五十二話 アスラの君主ヴリトラ㊀
「はぁ……はぁ」
アラクネーを倒したフォンは、蜘蛛の巣のドームを抜け出し、清林組の仲間と合流した。皆、相応のダメージを負っていたが、アラクネーが率いていた敵部隊を倒し、まだまだ余力を持っている。
「大丈夫か? フォン」
「ええ……あたしは平気よ!」
「このまま一気に千里山を登る。ヴリトラを打ち取るぞ!」
彼らは、華国を守るという確固たる信念の下、戦禍を持ち込んだ元凶、ヴリトラの討伐へ向かう。
力尽きた味方の手当てを軍に託し、フォンも、彼らと共に千里山を駆け登った。
ヒュドラーを倒したガイと十兵衛は、無線で報告を済ませ、この場を離れる。
戦闘になった周辺は、散布された毒霧が未だ晴れる事なく漂い、地面も毒液によって汚染されたままだった。ヒュドラーが死んだとて、作り出された事象は、怨念のようにその場に残り続けるのだ。
同じように、二人が受けた傷や毒も、身体のあちこちを蝕み続け、最早、痛みすら感じない程だった。
「行けるか? ガイ」
「問題ねぇ。ヴリトラを倒してガキ共を迎えにいかねぇとな!」
猛毒で藍色に染まった腕に麻布を巻きながら、十兵衛が聞き、身体中に新しい刺青を入れたような状態のガイが答えた。
ガイと十兵衛は、腰掛けていたヒュドラーの亡骸から颯爽と立ち上がった。
身体は限界に近いが、二人は任務を達成し今や自由だった。彼らの言葉を借りれば、好き勝手に動ける。その解放感と高揚が二人の力を漲らせ、更なる戦闘を可能とした。
「オレらもまだまだガキだな!」
「ぶっ倒れるまで、やるぞ……!」
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千里山の中腹に居座るヴリトラが、とぐろを解いた。何気なく尾で地面を叩くと、彼の苛立ちが反映され山の岩盤に深々と亀裂が走る。
――サノヲの息が掛かっているとはいえ、ヒュドラーがあの程度の相手に敗れるとは……!
ヒュドラーの敗北は、ヴリトラの計算を完全に狂わせた。これで連合軍は砦を急襲される心配がなくなり、戦力の全てを千里山に傾けられる。
配下の幻獣達も、ヴリトラの予想以上に不甲斐なく、三手に分けた部隊の内、アラクネーの中央が突破されている。狩る側から狩られる側になった途端、逃走を始める者まで出ていた。
――役立たず共が。誰のお陰で好き勝手ニンゲン狩りができたと思っている……!
所詮、大きな後ろ楯が無ければ、暗がりに棲む事しかできない連中。程なくすれば帰還すると考えていたカルキノスとミーゴですら、何をしているのか一向に戻って来る気配がない。
ヴリトラは、自らの手を汚さず戦場を支配し、勝利する道筋を失った。
「おのれ……! ニンゲンごとき……駒ごときが……!」
千里山を神足で駆け上がり、此方に真っ直ぐ向かって来る幽玄者達の気配を、彼は感じ取る。
――ワタシの手を煩わせるとは……!
ゲームに勝てなくてボードをひっくり返すなど、誰でも出来た。
それでも、高みに座る者は下々の者共に教えてやる必要がある。
「打ち手を取るのは不可能だという事を、分からせてくれる……!」