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言葉


 白を基調とした高級感のある内装の執務室、その部屋のどの小物一つ取っても安物はないだろう。その中心に寛いで座る男がいる。

 歳は初老ぐらい浅黒い肌に顎髭を蓄え貫禄のある整った顔立ちをしている、風竜の大渓谷の竜人の祖、アルハザールその人である。

 アルハザールは遠隔で黄金のハープを奏で作曲に慈しみながら、羽ペンと紙を宙に浮かし、いくつもの書類を全て魔法で同時に処理している。


 不意に執務机に飾られた金細工でできた鈴虫が鳴き声をあげる。


「また盗人か、そろそろ見せしめに数人酷い目に合わせなければいかんかもしれんな」


 アルハザールは作曲の手を止め、鈴虫を手に乗せる。鈴虫は鳴き声を止めいくつかの映像と情報をアルハザールに投写した。


「ほぅカジノか今日は奴らがおったな、また変なやつらに絡まれおって。なにか持っているのか奴らは……しかし、ふむ動ける時に動いておくか」


 アルハザールが合図をすると、メガネをかけた利発そうなドラゴニュートの女が一人執務室に入ってくる。


「お呼びですね、アルハザール様」


「よく来てくれたシャザよ、私は少し留守にする何かあったら任せる」


「お召し物はこちらに、ご用意させています。行ってらっしゃいませ」


「助かる」

 アルハザールが指を鳴らすと服装が白と若草色の民族衣装に代わった、もう一度指を鳴らすと姿は消えていた。


 一方アルハザールの風の執務室、店長バル・バルティアルは雑誌を頭に乗せ椅子で昼寝を決めている。


「起きろバル、やることができた」

 地を這う風鳴のように低い声がバルの至福を終焉へと誘う。


 バルは飛び起き、そのまま直立の姿勢で固まる。

「おっお父様!? 何故こんな所に、いらっしゃるので有れば。ご連絡いただければ準備できましたのに」


「よい、姿勢も楽にせよ、今はそんな時ではない。バルよその腕っぷしを貸せ」


 バルの目に熱が入る。

「なにか、問題が発生したので……?」


「お主の所の部下二人が、少し面倒事に巻き込まれたかもしれん」


 バルは片膝立ちで跪き、掌と拳を胸の前で合わせ誓った。

「このバル・バルティアルはお父様の忠実な爪であり牙になりましょう」


「では行くとしよう」

 アルハザールの指が鳴る。





 スゥの掌打が地面を弾く、隆起した瓦礫はサクラに襲い掛かかる岩槍の波となり、乾いた砂埃を舞い上がらせた。咲色の残光は瓦礫をバターよう用に斬り裂き、砂埃さえも空間を割くよう切り分けられた。


「さっきから、お嬢ちゃんなかなかやるね、筋は悪くない。けどもっと積極性を出さないと、思いは伝わらないよ?」

サクラは間合いの遥か外にいるスゥに向かって水平斬りを放つ。


『飛剣春風』


 桜色の斬撃がスゥに向かって飛来する。


「褒めてもらってありがたいのですが、言ってる意味はわかりませんし、技名を叫ぶ意味もわかりません!」 


 スゥは飛来する斬撃を前進し潜って避け、間合いを詰めにさらに踏み込む。追加で放たれた地を這う飛剣が獲物を狙う鮫のようにスゥに襲い掛かる、ギリギリのサイドステップで躱しさらに詰める。後二歩、後一歩と刀の間合いに近づくにつれ、チリチリと首筋に嫌なプレッシャーを感じる。白い光跡がサクラに迫る。


 スゥが死線に踏込む、ここでの一手、ここでの一歩。勝負の終わりは近い。


 サクラは竜人の少女の速さに少し驚いていた、ファーストコンタクトの時より遥かに速い。おそらくその後の攻防の時に巻き上げた砂埃で視界を奪い、その隙に何か肉体強化を仕込んだのだろう。


 だがその程度ではまだ届かない、死線など最初から無いのだ。

 

 相手の狙いはこちらの刀を振らせないこと、ならばと手首を返し刀から手を離す、下段から振り上げた腕の位置は鳩尾よりやや上、半歩踏み込み鎖骨にめがけて肘を落とす。

 お互いの前腕がかち合った、そのまま相手の速度を利用し後ろに流し、左足で踏み込み拳を打ち込む、竜人の少女はくの字に悶えながら吹き飛ぶ。脇腹に撃ち込んだ左の拳には破壊の感触がしっかりと残っていた。


『桜花・発勁拳』


「技名ってのは叫んだほうがかっこいいだろ? それに言の葉で口に出すって意味は大きい、まぁこの言の葉が聞こてえるかは、わからんがね」


 うずくまるスゥに駆け寄る、息は有るが上手く呼吸は出来ていない。口の端から赤い液体が漏れ出る。

「大丈夫か!? スゥ」


「シラカミさん……」

 答えるスゥの目は虚ろで焦点があっていない、俺の震える手を小さな手が掴む、冷たく弱々しくなっていく。


「逃げて……ください」

 スゥの意識が途切れた。


「でも、だって、そんな……!」

 体が動かず考えがまとまらない、スゥは俺を守ってくれただけなのに、こんなのってないだろう。さっきまで二人で観光してたのに、今はなんで、こんな、俺のせいで、スゥは、スゥは…………。俺はなんて情けないやつなんだ。


「別れの時間はそれぐらいにしてくれ、そろそろ警備が戻ってきちまう。 大人しく付いてきてはくれねぇか? 同郷のあんちゃんに酷いことをしたくはない」


「くっ!」

 せめて、一死報いるつもりで拳を振り上げる。


「あんちゃん、それは駄目だよ、あんちゃんじゃ勝てない。それに嬢ちゃんは、それをわかって逃げろと言ったんだ。人の気持ちは汲むべきだと俺は思うけどね。」


 サクラの瞳と言葉が俺に突き刺さる、軽蔑されているのはわかっている、勝てないのもこの行為が無駄なのも。でも逃げろと言われて、走って逃げれないのは自明だ。やり場のない拳に力がこもる。


ふん!


 自分の頬を思い切り殴りつけた、今一番情けない奴に一発食らわせてやったのだ。


「あんちゃん、錯乱してるのかい?」

 サクラの声からは困惑と哀れみを感じる。


「いや正気さ、俺はあんたに付いていく。だけど一つ約束してくれ、スゥを助けて欲しい。」


「……交渉のつもりかい? その気になればあんちゃんを力づくで連れて行くなんてワケはないんだよ」

 サクラの声にはまた侮蔑の色がこもる。


「いや、本気だ。俺を生きて連れてかなきゃ行けないんだよな?」

 魔術は才能、やってみたら意外とできるものだ、右手に風の刃を作り出し自分の首筋に向ける。


「回復薬ぐらいなら、持ってるだろ?」

 我ながら情けない交渉だ。


「…………それがアルハザールの魔術の片鱗か、まぁ俺にはよくわからんが。 わかったよ、あんちゃんの気持ちを汲もう、ただし、男と男の約束だぜ?」

 サクラは懐から大きめのアンプル瓶を取り出し栓をへし折ると、中身をスゥにふりかけた。スゥの呼吸が戻り、肌に血の気が戻る。


「約束は約束だ」


「俺はあんちゃんのこと好きになれそうだよ、じゃあ行こうか。」

 サクラは編笠を拾うと歩き出す。砂漠の夜は冷えこむが、星はよく見えた。


「さよならスゥ、短い間だったけど楽しかったよ。それにいつも守ってくれてありがとうな、頼れる先輩だったよ。」


 風が吹き込んだ後、誰もいなかった背後から砂を踏む足音が聴こえてくる。


「ふむ、その約束は不当契約だ、今すぐ破棄させて貰おう。それに、そやつの所有権は我が持っておる。話があるなら我を通すのが筋だとは思うがな」


 聞き覚えのある声が風鳴のように響く。


「アルハザール本人か、これはこっちの契約外だけど……こんな機会は、きっと生涯一度だもんなぁ……」


 脱力したサクラの姿が消え、次の瞬間にはアルハザールに斬りかかる。火花が散り、金属同士がぶつかる鋭い金属音が響きわたる。


「痴れ者が、身の程をわきまえよ。」


 アルハザールの前に立つバルが、サクラの一撃を素手で弾いていた。闖入者に警戒しサクラは飛び退く、両者の距離が離れ仕切り直しになる。


「あんたなら、あんたなら……俺の死に場所になってくれたかもしれねぇのに邪魔をするなよ、筋肉達磨が」


「悲しいなぁ、僕じゃあ不足かい? 見た感じ君となら盛り上がると思うんだけど」

 バルは腰を落としレスラーのように構える。


 サクラは刀を上段に担ぐように構えると前に倒れこんだ、桜色の残光が煌めき、バルの体から鮮血が吹き出る。


『桜花・四連』


 技の終わり残身を残すサクラの腰に背後から丸太のような太い腕が巻き付く。


「鋭いけど、その程度では本気で硬めた竜人を斬るには足らないよ。それに、技名はでっかい声で叫んだほうが勝つんだ」


『ドラゴンバックドロップ!!』


 デカい声と激しい衝撃がサクラを襲い地面ごと粉砕される、地面だったものに叩き付けられたサクラは跳ね上がるように立ち上がり距離を取る、頭部から血が流れ出ていた。


「役不足というのはこういう時に使うんだったかな」

 頭部から流れ出る鮮血を拭うサクラはどこか嬉しそうに笑う。


「どっちの意味で君が使ってるかはわからないけど、まぁ合ってるとは思うよ。僕は強いし、でもうーんちょっと投げそこねたかな」


 バルは首ブリッジの姿勢でしっかりとサクラを見据えていた。切られた傷はもう治りかけている。

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