51「キメラの正体」
縦穴の空間に戻ると、壁のあちこちに目が光っていた。何人もが、僕の姿を追っている。
そして正面に大きな目が開く。人間の何倍かはある、バカでかい一つ目だ。
「貴様……。誰だあ?」
「ふふんっ、話ができるんだ。アバターだしね――」
左右の壁に、次々と新たな目が現われた。それは多分、喰われた人たちの目。
なんて数だ……。こいつを甘く見ていたな。
「――人に名前を聞くときは、まず先に自分が名乗らなくちゃ。そっちこそ誰なの?」
「……」
「だんまりか、それなら――。僕は二年A組さ」
「なん、だと?」
「今まで二回、僕らにメッセージを送ったのがいたよ。お前なのか?」
「違うな。俺は一方的に聞いただけだ。あいつは誰だ?」
「さあ……。知らないよ」
こいつは名前も知らないのか。あいつ、やっぱり人集めには苦労してるんだな。協力するヤツなんて、そうそういないだろう。
「なぜこんな事をするんだ? あいつの仲間になったのか?」
「力をくれたから乗っただけだ。俺には仲間なんていねーよっ!」
くれた? 仲間がいない?
「貴様はどうなんだ?」
「興味なんてないよ。バカバカしい」
「ちっ……」
「ふーん。君は誰かなあ。ああ、ボッチが一人いたねえ」
一年の頃、不登校になってほとんど会ったこともないクラスメートが一人いた。そう、二年になって、なぜかあの日だけは登校して来た。
「ボッチ? 今は違うぜ。ふへへへ」
壁の目の下に鼻が浮き上がり、口が現われた。顔の輪郭がせり出してきた。男性女性、大人も子供もいる。次々と顔が現れた。
子供もいるなんて。
「行方不明になった人たちか……」
「見ろよ。俺のコレクションだ。スゲエだろ?」
「てめ……」
その不登校生にはよからぬ噂があった。学校の飼育動物を殺しているとか、毒入りの餌を野良猫に食べさせいるとかだ。
「バカみたいなオッサン連中は叩き出してやったよ。じゃまだしな。どうなった?」
「倒したよ……」
「ゴミ掃除、ごくろーサン。ひゃははっ」
壁に埋め込まれた人たちは、口をパクパクさせながら涙を流す。
「残ったこの人たちが真の仲間だ。貴様には、そんなのいないだろ? 羨ましいか?」
「驚いたよ。人間をやめたクラスメートのアバターがいるなんて」
「その猫はなんだ?」
「関係ないだろ」
「猫を虐めるのは久しぶりだ……」
デカい目の瞳が小さくなる。こんなネタで感情が動くのか。やれやれだ。
「この子猫は怖いよ。弱い者いじめにはならないって」
「ためしてやるよ。実験だ!」
四方から細い触手が伸び、僕とピンク子猫に巻き付く。
『聖獣変幻……』
「ぶっとく飛び上がれっ!」
シャンタルは以前見た化け猫みたいに大きくなり、触手を引きちぎった。
僕は拘束されたまま一気に飛んだ。触手の根本が本体ごと壁から離れ始める。
太い魔力は馬力があるんだ。このまま引きずり出してやる。
「野郎っ!」
触手がゴムみたいに伸びる。あくまで僕を離さないつもりだ。外に飛び出ると、周囲からどよめきがおこる。
同じく外に飛び出したシャンタル聖獣と、そして横から飛び出してきたユルクマの爪が交差する。触手がちぎれた。
このあいた覚えたやつをお見舞いするよ。
右手に花火の玉を、もっと高温にした核を作り出す。
それっ!
開口に投げ込むと炎が渦巻き、触手が焼かれ甲高い悲鳴みたいな音が響く。
きいてるか?
周囲からどよめきが上がる。ちぎれた触手は、それぞれが魔獣に変化していた。騎士と兵たちが取り囲む。
ユルクマはすかさず、そちらの討伐に向かった。炎が収まり僕とシャンタルは洞窟に降下するが、触手が湧き出した。再び飛び上がる。
さすがにあれだけでは倒せないか……。じゃあ、もう一発。
『魔力切れを考えるである』
やめとくか……。
攻めて来ると思った触手は徐々に引いていく。相手の活動も今は活発ではないようだ。シャンタルも子猫に戻る。聖獣の体は他の人間にも見えるようだ。目立ってしまう。
まあ、強行偵察としては十分な成果かな。あれ?
魔獣たちが全て討伐されたのは良いが、ユルクマの姿も消えている。
なんて逃げ足が速いんだ。じゃあ僕も……。
『騎士団には説明をしておいた方が良いである。今後のこともある』
僕がやらなくちゃいけないのか。まあ、いいけどさ。
剣を収めてゆっくりと、一番偉そうな人の方へ歩く。兵は構え、騎士たちも剣に手をかけた。その人は手を広げ制す。この人が指揮官だな。団長か?
「地下道が貴族街の方へ向かっている。あちらの方向だ」
僕は壁を指差す。
「キメラの魔獣はそちらの方にも存在するようだ」
「なんだって!」
指揮官は驚く。しかし皆は無言で顔を見合わせた。
「しっかり対応するように!」
威厳演出をしようと、エラソーに振る舞ってみた。気分が良いね。
「デマじゃないのか?」
「地下の道なんて……」
なんだ、こいつら。貴重な情報なのに疑ってやがる。このままお父さんの方まで上がるのか非常に不安だ。
「いや、上に報告しよう。ありえる話だ」
偉い人は分かってらっしゃる。王都の地下に秘密通路がたくさんあるなんて、下っ端が機密を知らないのは無理もないか。
「そうしてくれ」
これでお父さんとお爺ちゃんが対応してくれるだろう。
飛び上がって方向を確かめた。もう一押ししておこうか。地下道の向かっている先に飛び、貴族街の壁を越える。配置の騎士がこっちを指差していた。目立てばこの話も広がるだろう。
それらしき屋敷が並ぶ通りに降りる。
夜だしどれが空き家か分からない……。まあ、王政が書類や何やら調べれば分かるだろう。
せっかく壁があるのに、こんな通路があったら問題なんじゃないの?
『中央教会も内に壁を越える通路があるである』
一種の特権か。お忍びで庶民街に遊びに行くとかあるのかね? 我が屋敷は壁から遠いから、さすがにないだろうけど。
『ダンジョンにつながっている場合もある』
おっ、それは面白そう。僕の家にはダンジョンがある、ってやつだ。
あの人たち。助けられないのかな?
『体はほぼ魔獣化しているであろう。かろうじて保っているのがあの顔であった』
くそう……。あいつを倒してもバッドエンドか。