番外編 カレンの日記㊁
「なんでこんなトコに落とし穴……?」
真と勝志に助け出されたわたしは、服に付いた土を払いながら、ふてくされる。
「勝志が謎の生き物を島で見たって言うんだ。ソイツを捕まえる罠さ」
「ああ。イノシシかブタに似ていたぜ」
「イノシシ!? この島に?」
二人の話に、わたしは呆れた。陸からずっと離れたこの島に、その手の生き物がいる訳ない。
「で、カレンは何やってたの? こんなトコで」
「えっと、わたしは……」
真の質問に、色々、頭から飛んでしまっていたわたしは、一瞬、二人を追い掛けてきた理由を思い出せなかった。それに、わざわざ男子を訪ねるには、理由が弱い気がする……。
「そうだ、消しゴム。……返して貰おうと思って……」
「ああ。それなら今、使ってる。勝志が」
「勝志が!?」
勝志は、授業以外で文字を書くイメージが、全く湧かない。わたしは過剰に驚いてしまった。
二人は、意外とあっさり、わたしを秘密基地に案内してくれた。森には落とし穴があちこちに作られていて、案内がなかったら、わたしは何度、穴に落っこちていたか分からない。
到着した秘密基地は、中々、立派なツリーハウスだった。
「へぇ、こんなのあるんだ。二人が作ったの?」
「まぁね」
わたしは二人に続いて、ツリーハウスに上がった。
梯子を登って床の丸い入口から入ると、人が三、四人は寝転がれる広さの、木のお家になっている。吹き抜け窓からは海も見えて、わたしも流石にワクワクした。
「勝志、暗号は書けた?」
「おう。もうちょっとでできるぜ!」
真にそう答えた勝志は、手作りの机の前に座って、真剣に紙に何かを書き始める。
「暗号? 何を書いてるの?」
「宝の地図さ」
「宝の地図!? なにそれ、すごそう」
わたしは、興味を惹かれてギシギシいうツリーハウスの床を、そっと移動して地図を見た。宝の位置を示す❌印がある、それらしい地図の下の方に、勝志が書いた暗号文がある。
「水びたしの日にどおくつのおくにいけ……? はい?」
「宝を手に入れるヒントだぜ! 分かったか?」
「えぇ!?」
よく見ると、この地図はこの島、アマリ島の地図だ。勝志の汚い字の文は、そこに在るお宝を手に入れる為のヒントみたい。
「全然、わかんない」
「まぁ、直ぐに謎を解かれても困るしな!」
勝志はそう言ったけど、共同制作者の真が苦言を言った。
「もっとカッコいい文にしてよ。何だよ水浸しって」
「洞窟くらい漢字で書いたら……?」
わたしもついでに指摘したけど「ああ? 良い暗号だと思うけどなぁ」と勝志は自信を持っていた。
「大体、お宝なんてこの島にないでしょ?」
「あるぜ」
「僕らが隠した」
「ふーん……」
なるほど。これは、完全に自作の宝の地図って訳ね。
わたしは急に下らない物に見えてしまった。最初は興奮したツリーハウスも、よく見るとツギハギだらけで、ビミョーな出来栄えに見えてくる。
「直ぐに見つかっちゃうでしょ」
「いや、このヒントを解かないと手に入らないようになってる」
「わたしは子供の遊び」っという感じに言ったけど、真がちょっと上から言った。
「仕掛けが機能するか確認できれば、この地図は本物の宝の地図になる……! カレン、次の時化が何時か聞いてる?」
自信を持っている真が、わたしに聞いた。わたしのお父さんは漁師。天気には敏感だ。
「……お父さん、三日後には天気変わるって言ってたけど」
「じゃ、勝志。その日に宝を取れるか確認に行こう」
「いいぜ。水浸しじゃなくて、荒れ狂う海の日とかにするか!」
「ちょっとヒントが露骨なんだよな」
二人は盛り上がっていたけれど、わたしは冷静さを取り戻して、大して難解でもない暗号を解読した。
「待って。何? 嵐の日に❌に行くの?」
わたしは、勝志が暗号を書き直そうとしている地図を取って、宝の位置を確認する。島の直ぐ側だけど、そこは海の上だった。
「ここって岩礁地帯でしょ!? 船は無理無理」
「泳いで行くに決まってるじゃん」
真が当然の様に言ったけど、わたしは急に自分の使命を思い出した。
「危ないって、時化の日に海に出ちゃ! 溺れたらどうするの!」
けれど、二人は一体、何が危険なのか、まるで分かってない様な顔をした。
「まぁ……泳げない人には危険……かな」
「何だ? カレン、泳げねぇのか?」
「お、泳げるって。でも、そんな日に外に出れば……みんなが心配がするでしょ! いい加減、おかしなことするの止めなよ!」
「何で? 心配させない為に黙っていればいい」
「おれらにとってはフツーだからなー」
わたしは、二人には常識が通用しないと感じた。混乱したわたしも「確かに泳げるのなら大した問題じゃないかもしれない」と思い始める。
「じゃ、勝志。三日後までに暗号、考え直しといて」
「マジかよ。自信作だったんだぜ」
「待ってっ! じゃあその日、海に、わ、わたしも行く!」
わたしの発言に、今度は二人が過剰に驚いた。
「二人が本当に危険なことをしていないか。わたしも着いて行って確認してあげる」
「……」
「……はぁ」
「危なくないのならいいでしょ?」
「……まぁ、いいけど」
「おっ、さてはカレン。宝を狙ってるなー。だめだぞ」
「宝なんてどうでもいいの! もお!」
わたしは、二人のやる事は「子供の遊び」だと思った。大した事がないのなら、それは問題ではないし、大人達にも、わたしから安全だって伝えられる。
そんな事を考えていたら、カランカランという音がまた鳴った。何かが(又は誰が)落とし穴に掛かった音だ。
「今度こそ捕まえた!!」
二人は音を聞くや否や、ツリーハウスから飛び降り、仕掛けへ向かった。その動きの速さったらない。
でも、よく考えると、本当にイノシシがいたら、捕まえるのだって危険な筈……。
「ち、ちょっと待ってっ!」
わたしは、急いで二人の後を追おうとしてそう言ったけど、直ぐに後悔した。
二人は、意外と律儀にわたしを待ってくれた。お陰で、危なっかしい梯子を慎重に降りるわたしを見上げる二人には、ミニスカートの中が丸見え!
「きゃああ! なんで振り向くの!? あっち向いててよっ!」
結局、落とし穴には何も掛かっていなかった。
勝志の取り付け不十分な仕掛けの誤作動。そもそも、イノシシを見た話事態、勝志の夢だったみたい。
七月二日。明後日、わたしは気になっている男子二人と海に行く。
あくまで危険な遊びをしてないか監督する為!
だから、その為には、わたしが子供に見えてはだめ。昨日のような、いちご柄のパンツを履いていくなんて、絶対にだめ!
わたしは、アキナ島にいるお母さんに会いに行くついでに、新しい水着を買いに行った。
観光でビーチに来ている同い歳くらいの女の子は、もう大人っぽいビキニを着ていた……。
七月三日。お母さんがお小遣いをくれたから奮発して買った水着が、ちょっとエッチだと思った。
ど、どうしよう、予定通り嵐が迫っているから、別のを買いは戻れないし……。