四話 宿敵㊃
「シムルグっちーーー!!!」
敗れたボスが上空から墜落する光景を目撃し、レオパードが叫んだ。大将が敗れた事に気付いた幻獣軍は、散り散りに逃走を始めた。
「あっ、コラ! 何処、行くんねん!!」
勝志と戦っていたタビーが、味方をどうにか留めようとしたが「もう、付き合ってられない!」と言うように、部下達は去って行ってしまう。
やむを得ず、彼も必殺業を放電して敵を牽制し、撤退を開始する。
「させるか!!」
そこへ、鉄拳制裁を加えたい勝志が迫った。
「超・破壊巨拳!!!」
巨大な拳は電撃を弾き飛ばし、止まる事なくタビーへと向かっていく。
「な、何やとー! ぐわぁあああああああ!!!」
レオパードも、目の前の敵であるファイを倒して退却しようと、身体の豹柄から無数の氣弾を飛ばした。飛び上がって放たれた業は、大粒の雹のようにファイに降り注ぐ。
しかし、ファイは凍てつく地表を神足で滑るように動いて、それらを躱し、最後の一粒を銃剣の刃で斬り裂いた。
反動でバストがビキニから溢れそうになるが、クルリと回って、制御し、銃を構え直す。
「火球追葬!!」
銃剣のトリガーを引くと、通常弾よりも大きな、火の球が銃口から飛び出した。氣弾を応用した、彼女の必殺業だ。
「あかーーーーーーんっ!!!」
火球がレオパードに当たると、炸裂して彼女を吹き飛ばす。
三体の主力幻獣が打ち取られ、幻獣軍は壊滅。勝敗は決した。
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「あー、こちら登張。先程、任務完了しました。……どうぞ」
バビロン国に攻め入った幻獣軍を無事、退けた真は、軍の通信設備を使い、周辺地域で同じように幻獣の討伐任務に就いている白兎隊の本隊に報告をした。
「あ? 登張? ……ああ、真か。名前で言えよ、分かりずれえ!」
「報告って、こんな感じでやるんじゃないんですか?」
ノイズ混じりに聞こえるガイの声は、何時も以上に荒っぽく聞こえる。
「ったく、何時まで掛かってんだ? こっちはとっくに終わったぜ。アナトリア側も始末が付いたようだから、この辺りにもう用はねぇ」
「僕らを一番遠くに派遣しといてよく言いますよ。これでも速攻で倒したし」
「あー、ウルセー! ともかく、そっちの僻地まで、わざわざ迎えはいかねぇから。テメェらは今から、あー、五時間後くらいにエウロパに向かう道を軍の車両が通るから、それにでも飛び乗ってくれ」
「は?」
「嫌なら自力でガリアまで歩けよ!」
ガイは面倒くさそうにそれだけ言うと、一方的に通信を切った。
司令部では、ささやかな祝勝会が開かれていた。勝志は戦闘での活躍と、女性幽玄者達のピンチを救った事で、評価が上がり、ビキニ姿の彼女達に囲まれ食事を頂いている。
「勝志君、いっぱい食べて!」
「ほら、お口に付いてるわよー」
「ふまねーなぁ。ウホウホ!」
有頂天になり、ヒトの言葉を失い掛けている勝志を見て、真は「美味しい役回りを与えて過ぎた」と少し後悔した。
「もう行くの? ゆっくりしていけばいいのに。うちは男手が欲しくて仕方ないんだから」
「バスに乗れないと大変な事になるんで」
真は急ぎ出発する事をファイに伝えた。
ファイを慕う娘がジュースを持って来てくれて、真も「せめて一杯くらい」と言われ、喉を潤す。
「ありがとう、真。お陰でこの国は救われた」
「いえ。僕らは任務を遂行しただけです」
「この後は、どうするの?」
「仲間も任務を終えたらしいんで、一旦、ガリアへ向かいます」
真はバビロン国でできる事は、十分やったと感じていた。逃走した幻獣が数体がいたが、それは、この国の戦力で対処できると判断している。
「そう、あなた達もガリアでプロヴィデンスの連隊に加わるんだ。……大和の防衛もあるのに大変だね」
「大和には隊長がいるんで、人はいらないんです」
「あー、サノヲさんね。それでも故郷を離れて戦うのは寂しいでしょ」
ファイが遠征の労をねぎらう。しかし、真は国を離れて戦う事には特別、抵抗はない。
「そうでもないです。……僕と勝志の故郷は……そもそもカーネルなんで」
「カーネル……!? じゃあ、あなた達もラウインに……」
ファイが驚いている。強い衝撃を受けたようだ。言葉の意味を問うような真の表情を見て、ファイは視線を変える。
「……この辺りの人達は、元々難民なんだ。私もそうだけど、みんなの本当の故郷は……エジプトさ」
「……」
「わたし達のご先祖は、五十年前にラウインに故郷を追われたんだ。わたしは生まれてなかったけど、祖父母や父は、何時か必ず、あいつから故郷を取り戻してみせるって、ずっと言ってたみたい……」
ファイは悲しそうな表情をした。しかし、軍の指揮官らしく、責任感でそれを押し殺す。
「ご先祖は幽世の力がなかったから、どうする事もできない。みんな無念だったと思う……。でも、私は世代を超えて幽玄者になった。力に目覚めた時から私は……この力は、ご先祖達の無念を晴らす為に、与えられたものだと思ってる……!」
ファイは強い闘志を感じさせる瞳をして言った。朗らかな性格をした彼女だが、この強い闘志が、仲間の鍛錬を行い、戦場の指揮を取る行動力に繋がっているのだろう。
真は、そんな彼女に応じるように言った。
「ガリアに入れば、集結した戦力でエネアドと戦う事になると思います……!」
「……ああ。私達も、落ち着けば戦力をリビュアに向かわせる予定だよ」
ファイが改まって真を見た。
バビロン国にいる人々は、彼女に故郷奪還の期待を寄せている。共に戦ってくれる真に、彼女も同じ希望を抱いた。
「太陽の地……」
「……?」
「私達の故郷はそう呼ばれているの」
ファイが真に片手を差し出した。
「次はそこで会おう。そして、一緒に戦おう……ラウイン・レグルスと……!」
真は再び共闘する事を誓い、ファイの握手に応じた。
――――――――――――――――――――――
真は、女の子達にちやほやされながら食事をする勝志を、何とか連れ出した。
「なんでだよー。おれはここに残るぜ!」
「それならそれでもいいけど」
「みんなと一緒に食料、食べ尽くすんだ!」
「迷惑だから連れてきます」
二人共、戦闘での疲労が残っていたが、自力での本隊合流を急いだ。合流できなければ、途方もない距離を移動しなければならなくなる。
「どこまで飛べばいいんだ?」
「西に五百キロ位かな」
「マジかよ!? ……五百キロ……ってどのくらいだ?? あっ、バイクは?」
「壊れた。さっさと行くよ!」
真と勝志は、彼方を走り去ろうとする車両に飛び乗る為、そして、次なる戦いの為、バビロン国を後にした。
――……ラウイン……!
真の心の中に、未だ大きな影を作る巨大な存在がいる。
宿敵と相見える時が近付いている気がした。




