五十八話 お宝㊀
アスラの侵攻による華国の最終的な犠牲者の数は数千人に及び、多くの者が住む家を失った。立ち向かった軍、清林組も死者を出し、戦いが集結してもその爪痕は深かった。
しかし、勝利という事実は大きい。万里の砦では、変わらず二十四時間の監視体勢が引かれていたが、首都の街は安堵と平穏を得て、希望を見出しつつあった。
野戦病院に送られた真と勝志は、敵主力を討ち取った事による栄光と引き換えに、十ヶ所以上の骨折、重度の挫傷、出血多量などで全治三ヵ月となり、三日後に意識が戻った。
しかし、蘇生後は至って元気いっぱいだ。
「くそー、寝てる間も何か食えればいいのにな!」
勝志は、点滴で得た栄養分、損をした気分になり、ベットで見舞いの中華まんを食べながらボヤいた。
「訓練しないとね。今度、寝てる時、口に食べ物を入れてあげるよ」
真は、勝志に冗談を言いながら、自分は戦いの反省をしていた。
カルキノスとミーゴは強く、ヴリトラはそれ以上だった。何か一つでも間違えば、今頃、自分達は数多の犠牲者の列に並んでいただろう。
より強い幻獣と渡り合う為には、まだまだ実力が足りない。
「何事も訓練さ……!」
真は、更なる向上心に芽生えていた。
アクアトレイの南方にある大陸、マガラニカに程近い海域で、白兎隊の隊長サノヲ・タケルは、華国からの勝報を軍艦の通信室で聞いた。
「そうか、ガイも十兵衛もやってくれたか」
ヒュドラー討伐。狙い通り、頼もしい弟子二人は任務を成し遂げてくれたようだ。それに、期待の新人も大きな成果を上げたとの知らせもあった。
「皆が無事で良かった」
サノヲは、そう小さく呟き安堵した。
悪い知らせを聞き慣れているサノヲにとって、味方の無事の知らせは何にも変え難いものに思えた。
戦争で仲間を失い続けてきたサノヲは、何時しか感情というものを殺し、物事にあたる癖が付いてしまった。
――偶にはタバコを吸わない日があってもいいな。
艦の通信室を出たサノヲは、そう思いながら海の彼方を見た。
マガラニカの戦況は、悲惨な状況だった。
白兎隊と支援部隊を乗せた艦隊は、六幻卿ケートス率いる海洋幻獣軍に阻まれ、マガラニカに辿り着く事もできなかった。
既に、プロヴィデンスはマガラニカの放棄を決定。サノヲ達にも撤退指示が出た。
大陸からの脱出船に乗れなかったマガラニカの住民達は、事実上見捨てられたに等しい。彼らは自力で脱出を図るか降伏するか、ゲリラとなって幻獣と戦い続けるかは分からないが、どれを選択しても、過酷な運命が待っているに違いない。
――俺達はまだ生きている。
サノヲは思った。
少なくとも華国を、その運命から救う事はできた。
寂れたモーテルの一室を、一人の男が訪れた。男の上腕に巻かれた包帯の隙間には、刺青が見え隠れしている。
部屋には既に、長い髪をツインテールにした美女がいる。女は、羽織っていた上着を椅子に掛けた所で、ピタッとしたへそ出しのキャミソールに、ハイレグパンツ姿にだった。
「オウオウ! やる気マンマンじゃねぇか?」
女のセクシーな体型が良く分かるその下着姿を見て、男―ガイが言った。
「あんたこそ、くたばっちゃって来ないかと思ったわ……!」
挑発的な格好のフォンが、挑発的な口調で言った。
「オレは元気だぜ? 後、幻獣、十体はいける。だけど、少しは労わる言葉とかねぇのか? こうして逢うのも最後かもしれねぇぜ?」
ガイが、健全っぷりを示すように、腕の包帯を解きながら言った。
「……まぁ、少しは心配したわよ。でも、もっと早く助けに来ればハラハラせずに済むのよ!」
フォンは、珍しく素直にそう言って、ガイに近寄った。二人は、何時ものように唇を重ねる。
暫く、抱き合う二人だったが、フォンの腰にあったガイの手が、やがて無防備なお尻を触った。
「ちょっとっ、どこ触ってるのよ!」
フォンは、思わず唇を離した。
「おっ、こんなのにも耐えられねぇのか? お前の方がギリギリなんじゃねぇか?」
至近距離で、ニヤニヤ此方を見るガイに対し、フォンは不機嫌な表情になった。
「耐えられるわよ! あたしはアンタみたいな男には絶対負けないのっ!」
「本当かぁ? 顔が赤いぜ? お嬢ちゃん」
「……んっ」
フォンは、ガイのへらず口を封じるように、再び唇を重ねた。
二人は、初めて出逢った時から、意外にも相性が良かった。そして、訓練や戦いの節目を見付けては、お互いの元を訪れる。
特別な関係を築く為に―。
人類には未来がある。
勝ち続ける限り。




