ようこそアルハザールの風へ!
「話がそれてしまったな、自己紹介も済んだことだ、道すがら説明をしてやろう、スゥよ『騎竜』を」
「はい、お父様」
スゥはポケットから犬笛のようなものを取り出し吹いた、ピィーという甲高い音がなる。
「クルル、クルルガァ!」
何処からともなく鞍がついた恐竜のような生き物が一頭現れた、大きさは馬よりも大きいぐらいで二足歩行だ、映画で観たヴェロキラプトルに似ている、目に見えて違う所といえば羽毛が生えていてさわり心地がよさそうなところだ。騎竜ってことは乗れるってことなんだろうけど素人が跨って大丈夫なんだろうか。
「俺、馬にすら乗ったことないんだけど大丈夫なものなの?」
「はい、二人乗りの騎竜ですし、シラカミさんは後ろに乗ってしっかり掴まってもらえれば王都までなら十分もちますよ」
説明しながら騎竜をしゃがませて、乗れる状態にしてくれているスゥはたまに抜けている以外は要領のいい子なのかもしれない。
でも掴まる、どこに? 女の子との二人乗り、二人乗りといえば後ろの人間の手は腰に回してホールドするものではないのか…? これは異世界ラッキー来た!
そんなこんなな妄想をしていたら、スゥの声で現実に戻された。
「ではシラカミさん、後ろにどうぞ。後ろのサドルに跨り鐙に足を入れてもらって、目の前のホーンを掴んでください。 ホーンが掴みにくかったり疲れてきたら後ろにあるバーも掴んでもらって大丈夫ですので、楽な姿勢を取ってくださいねー」
現実はそんなに甘くはなかった、でもなかなか乗り心地は良い二足歩行だからもう少し不安定かと思っていた。馬もこんな感じなのかな。初めての騎竜にひたっていると目の前にスゥがひょいと飛び乗ってきた、契約書のお父様はスゥのポケットにしまわれたらしい。
「それでは行きますよー!ハイヤー!」
「クルルー!」
スゥの掛け声で騎竜が走り出す。おお!速い!風を切る感じが心地がよい。そしてなにやら腰の辺に硬いものが巻き付くのを感じる、ほんのりと温かい。スゥの尻尾が巻き付いていた。
「これでシラカミさんが落ちる心配はありませんね」
「ありがとうスゥ、頼りにしてるよ」
どうやら俺の異世界生活は始まったみたいだ!
「オホン、ではそろそろ説明してもよいかな、景色でも眺めながらの旅のスパイスには調度だろう。」
忘れていた、なんならお父さんが見てるのに尻尾に巻き付かれているのはなんだか気まずいような気もするが、スゥが気にしてないところをみるに種族的には普通のことなのかもしれないな。
「まずは『契約』についてから話そうか、この『契約』というのは魔力的な契約のことを指す。我の契約の場合は、お主のような転移者や転生者をアルハザールの風まで安全に連れて行くという契約になる。これを結び契約すると、契約者は我と魔術的な繋がりを持ち我の魔力で守られる事になる、当然対価はいただくがな」
「なるほど、それであの時(仮)でもアルハザールさんと契約できたから、風の魔術で助かったってことなんですね」
「その通りだ、なかなか物分りがよい、見どころがあるぞ。ただあの魔術は我の契約書をもとにお主が独自に発動させたような形跡がある」
「それが記号魔術ってことなんですかね」
「そうだな、おそらくそれが記号魔術なのだろう、我が使う契約魔術ではなく契約書の文字自体を媒介にした魔術のようだな。推察するに契約書に書き込まれた記号から魔法や魔術を吸い出し行使できるような術だ、触媒にする契約書に編み込まれた魔力が強力で有れば有るほど力は増すというわけだ」
つまり魔力を込められた文字が有ればそれを書いた人の魔法や魔術が使いたい放題ってことか、本や書面を手に入れなければいけないけど、これもしかして結構強い能力なのでは?
「なかなか便利な魔術ではあるが、今どきこちらの世界でも魔力で書かれた書物など簡単に手に入る物ではないからな、あまり浮かれ過ぎんように」
「アルハザールさんは心も読めるんですか!?」
「お主は顔に出しすぎだ、心を読むまでもないわ」
また異世界に浮かれて恥ずかしい思いをしてしまった。
そういえば聞き忘れていた対価のことを聞いておこう、もしもの場合ってこの世界ではクーリングオフできたりするんだろうか。
「ところで対価というのは具体的にはどのような物なのでしょうか…?」
「我の場合はだいたいは金かそれに準ずる物だな。そもそもこの契約は、転移者や転生者の安全を確保するためのもの、対価は後払いでもかまわんし、なんなら政府からの補助金でも払えるぞ」
スゥさんや最初にこの説明があればもっとサッとサインできたものを。政府から補助が出てるとなると、この世界では転生者や転移者は存在は一般的にも知られてるんだな。異世界から来たというだけで補助が出るんだから十分特別扱いでは有るけど。
「異世界から来たってだけで、政府から補助が出るのはなんだか申し訳無い気もします」
「この世界は転生者と転移者によって発展した世界、それと同時にその者達によって何度か危機に陥った世界でもある。それ故、政府や諸侯の王族などは気をつかっておるのだ」
なるほど、それで転移者や転生者を把握しておきたいのか、補助の代わりに管理をしたいって感じか。
「ところで、転移者よ我の契約はアルハザールの風についたところで終わり、この契約書もそこで燃え尽きるだろう。 そこでだ、我と正式に契約を結ぶつもりはないか? お主の魔術の発動にも触媒が必要であるし、我のような偉大なる魔導家からの契約書があれば強大な魔術が使えてお主もなにかと便利であろう?」
願ってもない申し出に心が高鳴る、二つ返事で受けたいところなんだけどやっぱり『契約』って文字が気にかかるよなぁ、アルハザールさんは親切だし、いい竜っぽいけど、やっぱり対価は必要なわけで、異世界に来たばっかりで仕事も稼ぎも無いのに対価は払えないだろうし。でも『魔術』魅力的だよなぁ、魔術が有ればそれで食い扶持が稼げるかもしれないし、スゥも魔術は才能って言ってたしなあ…。
「対価の心配をしとるのか? それなら心配は無い、我と労働契約を結ぶのだ、異世界で仕事を探す手間も省けるし、我もアルハザールの風の従業員を探しておったところよ。今なら事務所の二階も空いておるから寝所もついてくるぞ?」
「シラカミさん、アルハザールの風に来るんですか!? 嬉しいです!」
スゥが笑顔で振り向いた、それが決め手だった、女の子の笑顔はずるい。
「『契約』結びます!」
スゥの尻尾の先が嬉しそうにピコピコ動いている。
「うむ、『契約』成立じゃな、正式な『契約書』はアルハザールの風の事務所に付いたときに、渡せるようにしておくとしよう。では我は契約書の作成があるゆえここで去るが、わが領内の美しき景色を是非楽しんでくれ」
あらためて視線を景色に戻す、一面の草原に澄んだ空、騎竜に乗って感じる風と若草と土の匂い。旅行の楽しさなんて随分前に忘れていたけど、こういうことなんだろうな。巻き付いているスゥの尻尾の温かさがなんだか心地よい。
「シラカミさん、そろそろ王都が見えてきますよ。夕暮れまでには着きそうです」
危ない寝るところだった、落馬ならぬ落竜体験は冗談じゃすまない。
遠くにヨーロッパ風の街並みと点在する城壁が見える、ほぼ想像してたとおりだ。新しい人生の出発点、その景色を目に焼き付ける。明日からは新しい職場で新しい環境、異世界ライフが始まる。
いやでも、労働条件ぐらいは聞いておくべきだったかもしれない。




