五十一話 誇りと情熱㊄
ガイと十兵衛を相手にするヒュドラーの動きは、激しさと正確さを増し、振り回される八つの首とその口から放たれる毒液が、避けようのない波状攻撃となって襲い掛かった。再生が進んだ事で、徐々に本来の強靭でしなやかな肉体を取り戻してきており、斬り付けられた際の空蝉の防御が正確になる。
「ちっ」
十兵衛が舌打ちをした。相手の攻撃を掻い潜って首を斬り付けたが、首の皮が残ってしまったのだ。
「ハハッ、斬れ味が落ちてるんじゃねぇか!? もうバテたか十兵衛……うおっ!」
ガイは十兵衛の甘さを笑ったが、自分も首の横払いを受けた際、防御ごど吹き飛ばされてしまう。
「貴様こそ、空中での踏ん張りが足りないんじゃないのか? 修行不足だ!」
「うるせぇ! テメェこそ女の着物の帯ばっか斬ってるから、硬いモンを斬り損なうんだよ。実戦不足だ!」
ガイが、渾身の力で毒牙を砕き、今度は首を弾き返す。仰け反った首を、十兵衛が、今度は一刀両断してみせた。
二人はそうやって、片方を狙った首の隙をもう片方が突く、或いは同時に攻撃するなどして、力を取り戻していく相手に対応していく。
――こっちは俺がやる!
――ゲロだ! 躱せ!
二人は、神託での最小限のやり取りで、自分達の想像以上の連携をみせた。その精度が上がっていくと、やがて、大きなチャンスがやって来る。
ヒュドラーの首をひたすら落とし続けた事で、その数が一時的に二つまで減った。落とされた六つの首は既に再生を始めているが、胴体へ攻撃を加える道が、遂に開かれた。
「今だぜ、十兵衛!!」
ガイと十兵衛は、一気に敵の懐に突っ込んだ。一瞬、残る二つの首を、どちらが先に落とせるかを競うような動きに見えたが、直前でガイが急上昇し、ヒュドラーの直上を取った。
一方、ヒュドラーは全身から毒液を噴射し、身を隠しつつ敵を懐に入らせまいとした。
「水虎次元流、参の太刀―篠突く!!」
十兵衛が、毒液の波に背を向ける格好で、逆手三段突き放った。刀から迸った澄んだ水が、汚濁した毒波を穿つ。
波間に出来た穴を擦り抜けた十兵衛は、隠れたヒュドラーの首一つを瞬く間に斬り落とした。しかし残る一つの首が、隙を突いて十兵衛を喰らおうとする。
「!?」
その時、銃声が鳴り、最後の首が六発の弾丸を立て続けに浴びて吹き飛んだ。直上に待機していたガイが、リボルバー銃を乱射したのだ。
「援護射撃だ! 頼んだぜ!」
ドヤ顔のガイの援護を貰った十兵衛は、何も言わず一瞥し、刀を鞘に戻した。
ヒュドラーは、六つの首の再生が間に合い、即座に十兵衛へ攻撃を仕掛けた。執念深い幻獣の声が聞こえて来る。
「……ユルサヌ…………ノヲ…………ガ……デシヨォ……!!」
ヒュドラーの六つの首が、十兵衛を取り巻くように迫った。
「水虎次元流、壱の太刀―」
十兵衛は、ギリギリまで首を引き付け必殺の居合抜きを放つ。
「驟雨!!」
十兵衛は抜刀の勢いのまま回転し、自らの周囲を一瞬で断ち斬る。水気を帯びた太刀魚が一周すると、ヒュドラーの六つの首が、殆ど同時に切断され宙を舞った。
遂に、ヒュドラーの首が全て失われた。
ガイは、二本の刀の峰を背中合わせに連結し、一本になった柄を引き伸ばす。炎龍刀のもう一つのギミック、柄尻を合わせた際の双刃刀とは違う、大斧形態だった。
それを両手で握り、ガイは胴体のみになったヒュドラーへ急降下した。十兵衛が、ヒュドラーから飛び退きライバルに道を開ける。
「炎龍!! 大煽斧!!!」
ガイが必殺業をヒュドラーに叩き付けると、大斧から高熱が一気に放たれた。
胴体を焼き斬られたヒュドラーの身体は、熱の暴発で吹き飛び、毒液が蒸発し、身体が焼き焦げ炭になっていく。
「ギャィイイイイァアアアアアアアアアアァ!!」
首が無いにも関わらず、ヒュドラーの断末魔の悲鳴が轟く。
辛くも再生を間に合わせた首が一つあったが、今度は生えてきた胴側が炭になっていき、再び千切れた。地に落ちた最後の首に、十兵衛が刀を突き立てる。
ヒュドラーは、魂を焼き尽くされ、炭と硝煙に変わった。
「漸く欲しいモノを手に入れたぜ……!」
「隊士としての使命を果たしたまでだ」
ガイと十兵衛は、与えられた任務を全うし、強敵ヒュドラー相手に勝利を収めた。




