四十八話 誇りと情熱㊁
「ギィィイアァァアアアアアア!!」
首を落とされたヒュドラーが、耳障りな甲高い音を発した。すると、首の断面から黒々とした粘液が吹き出し、それが新たな頭部を形成する。
「何!?」
「再生した!?」
ガイと十兵衛が驚愕している内に、ヒュドラーの頭部は再生し斬り落とされる前の状態に戻る。
「俺達の起こした事象を無効にするとは……!」
「防御は全くなってねぇのに……異常な空蝉だぜ!」
相変わらず知能を感じさせない状態のヒュドラーだったが、二人の攻撃などなかったかのように、再び毒牙を剥いた。
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フォンは、清林組の仲間に他の幻獣を任せ、一人、アラクネーを引き受けた。
二枚の鉄扇、孔雀を飛ばし、それを巧みに操り、手元に戻さないまま何度もアラクネーを攻撃させる。真と勝志との訓練では見せなかった、より高度な戦法だ。
しかし、この幻獣は意外にも身の熟しが良く、複雑な軌道をバク転や側転をして、紙一重で躱している。
「やるじゃない!」
フォンとの距離を、アラクネーが大ジャンプで詰め、先端に鉤爪が付いた細長い脚を振るう。フォンは孔雀を手元に戻して畳み、鉤爪を防御した。
どうやら、一番の僕を自称するだけの事はあるようだ。
フォンは、更に高度な戦法を仕掛ける必要に迫られた。
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空中にいる十兵衛の背後に、ヒュドラーのうねる長い首が二つ回り込む。十兵衛は素早く反応し、二太刀でそれらを切断する。
しかしこれらの首も、直ぐ様、新たな首が生え再生する。
「なら! こうゆう斬り方はどうだ!!」
ガイは、近場の首の鼻っ柱を狙い、頭部を立て斬りにして見せた。ヒュドラーの頭から首筋が、見事に半分に裂ける。
しかしこの攻撃も、切断面から粘液が吹き出し、まるで時間が巻き戻るかのように、避けた身体が繋がっていき再生を許した。
「チッ、ダメか!」
再生した首の突撃を、広い刃の側面で受けながらガイは舌打ちする。
ガイも十兵衛も、瀕死のまま十年以上の歳月を生き永らえている六幻卿の底力を、強烈に感じた。
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高速で移動するフォンを、アラクネーが口から粘着性の糸を次々、吐き狙った。フォンは、太い木の一本で糸をやり過ごし接近する。身の熟しの良さなら負けなかった。
接近したフォンは、孔雀を投げずに振るい、アラクネーを守勢にさせ脚の一本を切断する。
「うっ! ……この!!」
アラクネーは、反撃の為、尻の毒針を向けた。以前の戦いで、フォンに毒を盛った必殺の攻撃だ。
「くっ!」
フォンは、咄嗟のバックステップでこの毒針を回避する。同じ手は二度食わない。片方の鉄扇を投げ、追撃を牽制した。
しかし、直後に何かが身体に付着する感覚がした。
「!?」
気付いた時には既に遅く、全身に大量の糸が絡み付く。
「し、しまった!」
二者が戦う場所は、最初にアラクネーが張った罠に加え、戦闘中に撒かれた糸によって蜘蛛の巣のドームと化していた。
フォンは、一度、苦しめられた毒針に過剰反応してしまい、後退しすぎて張り巡らされた糸に背中から突っ込んでしまっていた。
「くっ、この!」
バックステップにより、スリットスカートの後ろ側が大きくめくれたまま糸に掛かったフォンは、お尻に食い込むハイレグパンツが丸見えの姿で、脱出しようと踠く。
しかし、これだけ大量の糸が絡むと異常な強度があり、神足でも抜け出せなかった。
「ふふっ、お似合いよ、蝶々さん。電糸歪曲!!」
嘲笑うアラクネーが業を放つと、糸に電流のようなものが走り絡んだフォンを襲う。
「あっ、ぁああああああああああああああ!!」
フォンの悲鳴が、蜘蛛の糸で出来たドーム内に響き渡った。
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「くそっ、キリがねえ……!」
ガイは、二本の炎龍刀を連結させ双刃刀にし、十兵衛と共にヒュドラーの首を次々と落としたが、その度に再生され悪態を吐いた。
二人は、無尽蔵ともいえる体力を持つ敵に対し、自分達が長期戦を行えない事実に気付いた。
ヒュドラーの身体から放たれる毒霧を、二人は常に空蝉で防ぎながら戦っている。それが、通常の戦闘行為に加わり、二人の体力を著しく奪っていた。
「このままじゃ、こっちが先にくたばるぜ……っ!」
「その前に仕留める!」
十兵衛が、再生した首を直ちに斬ろうと逆手で刀を構えた。しかし、新たな首はゆらりと口を開くと、突如、口内から毒液の塊を噴射した。
「!!」
十兵衛は、咄嗟の居合斬りで毒液すら一刀両断してみせたが、続く噛み付きに対処が遅れた。
辛くも返す刀で毒牙を切断したが、突進が掠め地面に叩き付けられる。
「十兵衛っ!」
ガイが叫ぶ。
ヒュドラーは、今度はガイの方に複数の首を向けた。節穴の目が、確かに此方を捉えている。
並んだ頭が口を開くや否や、ガイに向け毒液を乱射した。
「うっ!」
ガイは、双刃刀を二刀流に分離し防御したが、大量の毒液が守りの隙間を付いて来た。毒液が掛かった箇所が焼き爛れる。
「ぐぅ……クソッ!」
「……再生が進んで、動きが良くなってきているぞ……!」
地面に膝を付いたガイに、起き上がった十兵衛が言った。
ヒュドラーは、ドロドロしていた身体が徐々にしっかりとしたものになっているように見えた。それに伴い、戦い方や業も取り戻してきたに違いない。
「遊んでいる場合じゃねぇ! 早く何とかしねぇと!」
今ですら厄介な相手だ。完全な状態に再生されれば手が付けられなくなるだろう。
そう、ガイが焦りを覚えた時だった。
今度は、ヒュドラーの全身から毒液が溢れ出した。
藍色の猛毒液は、一気に周囲に拡散し、波のように押し寄せ二人を飲み込んだ。




