六十話 お宝㊂
華国の南方、朱雀地方の山岳地帯を、一体の幻獣が後にした。黒色の身体に装飾品を多数身に付け、蛇の下半身を持っている幻獣、アスラの君主ヴリトラだ。
ヴリトラは、華国での戦闘で部下の大半を失ったが、それを指したる痛手には考えていなかった。戦力のアテは幾らでもある。
――できれば万里を手土産にしたかったが……まぁ、それは仕方がない。目的は達成された。
華国の戦いに於けるヴリトラの真の狙いは、ヒュドラーを解放し、魂が殆ど破壊された仮死状態の幻獣が、どれほど力を取り戻せるかを確認する為だった。
しかし、実験は失敗だった。復活したヒュドラーの力は、本来の半分も出ておらず、精神は無きに等しい。その姿は動く屍、まさに、亡霊のようだった。
――あのまま時を稼いでも、完全に魂を再生できたとは思えない。……仮に同様の状態なら、蘇生術を別に探さなくてはならないな……。
ヴリトラの前方には大海が広がっていた。このまま南下を続ければ、やがて、カーネル海へ出て、死祖幻獣軍の本拠地、中央へと辿り着く。
ヴリトラは、指導者ネスに応じて再び、死祖幻獣軍に参加するつもりだが、それは上辺だけの協力だ。幻獣戦争を主導する組織で、ヴリトラ自身が戦局を操る為だ。
彼や、他の幻獣などに、神の座を渡してはならない。
――フン。結局、どいつもこいつも、忠義というものがなっていないのだ。神は、あのお方以外には存在しないというのに……。
自分の席は、その御前で十分。
澄んだ青い空を、ヴリトラは不快そうに目を細めて仰いだ。
――ワタシがこの世に神を再び降臨させ、闇の帳が下りた真の世界を見せてやる……!
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大和国、因幡の山々は、秋色に染まっていた木々の葉がすっかり落ちて、冬を迎える姿に変わっている。白兎隊を乗せた軍車両は、木枯らしが吹く道を進み、やがて竜胆館の前で止まった。
「皆さん、おかえりなさいませ」
車両から降りた一向を、翠と女中達が、出発の時と同じように正門の前に並んで出迎えた。
「華国に派遣された十名。只今戻りました」
隼人が真面目に報告したが、既に隊士達は任務の緊張から解放され、場の空気は緩んでいた。一向は、無事の帰還を祈っていた彼女達に歓迎され、肉親がいる隊士は再会を喜び合う。
「もうっ、ベンちゃん! 少し痩せたんじゃない?」
「お袋……っよせって!」
ベンの母親が、感極まりながら息子の出っぱった腹をポンポンして、照れる我が子を抱きしめた。
友達の女中と、アヤメとりぼんが嬉しそう手を取り合う。
妻と再会した隼人は、少し恥ずかしそうに抱きしめている。
ガイと十兵衛は、普段と変わらない様子で、さっさ館の中へと向かった。
「か、帰ってきた……!」
一向の後ろから、息を切らした少女が現れた。中学校の制服を着た、女中見習いの姫だ。どうやら、下校途中で車両を見掛け、急いで追けて来たらしい。
姫に気付いた勝志が、嬉しそうに言った。
「姫!? なんだ、心配でわざわざ走って帰って来たのか?」
「ち、違うよっ」
姫は図星を突かれ、咄嗟に嘘を吐いた。
「生きて帰ってきたぜ! ありがとうな、おにぎり。うまかったぜ!」
そんな姫の気持ちが嬉しい勝志は、小柄な彼女を抱き上げる。当然、姫は恥ずかしがった。
「わっ、下ろしよ! こらっ」
勝志は、抱き上げ方が下手で、姫のミニスカートをまくってしまっていた。皆の前で、縞々のパンツを丸出しにされ、顔を真っ赤して怒る姫は、勝志の頭を何度も叩く。
「でも、向こうに着く前に全部食っちまって……。次は倍の数を頼むな!」
勝志が姫を抱っこしたまま、ご飯を目当てに館の中へと向かう。
「お二人共よく頑張りました。また、新しいお着物が必要ですね」
初めて竜胆館へやって来た時と同じくらい、服をボロボロにしてきた二人を見て、微笑みながら翠が言った。
真は、翠に聞いた。
「隊長は?」
「隊長さんは、まだ任務からお戻りになっていません」
「そう」
真は、隊長が叢雲を手配してくれた事の礼を言おうと思っていたが、どうやら後になりそうだ。
「真さん、お怪我をなさっていられようですね。ゆっくり療養して下さい。……あら、それは……?」
翠が、出発の時には持っていなかった叢雲に目を止めた。
真は少し自慢するように、剣を見せる。
「黄竜山で手に入れたんです。お陰で幻獣に勝てた」
翠は、目を丸くしている。戦地から帰って来たとは思えない、真の快活さに驚いているのだろう。
「大事なお宝です」
真はボロボロになりながらも、この度の冒険を成功させた。無謀な行動を繰り返し、危険の連続を潜り抜けたが、その経験が、その成果が、彼にとっては大きな宝となる。
季節は、やがて冬になる。
しかし、山桜が咲く春が、必ず訪れる事を疑う者は、まだ誰もいない。
お読み頂き、ありがとうございます。これにて二章完結です。
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