第五十六景【友】
それぞれの形で。
「おつかれー」
「じゃあまた」
笑顔で仲間たちに手を振って、自室に戻ってきた少年。ぱたりと扉を閉めた音を境にその顔から笑みが剥がれた。
荷物を放り出し、まだ明かりもつけない薄暗い部屋の壁に背を預ける。堪えるように瞳を閉じて深く息をつき、そのままズルズルと座り込んだ。
脳裏に浮かぶのは同い年の少女の姿。
「……やっぱフラレた、かぁ……」
うつむき呟くその声には、それでも後悔は微塵も含まれていなかった。
今にして思えば一目惚れだったのだろう。
初めて見た時にかわいい子だと思った。
最初はただそれだけの気持ち。顔を見られるのが幸せで、言葉を交わせると嬉しくて。
そのうち話せるようになってくると、彼女の性格や考え方に惹かれ始めた。
明るくて誰にも優しく、人のことをよく見ていて、自分の考えをしっかり持っている。
人の言うことを確かめもせず鵜呑みにし、彼女を含め多くの人に迷惑を掛けてしまった自分からは、とても眩しく見えた。
時間はもう戻らないから、やってしまったことを認めて進むしかない。許してもらえたことを受け入れて、あとは自分にできることをすればいい。
今更の罪の意識に苛まれる自分たちに、彼女が告げた言葉。
ほかでもない彼女にも迷惑を掛けたというのに、そうやって償う道を示してくれて。
自分たちならそうできるのだと、迷いもせずに信じてくれた。
―――自分が本気で彼女を好きになったのは、おそらくその瞬間。
優しく強い彼女への尊敬と、信じてもらえる喜びと、浅はかだった自分への落胆と、これからへの決意と。
ごちゃまぜの感情の渦の中、どこかふんわりしていた気持ちが宝物のように強く輝き出した。
そう自覚はしたものの、多くの人に迷惑を掛けた自分にはまだ彼女に「好きだ」なんて言う資格がない。
心を入れ替え、然るべき処分を受け、きちんと罪を償えたら話を聞いてほしいと伝えておいた。
おそらく透けて見えていただろう自分の想い。
ほとんど告白したようなものだったのかもしれないが、それでも明言はできなかった。
彼女も詳しく聞こうとはせず、ただわかったと頷いてくれた。
これまでずっと、彼女が自分を見る眼差しに恋情はなかった。
それでもこれで会えない間も少しは意識してくれるかもしれない、なんて。そんな打算が全くなかったとは、多分言えない。
戻ってからは今まで以上に真面目に過ごした。
遠方に住む彼女とはそうそう会えない。次の機会が必ずあると信じて、その時の自分にできることをこなしていった。
庇ってくれた人たちのお陰で処罰も軽く済み、幸い半年ほどでまた彼女の住む町へ行く機会を得られた。
これでようやくはっきりと想いを伝えることができる。
そんな浮かれた気持ちはすぐに粉々に砕かれるなど、思いもせずに―――。
慌ただしい足音が近付き、ドンドン、と少々乱暴に扉が叩かれた。
苦い記憶から引き戻された少年は、乱暴に顔を擦ってゆっくりと立ち上がる。
誰が来たかはわかっていた。
自分が彼女に告白することを知っている友人たち。
自分と同じく彼女の言葉に救われた五人だった。
すっかり暗くなっていた部屋に明かりをつけ、細く扉を開けるとすぐに引っ張られた。大きく開いた扉からわらわらと五人がなだれ込んでくる。
「戻ったって聞いたから」
「……どう、だった?」
「いやもうその顔でわかるって」
口々に好き勝手なことを言うものの、その瞳は心配そうに自分に向けられている。
落ち込む心には少々温かすぎる眼差しに、少年は取り繕うのを諦めてくしゃりと表情を歪めた。
「……好きな人、いるんだって」
呟いた途端に溢れた雫に、前に立つ五人が一斉に手を伸ばす。
「泣け泣け。泣いちまえ」
「そうそう。いくらでも聞くからな」
五人にもみくちゃにされるうちに、次第に泣き笑いになる少年。
こうして駆けつけてくれる友がいる。
その頼もしさが嬉しかった。
この場所でやるべきことを終えたら、約束通り話を聞いてほしい。
再会してすぐそう伝えた自分に、彼女はわかったと頷いてくれた。
この約束を支えに頑張ってきた。
すぐに報われるとは思えないが、ここから始めることができたなら。
そう思えていたのは、本当に最初だけ。
つい彼女を見つめてしまう自分だからこそ、彼女がひとりの男を見ていることに気付いてしまった。
そしてその男もまた、彼女に優しげな視線を向けている。
自分の前では未だ同い年の少女であるのに、その男を見つめる表情は見たことがないほど大人びて、すっかり女性の顔になる彼女。
自分が入り込む余地はないのだと、告白する前に悟るしかなかった。
「……それでもちゃんと言ったんだな」
労うような声に自嘲とともに頷く。
「言わないままだと後悔しそうだし、つらいかなって思ったんだけどさ……」
想いを伝えたことに後悔はない。しかし結局どちらにしても、つらいことに変わりはなかった。
呑み込んだ言葉は気取られているのだろう、再び四方八方から手が伸びてくる。
「後悔がないならその方がいいだろ。頑張ったな」
「ムリだってわかってたのに、ホント勇気あるよね」
「そうなんだけどもうちょっと言い方考えよっか」
子どもを宥めるように頭を撫でられたり、励ますように肩や背中を叩かれながら、いつも通りの皆の様子に笑みから嘆きが抜けていく。
「……それでも大事なまま、だろ?」
すっかり見透かされている心中に改めて苦笑しながら、少年は彼女の言葉を思い出していた。
自分の告白を真剣に聞いてくれた彼女は、好きな人がいるのだとごまかさずに伝えてくれた。
今にも泣き出しそうな表情の彼女。
断られるとわかっていての告白は彼女に負担をかけただけだったのかと不安になった。
しかし彼女は、好きになってくれてありがとう、応えられなくてごめんね、と言ってくれた。
その健気な優しさに、やはり好きだと思うけれど。自分だって、彼女を困らせたいわけでも悲しませたいわけでもないのだ。
だからこれからは友達として。
彼女にとっては今まで通り、自分にとっては少しだけ時間が必要な、そんな関係になれたらと思った。
自分の願いにもちろんだと即答してくれたことへの安堵と、これで終わってしまうのだという寂寥は、おそらくまだ当分抱えたままになるのだろう。
「……友達でいてくれるって」
それでも吐息混じりに零れた言葉には、感謝と希望が滲んでいた。
―――自分は彼女が好きだった。
その想いを手放しても、何もかもなくなるわけではない。
今は自分の方が重いお互いへの気持ちも、そのうち友達として釣り合うようになる。
すぐには消えないこの恋情も、きっと時間が形を変えてくれる。
だからきっと大丈夫。
まだ強がりの方が勝つけれど、こうして励ましてくれる皆と一緒に精一杯日々を過ごして。
間違えたことも、報われなかった想いも、全部認めて。
いつかまた、笑って彼女に会えるように―――。
ひとしきり騒いで慰めて、友人たちは帰っていった。
無様な姿を見せたことがあとになって恥ずかしく、謝り礼を言う自分に皆気にするなと笑ってくれた。
再びひとりになった静寂の中、溜息はついても、もう涙が滲むことはない。
想い人はいなくなったが、代わりに友人がひとり増えた。
彼女からの「ありがとう」に相応しくあるために。
自分を支えてくれる友人たちに恥ずかしくないように。
これからも自分にできることをやっていくしかない。
記憶の中の大人びた笑顔が自分に向くことはないが。
それでも置いていかれないように、自分も成長していかなければ。
そんな決意を胸に、少年は放り出したままの荷物を片付け始めた。
今年最後のお題は【友達】!
そんなに友達が多い方ではない小池ですが、今年は久し振りの友達にも会えました。
学生時代は生活が密で、四六時中一緒にいるのが「友達」のように感じていたのですが。
大人になるとお互い生活も変わり、今まで通りの付き合いはできなくなりますよね。
それでも久し振りに会った時、そのブランクを気にせず話せる。密だった頃とは違った、そんな心地よさがあるのかもしれません。
そしてここでは姿も顔も声も知らない友達がたくさん!
皆ありがとう!!
こんな小池ですがこれからもよろしくです!!
今年最後の【池淵】です。
なんとかなって本当によかった……。
この一年、お読みくださりありがとうございました。
ちょっと綱渡りが続きますが、また来年もよろしくお願い致します!




