六話 歓迎㊁
パーティ会場に現れた翠は、身に付ける宝石こそ控えめだが、商談相手を含む、周囲の男達の目を釘付けにするには、十分すぎる魅力があった。
彼女は美人でありセクシー。そして、薄緑色の薄地のドレスが、そのカラダを着飾りながらも必要以上に隠さず、シルエットを透けて見せてくれる、ありがたい仕様だった。
「初めまして、源翠と申します。ここからは私がお相手いたします」
翠は、大和国に軍事支援を考える財団の男達に、丁寧な挨拶をした。
「ああ……ハハハ、翠さん……! 勿論、存じておりますとも」
「この様な場に来ていただけるとは、嬉しい限り……!」
「御美しいとは聞いておりましたが、これ程とは……!」
財団の男達は、完全に彼女に見惚れていた。サノヲと話していた際の、渋い表情は何処へやら、利益を齎す存在を前にし、ニンマリした表情に変わる。
「この度は大和と白兎隊へのご支援をお考え頂き、誠にありがとうございます」
翠が品のない男達に、感謝の意を表する。
「いやいや、有望な組織に対する支援は当然の行いですよ」
「我が財団は筒が無くサポートさせて頂きます」
「その通り。まぁ、込み入った話は……そうですな、別室の方で如何かな?」
すっかり態度を変えた男達は、そう言って翠を、こうした商談用に開放されている客室へ連れて行こうとした。
ドレス越しに浮かぶ彼女のボディラインを、薄布に穴が開く程眺める男達は、大和への投資の序でにこの娘を自社の広告塔に使えれば、金額を渋る理由は全くないと考えている。
客室へ移る間も、自分もこの美味しい商談に加わろうと考えた者が翠に近寄り、透けて見える彼女の両足を止める。芸能界に所属する彼女は顔が効く。控えていたマネージャーや大和国の政治部の人間が慌ただしく調整に入った。
商談は纏った。予定通りの展開を見届けたサノヲは、素早く踵を返し、その場を立ち去った。
屋敷のバルコニーに出たサノヲは、煙草を咥え火を付けた。今回、得られる資金が有れば、白兎隊はエウロパに入っても、現地から十分な厚遇を受けられるだろう。
プロヴィデンスは、国際連合に加盟する大和に命令権があり、白兎隊も基本的にはそれに従う。しかし、資金やコネを使えば、その命令には融通を効かせる事ができた。華国やバビロン国は、そう言った根回しで手に入れた、勝算の高い戦場だった。
対幻獣戦闘組織だからといって、自分達だけが、幻獣のいる場所へ手当たり次第派遣され、身を削らされては敵わない。サノヲは隊士の命を守る為、可能な限りのバックアップを用意し、時には戦場すら選択していた。
「ミスターサノヲ。此方でしたか」
プロヴィデンス軍の高官が、外の景色を眺めているサノヲを見付けて話し掛けた。高官は、大和と強いコネクションがある人物で、サノヲは好意的な態度で振り返る。
「商談は順調ですかな?」
「ああ。だが、パーティは嫌いだ。時々、腹黒いニンゲンよりも、血の気の多い幻獣のがマシだと思う時がある」
高官の揶揄うような質問に、サノヲは冗談で答えた。
「しかし、貴方は難しい交渉も大和から引き受け、遣って退けるではありませんか」
「ははっ……どうゆう訳だか、板に付いているらしい。最も私は人気が無くて、翠だのみだがね」
高官とサノヲの間でも、既にビジネスの話が進んでいた。プロヴィデンスは、白兎隊を戦力として自由に利用したがったが、国防の要である以上、大和が手放さない。しかし、多額の資金に加え、人材の提供まであれば話は違う。
「そちらが、話に聞いているトップエリートかな?」
サノヲは、高官が伴っている若い軍人を見て言った。プロヴィデンス軍の迷彩柄の軍服を着た、優秀そうな若者だ。
「ああ、会わせる機会があって良かったと思っているよ。アベル、此方が白兎隊の誉れ高い隊長だ」
「アベル・ルシファーです。よろしくお願いします。ミスター……いえ、サノヲ隊長……!」
高官にサノヲを紹介された軍人アベルが、ピシッと敬礼をして名乗った。
サノヲは、彼にも好意的な態度で接した。
「よろしく、アベル。頼りにしているよ」
サノヲの強力な森羅は、翠のいる客室の状況を正確に把握している。部屋には十社近くの実業家が集まった。皆、細かい商談の話などは付き人に任せ、翠の注ぐ酒に酔っている。
「そうだ。立食のワインを一緒にどうかな? 見掛けだけの安物ばかりだが、コックを口説けばまともなのも出て来るらしい」
「ははは。パーティはお嫌いではないのですか?」
「腹黒の相手とじゃなきゃ構わないさ。隊士達とも、私はよく一緒に飲むんだ」
サノヲはそう言って、高官とアベルを連れ、再びホールへと戻っていく。
――プロヴィデンスと組むのが今は安泰だ。
財団の者が言った言葉を、彼は思い返した。
――全く持ってその通りだ。
今の世界は、割を食った者から死んでいく。
今だに生き残っている自分は、この会場にいる腹黒いニンゲン共と、何も変わらない。