五十話 誇りと情熱㊃
「……サノォ……ォ……!?」
瀕死のガイと十兵衛に感心を示さなかったヒュドラーが、サノヲの名に反応した。腐り切った脳が再生してきている証か、はたまた、自分をこんな状態に追いやった敵の名だけは、忘れていないのかもしれない。
刀を構え直した十兵衛がガイに言った。
「奴を倒すには、首を束ねた胴を一気に吹っ飛ばすしかない……!」
「そうみてぇだな。でも、どうするよ? 牙は無視できねーし、毒の攻撃もあるぜ?」
十兵衛は、少し考えるように目を閉じやがて開く。
「ガイ。時間がない、あの巨体……貴様にくれてやる。その為の隙は、俺が作る……!」
「へぇ、構わねぇぜ。ハデな役目をオレにくれるってんだろ?」
「ああ。胴を吹っ飛ばす時だけは、どうしても貴様の業がいる。代わりに首は、どちらが幾つ斬ろうが恨みっこ無しだ」
「なるほど……大方アドリブでやろうって訳か」
ガイは十兵衛の提案に乗った。
無論、競い合うのも無しだ。しかし、二人は共闘の為の役割分担を最小限にした。
「その方が案外上手くいくかもな。でも、珍しいじゃねぇか? テメェが引き下がるなんざ。何時、手柄はキッチリ半分半分にしてきただろ?」
「キッチリしようとしていたのは貴様だ。俺は正直、ややこしくて嫌いだ。そもそもの偶数だの何なのがよく分からん」
「はぁ? 知らなかったのかよ? たく、学校行かねぇからそうなんだ。……つーか、通りで何時もこっちの獲物まで手ぇだすワケだ」
ガイは、十兵衛の無知に呆れたが、自分も大体、同じようなものだった。
「どーりで副長に任命されねぇワケだな。オレらは……」
「剣しか取り柄はない……!」
「……なら、その剣の腕だけは……」
「誰にも譲らん!」
二人は、此方に向き直ったヒュドラーに、再び立ち向かって行った。
――――――――――――――――――――――
アラクネーの糸に捕われた上、拷問のような業を受け続けたフォンは、だらりと両腕を広げた格好のままぐったりとなった。
「……はぁはぁ……あっ」
身体は自由が効かず、痙攣を引き起こす。勝負は付いたかに見え、アラクネーが悦に浸った。
「さて、今度こそちゃーんと止めを刺さないと。確かにアタシの毒は相手を苦しめてから殺すから、生き返る場合もあるかもね。だけど、弱った状態で盛られたら、昇天よ!」
フォンが、虚ろな瞳でアラクネーを見ると、毒液が滴って光る針が映った。確かに抵抗する体力が無くなっている今、あの苦痛に耐えられる自信はない。
これが鬼ごっこならば降参すればいい。しかし、これは実戦。相手は女子供を容赦なく殺害する、アスラの幻獣だ。
「……同じ手は……はぁはぁ……食わないわ……っ!」
フォンは諦めていなかった。道連れによって操作できるものは、身体以外にもある。
毒針を刺そうとフォンに近づくアラクネーの背後に、ゆらりと、独りでに鉄扇が浮かんだ。それが回転し、勢いよく飛び立つ。
「ハッ!?」
既の所で背後からの攻撃に気付いたアラクネーは、孔雀をバク宙で躱した。
「あら……避けていいの?」
フォンがしたり顔をした。
アラクネーが躱した孔雀は、そのままフォンへ向かう。そして、彼女を拘束する糸を切断した。
孔雀は、フォンの巧みな操作で身体のギリギリを何度も駆け抜け、彼女を糸から解放する。
「しまったっ!」
アラクネーが焦る。
フォンは、自らの言葉通り同じ手は喰わなかった。これは、真の鎖に捕まった後、考えた脱出方法だ。業を受けたり、冷静さを欠いていなければ、孔雀はどのような状態でも操れる。
「はぁ!」
フォンは、一緒に糸に絡まっていたもう一枚の鉄扇も取り戻し、接近していたアラクネーを斬り付ける。
アラクネーは危機を察するのが速く、素早く飛び退くと、蜘蛛の巣のドームの外へ、自分は絡まる事なく逃げて行く。
「逃がさない!!」
フォンは、二枚の鉄扇を百八十度で広げた状態で連結し、円盤の形した。それを両手で挟んで頭上に掲げると、お尻を突き出す大きな動作で投げ付ける。
「孔雀魔円舞!!!」
円盤が、回転しながら糸を次々と切断し、逃げるアラクネーへ向かう。
アラクネーは、ドームから出た所で円盤を避けようとする。しかし、襲い掛かる鉄扇の外周から、更にエネルギー状の刃が出力された。
「きぁあああああああああああっ!!」
アラクネーは、身体を遥かに上回る直径となった、巨体な円盤との間合いを見切れなかった。刃に身体を斬り裂かれ、虫ケラのように地面に落ちていく。
再び二枚に分かれた孔雀が、フォンの元へ舞い戻る。
辛勝だったが、フォンは苦戦を認めまいと強気な態度を取った。
「実戦は逃げも隠れもできないの……。捕まったって絶対負けなんて認めないわ!」