三話 宿敵㊂
敵軍進撃の知らせを受け、真達は戦闘態勢に入った。アルボルズ山から、二十余りの幻獣を確認。軍勢の先頭には、翼幅が五メートルを超える大型で派手な羽色の鳥型幻獣、シムルグが見えた。
「じゃ、作戦通りに」
「あ? おれは?」
「君は……女の子達と一緒さ」
「よっしゃ、任せろ!」
真は、ケバブを頬張る勝志に、分り易く作戦を伝えると、敵将を迎え撃つ為、白兎隊の羽織りを靡かせて上空へ飛び出した。
「武運を! 総員迎撃態勢! 我らの太陽を取り戻す為に!」
真を見送ったファイは、パレオスカートを翻し部隊に指示を出した。
一方、敵将のシムルグは、此方に向かって飛来するニンゲン、真を確認した。
「オレと空で殺り合おうってのか……! ナマイキな!」
シムルグが、真に向かい飛行速度を上げた。真は、誘いに乗った相手を誘導する様に、高度を上げる。二者は、あっという間に雲よりも高く舞い上がった。
高所での戦闘は、幽世から出れば落下死を免れない為、基本は避けるべきだが、真は度重なる訓練と実戦を積み、不自由のない空中戦を可能としていた。
「勝てばいいのさ!」
真は巻き付けた鎖を解き放ち、神剣、叢雲を構えた。
シムルグが嘴を開くと、そこから火炎が放たれた。真は空中で横宙返りをする様に、それを躱す。ファイルの情報で、事前に承知していた敵の業だ。
火炎の熱と、死線を潜った瞬間に得られる、ヒリヒリとした感覚が肌を焼く。
真は思わず言った。
「愉しいね……!」
「あ!? 狂ってんのか!?」
目を血走らせながらシムルグが言った。
真は、人に無謀だの無鉄砲だの言われるが、この幽世という空間がそうさせるのだ。
新聞や雑誌、限られた物しかない世界で、必死に幻獣の情報を収集していた日々が、遠い過去のようだ。
「今は……キミ達を超えてみせる!」
バリケードを突破しようとする幻獣を、軍の銃撃が阻み、そこへ、バビロン軍の女性幽玄者達が、幽世からの銃撃でダメージを与える。
しかし、敵の主力の一体、虎幻獣タビーが、バリケードを飛び越えた。
「任せろや!」
タビーは、対処しようと自分を囲む幽玄者達に業を放つ。それは、丁度、彼の模様と同じような形をした電撃だった。
「いてまえ!!」
「きゃぁあああああああああああああああ!!!」
電撃に晒された女性幽玄者達が悲鳴を上げた。ビキニ姿で露出の多い彼女達の全身に、電流が走る。
「やめろー!!」
そこへ、正義のヒーローに目覚めた勝志が現れた。
両手に武具、超・破壊を装備している勝志は、大柄なタビーへ勇敢に突っ込んでいく。
「何やコイツ! 口にソース付いとるでー!!」
タビーは二本の前脚を上げ、勝志の両拳を受け止める。二者は取っ組み合い、力比べを開始した。
普段は立ち入り禁止の区域である遺跡群で、ドンッという音が響き、一体の幻獣が斃れる。ファイは硝煙を上げる銃剣をくるりと回した。
「悪いけど、勝手に入らないでよね。この国の人達は、幻獣アレルギーなのさ!」
「なんやねん、それ? ボケか? つーかあんた、ハイカラやなー!」
バリケードを回り込もうとしていた部隊を率いる豹幻獣レオパードが、ファイのアラベスク模様のパレオを見て言った。
「せやけど、こっちは……豹柄やで!!」
再三、放たれるシムルグの火炎を回避し、真は分銅の付いた鎖を、鞭の様に振るった。しかし、素早いシムルグはそれを躱し、真に接近する。真は咄嗟に叢雲を振り、鋭い鉤爪を弾いた。
「チッ、ナマイキなんだよ! ニンゲンが空を飛びやがって!」
シムルグが、いちゃもんを付けた。
真は、敵に必殺の天墜刃を御見舞いする隙を伺っていた。この業は強力だが、斬撃のタイミングが合わなければ威力が出ない、シロモノだ。
幻獣は、翼の有無に関係なく飛行が可能である。しかし、シムルグのような翼を持つ幻獣は、総じて神足に優れ、飛行速度が段違いだ。そんな相手には、尚更、このタイミングが難しい。
「そもそもニンゲンは飛ぶ事に憧れるんモンだろ! そして、幻獣を見れば……崇め奉るモンさ! それがいざオレ達が現れたら何だテメェら! さっぱり祭り上げねぇじゃねぇか!」
シムルグが、更にいちゃもんを付けた。
真は一気にシムルグに接近した。真の突撃に、シムルグは虚を突かれた様だったが、蹴りを入れるように鉤爪を振るって対応する。真はそれを躱しつつ、敵前で急上昇、そして、直上で旋回し、今度は急降下する。
スピードに自信があるシムルグを、逆に翻弄する真は、擦れ違い様に剣を振り下ろそうとした。しかし、シムルグはその動きを見切っていた。
「遅ェ!!」
シムルグは剣を躱す。しかし、真は直前で剣を振るのを止め、自らシムルグを避けるように横を擦れ違った。
「チッ、ビビリやがって! あん? オレに恐れを抱くのは正しい反応か!?」
シムルグが少し気分を良くして、真の後を追おうとした時だった。
自身の周りを、鎖が取り巻いているのに気付く。
それは、真がシムルグと擦れ違う一瞬で、空中に置き去りにしていった物だった。
「!?」
真が、叢雲の柄尻に繋がる鎖を引くと、螺旋を描く形で仕掛けた鎖が締まり、シムルグを絡め取る。
「な、何だとーー!!」
シムルグは、鉤爪を使って鎖を破壊しようとした。しかし、巻き付く鎖から古代文字の形をした閃光が放たれると、シムルグの動きが完全に固まる。
「う、動けねぇ!!?」
「―獄摑巳―……!」
真は、新たな業をシムルグに使った。鎖で捕らえた相手を、完全に行動不能にする業だ。
「血祭りになら、してあげるよ!」
動かない的と化したシムルグに、再び真が接近した。
「クソッ! うわああああああああああ!!!」
天堕刃が完璧なタイミングで入り、閃光を放つ叢雲が、シムルグを両断する。
「カッ……! …………昔はよかったなぁ……」
鮮血を舞わせたシムルグは、突然、支えを失ったかのように、石作りの家が立ち並ぶ地面に墜落した。




