して当然のように記入し始めた。


 ……嘘でしょ?

 そんな簡単に別れるの?

 紫信さんお母さんのこと愛してなかったの?


「……待ってください!もうちょっと考えてください!お母さん帰って来ます、きっと!そしたら元通りに」

「それは無理だ」

「どうしてですか!?」

「俺はお前のものになった」


 紫信さんは平然と言った。

 それでいいの?


 私は嫌だ。

 親子三人で、普通の家族になりたかった。


 私が紫信さんを好きになったから。

 バランスを崩してしまったから。

 こんなことになったんだ。


「七瀬さんは全て分かっていたと思う。だから俺と結婚したんだ」

「そんなの……お母さんのワガママで紫信さんの人生を奪っただけじゃないですか」

「奪われたとは思っていない。むしろ感謝している」

「……感謝?」

「七瀬さんと彩に出会えたから、俺は前向きに生きることが出来た。でも父親としての俺の役割は終わったんだ。これからはただの男として彩と歩みたい」


 それが紫信さんの本心なのだと思った。

 だからもう、止めなかった。



 ◆



 翌朝。台風が去って嘘みたいな日差しが降り注いでいた。

 昨夜。私は紫信さんの部屋のベッドで寝た。

 何もしない。一緒に寝れば充電にもなるからと押し切られた。


 私も一人になりたくなかったから助かった。

 緊張してほとんど眠れなかったけど。


 紫信さんは後ろで爆睡してる。

 大人の余裕ですか。憎たらしい。


 私はまだそんなに生きてない。

 でも色が無い人は見たことが無い。


 個人差はあるけど、みんな何かしらの色を纏って暮らしてる。

 色が無い人なんて居るのだろうか。


 姿を隠してるお母さんが忠告して来るくらいだから、きっと物凄く危険な人なんだと思う。

 紫信さんに何かあったらどうしよう。

 真城さんや紅林さんも狙われるかもしれない。


 相手の狙いが私なら。

 私だけ犠牲になれば済む。


 皆には手出しさせない。絶対に。


 紫信さんが背後から私を抱き寄せた。

 そして耳元で囁く。


「おはよう、彩」


 全身の血液が沸騰した気がした。

 恋に不慣れな私には刺激が強すぎる。


「よく眠れたか?」

「……ほとんど寝てません」

「そうか……あんな目に遭ったんだ。無理もない」


 九割は紫信さんが隣で寝てたせいです。と言いかけてやめた。


「彩は抱き心地がいいな」

「……そうですか?」

「柔らかくて……いい匂いがする」

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