番外編 カレンの日記㊃
七月二十日。夏休みが始まった。わたしが早朝の漁から戻ったお父さんの船を掃除していると、港でコソコソしている真と勝志に出会った。
「こんな所でウロウロしてると怒られるよ。また悪戯するに違いないって!」
二人は、うちのお父さんを始め、漁師さん達に睨まれている。
「君の親が過剰なのさ。まだ何もしてない」
「そうだぜ。何で娘に近付くだけで怒るんだ?」
すっとぼける二人は、そう言うと徐に掃除を手伝うフリを始めた。
「また悪いこと企んでないで、勉強でもしたら? サンゴ家のお手伝いはいいの?」
わたしは、相変わらず子供みたいな事しかしない二人に言ってやった。真はホースを摘んで水遊び、勝志はブラシを野球のバットみたいに振り回している。
「卒業したら二人はどうするの? わたしは……アキナ島で働こうかな……」
「リズ姉みたいな店?」
「観光客相手にスッポンポンになったりするのか?」
「ち、違うー。そういうお店じゃなくって!」
全く、直ぐそっちの方を想像をする。
「大体、リズさんのお店って、聞く範囲だとキャバクラでしょ?」
「まぁね。……アレ? リズ姉にヒミツって言われたのに、この事カレンに喋っちゃったんだっけ?」
真が言う。その後、勝志が何か言ったんだけど、わたしにはよく聞こえなかった。
「カレンだってできるって。いい尻してるし―」
「なに? ……しり?」
明らかに変な事を言った。だけど、問い質す前に、真が持っていたホースをわたしに向けた。
「きゃあ! 冷たっ!」
「あっ、ごめん」
水を掛けられたわたしは、白いランニングシャツがびしょびしょになっている事に気付く。
「ちょっとぉ、透けちゃったでしょー!」
二人は、お父さんの姿が見えた事もあって、慌てて逃げて行った。
七月二十九日。水を掛けられた日から、真と勝志には会っていない。わたしは謝って貰うきっかけを作ろうと、久しぶりにツリーハウスを訪ねてみた。
二人は、どうせ夏休みの宿題なんてやっていないんだろうから、手伝ってあげようと思って、勉強道具も持ってきたけど―
「あれ……?」
「静かだなぁ」と思いながら、グラグラする梯子を登ったけど、散らかった部屋は留守だった。
――一体どこへ行ったんだろう?
八月八日。ずっと冒険に出ていた真と勝志が帰ってきた。どこへ行っていたのか尋ねても、二人は全然、教えてくれない。ツリーハウスに付いて行こうとしても、どうしてだか「来ちゃいけない」って言うの……。
――まったく。エッチな本を隠しているのは知ってるぞー。
九月一日。筑紫での生活が落ち着いてきたので、何かあったら怖いから、と思ってそのままにしておいた荷物を解く事にした。
リュックの中身を取り敢えず全て出すと、日記帳に挟んであった一枚の地図が出てきた―
十月十六日。一緒に疎開した、真と勝志のお姉さんことリズさんが、二人に手紙を送ると言っていた。折角だから、わたしも一緒に手紙を送る事にした。
でも、いざ書こうとすると、何を書けばいいのか分からない。
お元気ですか? お仕事は大変ですか? ……とかじゃフツーすぎ?
仕方がないからわたしは、二人が避難船からいなくなった後からの出来事を書いた。二人だって、サンゴの家の人達が元気にしているって知りたいと思うから。
みんなの心配なんて知らないで、二人はあの後、幻獣との戦いに参加して、今は幻獣と戦う組織に入ってしまった。フツーじゃない二人なら、きっと頑張れると思うけど、戦争に参加していると思うと、やっぱり心配。
わたしは二人の無事を、強く願って手紙を送った。
手紙を出した後、わたしは一枚の地図を取り出して眺めた。
地図は、故郷アマリ島のもので、沖の一点に❌印が付いていて、下の方に暗号文が書かれている。
―海の神が月の女神に近付く刻、裂け目の宝は貴方を選ぶ―
これは、真と勝志が作った宝の地図。
でも、この暗号文だけは、勝志の作ったものが気に入らなかった真が、わたしに作らせたもの。男子二人じゃ、きっと女神なんて言葉、思い付かなかっただろうな。
「……」
わたしは、もう戻れない宝の在り方を見つめる。
ここには、何のお宝も隠されていない。結局二人は、仕掛けを考えても隠す宝がないからと、投げてしまった。
――無意味な宝の地図。フツーの人にはね。
この❌印を目指した時に着ていたビキニは、わたしの唯一の冒険の思い出と一緒に、大切に仕舞ってある。
真と勝志は、きっと手紙の返事なんてくれない。そういうヒト達―
でも、例えお返しの手紙が無くても、この宝の地図さえあれば、わたしは、思い出の中から好きな二人を探し出せる。
お読み頂き、ありがとうございます。これで番外編は終わりです。
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