旅の準備は万全に
球体から飛び出したスゥは、放たれた弓矢のような速度で、爆発魔法を放っていた魔法使いに迫り鋭い一撃を放つ、速度が乗ったパンチは防ごうとした魔法使いの杖ごと粉砕し、吹き飛ばした。魔法使いの援護に入ってきた、ならず者達もまったく相手になっていない。襲撃者は皆、顔を何かで隠している素性が知られたくないのだろうか。
「すげぇ…本当に強いんだな、これは頼もしい」
「感動してるところ悪いが、少し大人しくしててもらおうか、死なれちまうと価値が薄くなっちまうんでね」
背中に冷たいものが当たるのを感じる、これはきっと刃物なんだろうな…。
「おい! そこのトカゲのお嬢ちゃんもそこまでにしときな、こっちをよく見てもらおうか!」
「いつの間に、どうやって中に入ったんですか!? シラカミさんを離せ!」
「拾っちまったもんは俺のもんさ、それに俺の『隠密』スキルを舐めてもらっちゃ困る、忍び込むのは俺達、盗賊の十八番だってことよ。この転移者様のステータスを見る限り『契約』はまだみてぇだな。こいつは俺達『黒鉄の蠍団』が頂いていくぜ、じゃあな! これはいい金になりそうだ」
背中に刃物を突き付けられている以上俺に選ぶ権利はないんだろうけど、最後のいい金になりそうだのセリフが不穏だし、見た目で判断するのは良くないが『黒鉄の蠍団』の皆さんの見た目がわかりやすく、ならず者で正直、付いて行きたくはない。顔を隠している時点で、顔を明かせないような事ってことだ、明日には奴隷として売られてしまうかもしれない……。
「一つ、お聞きしたいんですが、わたくしめは連れて行かれた後どうなってしまうんでしょうか…?」
「どうなっちまうんだろうな? 俺達は商品の過去と未来は聞かない決まりになってるんだ」
がっくりと肩を下ろす、ならず者のプロ意識なかなかに高い、これが異世界クオリティなのか…。チートスキルとまでは言わないが、せめて魔法の一つでも使ってみたかったな、そういえばスゥが触媒がなんとか言ってたな…、そして俺の左手にはマジックアイテムと思わしき契約書………。
腹は決まった。
左手に意識を集中させてみる、なにか力のうねりのようなものを感じた、そしてそれと繋がった感覚の後、吹き荒ぶ風の映像が脳裏に過る、後はタイミングだ。
「おい! こいつを縛って逃げられないようにしろ。お前は負傷者の回収、お前達は足を回せ撤収するぞ」
背後のリーダー格の注意が一瞬逸れた。
「うぉぉぉ!風よ吹けぇッ!」
風は俺の予想より遥かに強く吹き、周りにいた荒くれ者共を吹き飛ばした。
「馬鹿な、そんなスキルも、『契約』も無かったはず!?」
リーダー格の男の声が離れて行く、これで背中の安全は確保できた。
「悪いね、どうやら俺は本番には強いタイプだったみたいだ」
「シラカミさん、ご無事ですか!? 一時はどうなることかとぉ!」
スゥが残りの荒くれ者を殴り飛ばしながら走り寄ってくる、心配かけてすまないな、なんとご無事です。今は上機嫌だから「お守りします!」と言っていたことは忘れておいてやろう。荒くれ者たちもリーダーがいなくなったからか、散り散りに退散していくし、これで安全だろう。
「シラカミさん、怪我はありませんか? 申し訳ありません。守ると言っておきながら、こんなことになってしまって……」
スゥはちょっとヘコんでいる、ここは年長者の余裕を見せてやるか。なにより無事で怪我もないんだしスゥが気分を落ち込ませる必要なんてない。気になることもあるし、話題を振って空気を変えていこう。
「いやぁなんとかなったよ、とりあえずは無事だし。ぶっつけ本番でも魔法使ってみるもんだなー!やっぱり触媒ってのがないと、魔法は使えないものなのか?」
「シラカミさんが使用したのは触媒を媒介にした『魔術』の方だとは思います。『魔法』自体は触媒がなくても使い方を学べば使用できますので、お怪我がないかも気になりますし、少しステータスを調べてみてもいいですか?」
「頼むよ、詳しい人に見てもらえるならそれが一番だ」
スゥは不思議そうな顔をしながら俺の周りをぐるっと一周し怪我がない見て回ってくれている、手元で半透明の板のようなものを操作しているが、あれはもしかしてステータスウィンドウなるものでは!?
「スゥさんやその半透明の板みたいなやつは俺でも出せたりするの?」
「はい、これは『タブレット』っていうマジックアイテムを利用していますので、シラカミさんでも『タブレット』さえあれば使用できますね。魔法の上手い人や魔力の高い人は鑑定のスキルと魔法を組み合わせて自前で出しちゃう人もいるんですが、私はこっちの方が手軽ですので」
こっちでいうスマホみたいなものか、空中ディスプレイとかホログラムみたいでこっちの方が便利そうだな。ステータス見る以外にはなにが出来るんだろうか、こういう異世界便利アイテムは一家に一台ほしい、町で買えたりするんだろうか。
「うーんと、怪我はないみたいですね。後はステータスの欄に『記号魔術(仮)』というのが有るのですが、これでお父様の『契約』なしで先程の嵐の魔術を使えたみたいですね。すごいです!『魔術』が使えるのは才能と言われているんですよ!」
「そうなの!?」
やっと異世界転移らしくなってきた!(仮)という文字が気にはなるが魔術は魔術だし才能は才能だ、欲をいえばあんなスキルやこんなスキルのチートが欲しかったが無いよりはマシ!それに、これから増えるかもしれないし。ところでさっきからみんな言ってる『契約』って結局なんなんだろう。
「ところでスゥ、さっきからみんなが言ってる『契約』ってなんなんだ?」
「それはですね〜」
「それについては、特別に我から話してやろう」
絶対にスゥの声帯から出ないような野太い声がしたかと思うと契約書が蛇のように動き出した、びっくりして手を離すと契約書はひとりでに宙を舞い、調度いい距離でスクロールして止まった。浮いて動いて喋るとは流石異世界、流石マジックアイテム。
「その声は、お父様!」
スゥのお父様らしい、通りでダンディなお声なわけだ。
「スゥよ、あれほど先に『契約』をせよと言ったではないか。今回はこの者に才能があったゆえ、仮契約という形で助けることができたが毎回はこうもいかぬぞ。」
「はい…申し訳ありません……」
「そして仮契約者殿、娘がご迷惑をおかけした」
「いいんですよ、見ての通り怪我一つ有りませんから」
「ふむ、仮契約とはいえ我の魔術、流石の効力よの。傷ひとつついておらぬ」
謝ったと思ったらすかさずの自画自賛、スゥのお父様はちょっと自意識が強い方らしい。
「自己紹介が遅れたな、我の名は『アル・アルハザール』風を司りし偉大なる風龍、そして流浪の民の長にして南方の守護者だ」
すごいドラゴンでした、これはきっとグレイトとかエルダーとかのドラゴンの方だ。




