五十五話 アスラの君主ヴリトラ㊃
フォンは師範に駆け寄り、落葉樹の陰の安全な場所まで移動させた。超の傷は深いようだが意識は有り「……どの口が言っておる」「……若造ごときが生意気な」など、小さく毒を吐くくらいの元気はあった。
此方のカラダをイヤらしい目で見ながら「お前とファーは良く育った……」と言う師範を叩いてから、フォンは加勢に現れたガイと十兵衛を振り返った。
まだ安心は出来ない。二人は、同じ六幻卿のヒュドラーを退けた。しかし、活ける敵であるヴリトラ相手に、同じように勝利できるとは限らないからだ。
ガイと十兵衛は、ヒュドラー戦のように高いコンビネーションを見せた。しかし、ヴリトラの身体は爬虫類のようなしなやかさと、鋼鉄のような異常な強度を兼ね備え、攻撃を寄せ付けない。
「何だコイツは!」
ガイも十兵衛も、相手の底知れない実力を直ぐに感じ取った。
ヴリトラは、十兵衛でも見切るのが困難な神速の手刀を繰り出し、尾の一撃で、強固なガイの防御を易々と崩した。二人が攻撃のタイミングを探ろうと間合いを取れば、両手から黒い氣弾の散弾を飛ばす。
「くっ!」
波打つ独特な軌道は避け辛い上に、一撃で致命傷を受ける威力があった。十兵衛は躱しきれない氣弾を斬撃で逸らし、ガイは刀の側面で防御した。
更に、二人にとってもっとも脅威となったのが、この業や目の前にいるはずのヴリトラが、ふと視界から消えるように見失う瞬間がある事だった。
これは辺りが暗くなり、黒色の氣弾やヴリトラが見辛くなった所為ではなく、強力な空蝉が、攻撃を寄せ付けないように森羅を無効化している所為であった。
唯でさえ素早い相手の動きを感知し損ねる。これ程脅威な事はなく、清林組や超が一方的に破れたのも頷けた。
「ぐあっ!」
影のようにスッと消え、何時の間にか背後に移動したヴリトラの手刀を、既の所で刀で防いだガイだったが、防御ごと跳ね飛ばされてしまう。直ぐに十兵衛がカバーしようと斬り掛かったが、こちらも長い尾に攻撃を跳ね返された。
「クククッ……兎ごときが……!」
ヴリトラが、纏めて二人を始末しようと両手を翳した。素早く立ち直った二人だったが、完全に躱しせないタイミングだ。
ヴリトラの手の平に、影のエネルギーが集まる。
「はぁあああああああああああああああああ!!」
その時、上空から威勢の良い声が届いた。
唐突に聞こえてきた為、ガイも十兵衛もそちらに気を取られ、ヴリトラですら意識を向けた。
落葉樹の木の上を、此方へ向かって飛んで来る、ボロボロの少年二人が目に入る。
「真っ、勝志っ!?」
「アイツら……! 生きてやがったか!」
気付いたフォンが驚き、ガイも思わず声を上げた。
更なる新手の登場にも、ヴリトラは冷静なままだった。溜めていたエネルギーを、先手を打って此方へ向かってくる真と勝志に向けて放つ。
森羅を掻い潜る氣弾に、完全に反応が遅れた二人は、呆気なく叩き落とされ付近の藪へと墜落した。
「……いや、死んだか」
ガイ、十兵衛、フォンは、二人の転末に哀れみの目を向けた。
しかし、窮地を救われる格好となったガイと十兵衛は、刀を構え直し、再びヴリトラへ立ち向かって行った。




